手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

松濤でお食事

松濤でお食事

 

 昨晩は、田代茂さんのお誘いで、フランス料理のフルコースを頂きました。私が田代さんのジャパンカップなどの催しに協力していることもあってか、毎年田代さんからお食事のお誘いがあります。

 多くは、高円寺の寿司屋や天ぷら屋で食事をするのですが、時々、とんでもなく豪勢なレストランに連れて行っていただくこともあります。

 昨晩は、渋谷区松濤にある「シェ 松尾 松濤(しょうとう)」に伺いました。18時に田代さんと、病院の助手で、カンボジア出身のマン君が私の自宅に見えて、タクシーで渋谷に、路地に入ると松濤の住宅街。言わずと知れた高級なお屋敷街です。着いたお屋敷は、門柱のそびえる、木造西洋館でした。一部レンガを使い、蔦が壁に茂っています。建物は相当に時代がかっています。

 表にはお店の人が傘をさして待っていました。小雨が降っています。玄関に入ると、造りはロサンゼルスのマジックキャッスルに何となく似ています。キャッスルが確か、明治末年か、大正時代の建物と聞いています。このお屋敷は大正13年の建築だそうです。

  大正13年にこれだけの家に住んでいた人となると、おのずと誰が住んでいた家かはわかるはずです。それにしてもお金持ちのお屋敷と言うことがひと目でわかるような建物です。我々は二階に案内されました。

 レストランのオーナー松尾さんは、この家を気に入り、改装をしてフランスレストランにしたようです。二階は、広い個室で、我々3人掛けのための部屋です。シャンデリアが下がっていて、開放的な窓から中庭が良く見えます。全く渋谷の街中とは思えないほどゆったりしています。

 

 さてこれだけのお店なら、いいワインを飲みたいところですが、昨晩に夜更かしをして、少し鼻水が出ます。風邪と言うほどではないのですが、ここでアルコールを飲んでしまうと風邪になってしまうと考え、この晩はアルコールを遠慮しました。

 

 と言うわけでノンアルコールビールで乾杯しました。初めの料理は、大きな白い皿に、白アスパラガスが三つ。モリーユ茸と言う小さなキノコが乗っていて、黄ワインを6年熟成させたものとソースを合わせたもの。小さなアスパラガスでしたが、モリーユ茸は噛み応えがあり、初めての触感でした。黄ワインを熟成させたソースは初めての味で、ごあいさつ代わりに食べるオードブルとしては随分凝ったもの。

 パンは、リュスティックとクルミパン。どちらもいい味でしたが、パンもさることながら、バターがいい味です。塩気が薄く、パンに塗って食べると、かすかな香りが立ちます。

 フランスから直輸入しているそうで、ボルディエと言うバターだそうです。バターの香りが淡く、さっぱりした味を求める人には最適かと思います。それが洗顔石鹸のサイズで小皿に乗っています。このバターを残すのは勿体なく、ついつい余計にパンを食べてしまいます。

 

 次の皿は、オシェトラキャビアと黒アワビコンソメジュレ寄せ。ベルギー産のキャビアと、青森産の黒アワビをコンソメの煮凝りにしたもの。黒アワビは細かく粒になっています。それでも触感はしっかりしていて、かなりコリコリしています。煮凝りの上にはびっしりキャビアが乗っています。いずれも珍味を味わうもので、酒飲みならたまらない前菜です。

 

 私の座っているところから向かいの壁を見ると、天皇陛下が皇太子時代にこの店に来たときの写真と、雅子様がお父様の小和田さんと来た写真が飾られています。してみると私の座っている席は天皇陛下がお座りになった席です。光栄です。

 窓辺を見ると庇にはびっしり蔦の葉が下がっています。庭の木々も新緑で、しかも小雨が降っていますので、葉が艶々しています。今の季節は日本で一番気候のいい時期です。

 

 次は、ブルターニュ産のオマールエビのマリニエール。ソーテルヌワイン風味。オマールエビは焼いてあって、焦げの風味を感じます。それをソースで食べるのですが、フランス料理はかなり複雑に味を重ねますので、なかなか一度で味の深層を探ることは不可能です。プリプリのオマールエビと、ホワイトソースの取り合わせがうまかったことと、付け合わせのフランスのヌイユと言うヌードルにソースを絡ませて食べるととてもいい味でした。

 

 さてこの後の二皿が今晩のメインです。一つは宇和島産の甘鯛の松笠焼。そこへカリフローレと言うカリフラワーの若い芽のようなものと、タンポポの茎が脇に添えられています。ソースはこぶミカンの葉と、瀬戸内レモンソース。

 甘鯛のうろこをバーナーで焙ってカリカリにしたものを、脂の乗った鯛と合わせて食べます。そこにコブミカンとレモンで少し締まったソースを併せます。宇和島産のタイに対して、瀬戸内のレモンと言う取り合わせがいいセンスなのでしょう。

 鯛の下には焼き茄子がほぐされて敷いてあり、これも焼いた香りが漂って来て重層な味わいです。

 

 ここで口直し、ライチーのシャーベット。あっさりしてほのかな甘みが嬉しくなります。

 

 そのあとは、仙台牛フィレ肉のポワレ。メインディッシュだけあって肉は柔らかく、コクがあり、脂も乗っていて素晴らしい肉質です。ポワレとはソテーと似ていますが、肉や魚から出た脂をスプーンですくいながら身にかけて、コクを出したものがポワレです。この晩の仙台牛も小振りながら濃厚な味わいでした。

 

 この後チーズ数種、更が有田焼の板皿だったのが洒落ています。こんな使い方は遊び心があって素晴らしいと思います。それに、コーヒーにムースのケーキ、小さな菓子が出ました。何から何までこりに凝った食事でした。

 さてここまでの対応をしていただいて、誠に恐縮です。人生の中でこれほどまでの食事はそう何度もはありませんでした。昨日まで生きて来て幸せでした。出来ることならこの食事をいいワインと併せて頂きたかったのですが、体調を思えば致し方ありません。

 帰りもタクシーを用意していただいて、至れり尽くせりの一晩でした。田代さんに心から感謝します。つくづく田代さんはいい人だと思います。

続く