手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

緊急事態宣言延長は無意味

緊急事態宣言延長は無意味

 

 さて緊急事態宣言が効果を見ないため、またぞろ延長の可能性が濃厚になってきました。然し、延長は無意味ではありませんか。そもそも1年4か月の間で3度の緊急事態宣言と言うこと自体意味がなかったように思います。

 昨年二度の緊急事態宣言をした結果、よき方向に進み、何とか解決かと思った矢先に、イギリス型の変異ウイルスが大阪方面で繁殖し始めました。そこで、今年に至って三度目の緊急事態宣言がなされたわけです。然し、正直三度目は多くの国民はうんざりしていたと思います。二度の緊急事態宣言で効果がなければ、ロックダウンする以外なかったのではないかと思います。

 ただし、私はロックダウンも緊急事態宣言も反対です。なぜかを問われるまでもなく、時短制限や、開催中止は、強制も自粛も、社会崩壊を招くからです。現に倒産している企業や、廃業する芸能人は続出しています。芸能に関するならば、芸能人は勿論ですが、芸能をサポートする立場の職業がもう生活維持して行くことが不可能な状態になっています。

 芸能をサポートする職業と言うのは、芸能プロダクション、劇場、音響さん、照明さん、大道具さん、小道具さん、貸衣装屋さん、皆さんほぼ無収入になってしまっています。どれも芸能がなければ成り立たない職業であり、自力でショウを作り上げることのできない立場の人たちです。メインとなって仕事のできない人たちばかりですから、仕事が発生しなければ、たちまち生活が成り立たなくなって行きます。

 芸能の催しが出来ないと言うと、出演者にばかり光が当って、芸能人に支援金が支払われる場合は多々ありますが、実際苦しいのは、芸能人以上にその芸能を周辺で支えている職業なのです。

 例えば私一人が舞台に立ってショウをする場合ですら、出演者、音響、照明、舞台方、道具の運搬、衣装屋さん、劇場、マネージャー、とたくさんの人の協力があってショウが成り立っています。こうした人たちに何も保証をしなければ、芸能は崩壊してしまいます。

 

 三度の緊急事態宣言をして、さらに延長をすると言う行為は愚行です。実際、東京だけ緊急事態宣言をしても、みなさん埼玉や神奈川に遊びに行ってしまうのでは効果はありません。電車に乗って30分も行けば、遊び場はたくさんあります。そうなら誰も不要不急を守って家に閉じ籠る人などありません。

 人の善意に頼るのも、二度までなら了解するでしょうが、三度、四度となれば善意にも限りがあります。ここから先は善意に頼るのではなく、国民生活の一切を国が補償して、ロックダウンする以外ないと思います。

 そしてオリンピックを想定してコロナを封じ込めようとするなら、今からロックダウンをしなければ七月のオリンピックに間に合いません。オリンピックを絶対に開催したいのなら、緊急事態宣言の延長などしている場合ではないのです。

 

 このままでは最悪の状態に陥ってすべての可能性が失われて行く可能性があります。最悪の状態と言うのは、国民が国の言うことを信じなくなった時です。こうしてだらだらと効果の薄い緊急事態宣言をし続けていること自体が、国の信頼を失いつつあります。これではコロナも退散せず、オリンピックの開催も難しくなるでしょう。

 世界の流れでいうなら、これまでロックダウンをしていた国々がロックダウンを開放し、どんどん観光や飲食店が復活を始めています。そんな時に日本だけがまだうろうろ右に左に迷走しています。

 冷静に見たなら、今の日本の感染者数ならば、欧米と同様に、既に快方に向かっていると考えていい数のはずです。もともと日本の感染者数は欧米よりずっと少なかったのですから。ただ心配なのは大阪だけが依然と感染者が多いことです。イギリス型のコロナウイルスが、この先猛威を奮うのではないかと心配する医師はたくさんいます。ここを重く見たなら、おいそれと緊急事態宣言を開放するとは言えないのでしょう。

 そうなるとこの先どうするかは私のような素人の判断では何の役にも立ちません。ただ少なくとも、このまま緊急事態宣言を延長するのは愚策だと思います。やるならロックダウン以外ないと思います。

 

 なんにしても、私の人生でも今が最悪の事態になっています。今までいろいろな苦難に直面して来て、その都度何とかしのいで来ましたが、今回のコロナに関してはどう工夫しても、よい方法が考えつきません。

 数百年前にペストが流行ったとき、二百年前にコレラが流行ったとき、百年前にスペイン風邪が流行ったとき、その時代に生きていた人はみんな悩んだはずです。こんな時こそ芸能に生きるものは、何か人に希望を与えなければ行けません。何か面白いことをして見せなければいけません。どうしたらいい、何をしたらいい。悩みは頭の中をめぐるばかりです。

続く

 

 

どう残す。どう生かす 4

どう残す。どう生かす 4

 

 話が右に左に飛んでしまいましたが、「どう残す、どう生かす」を続けます。30代の半ばから、私は手妻のアレンジや、創作活動を続けてきました。初めのうちは、自分自身の手順を作るために精一杯でした。「何とか一通りの手順を作り上げれば少しは楽になるだろう」。と考えて、ひたすら手妻の改良をしていました。

 それが33歳の時に文化庁の芸術祭賞をいただき、「これで安定して生きていける」。と思ったのですが、受賞をきっかけに弟子が入ってきたり、アマチュアさんの中で手妻を習いたいと言う人がやって来て、生徒さんが一気に増えました。その都度私の演じている内容を教えてしまっては、私が演じるものがなくなってしまいます。また、弟子同士でも、同じ内容ばかりでは仕事の上でかぶってしまいます。

 そうなると、今まで人のやらなかった手妻を探し出して、それを手順に組み直して、手妻の一作として作り上げる作業をしなければならなくなりました。それまでは自分がどうにかなるためにアレンジや創作活動をしていたのですが、受賞後は人の生活を考えて手妻を作る作業をすることになりました。そんな人生が自分にのしかかってくるとは今まで考えもしませんでした。

 バブルのさなかはバブルの期待に応えて、様々な作品を作りました。とても忙しい日々でしたので、30代が始まったときにはバラ色の人生が続くと思っていましたが、バブル崩壊後は嵐が吹き荒れて、泥沼の日々でした。平成2年に、会社と自宅を合わせたビルを建てたため、そのローンを毎月40万円支払わなければなりません。チームを維持するために、人件費を毎月80万円支払わなければなりません。銀行の借り入れや、自動車のローンなど、自分の家族の生活費まで合わせると、毎月200万円の支払いをしなければなりません。

 バブルが弾けた後は毎月の支払いが重くのしかかってきました。幾ら働いても支払いに追われる日々でした。そんな中で、全く休む暇もなく働きました。

 38歳で二度目の芸術祭賞を受賞したときに、「これで少しは楽になる」。と思いましたが、飛んでもありません。前以上に人のために働かなければならず、さりとて、銀行の支払いは少しも減らず、「なぜ自分だけこうも報われない仕事をし続けなければならないのか」。と自身の境遇を恨む日々でした。

 

 こんな時に、深夜に古い文献を調べ、昔の手妻師を訪ね、一つ一つ手妻を掘り起こして行きました。30代から40代にかけての作品を見て行きましょう。

 

 和風イリュージョン。宝船、行燈(あんどん)、邯鄲夢枕(かんたんゆめまくら)、鎧櫃(よろいびつ)の剣刺し。

 

 和風イリュージョンと題して、4作の和服で演じるイリュージョンを考えて見ました。これらは古典の作品ではありません。私がアレンジし、考え出したもので、行燈は西洋のイリュージョンのシャドーボックスを応用したもの。邯鄲夢枕は、女性を完全浮揚させたうえに、180度左右に動く作品を考えて見ました。

 私が35歳のころの作品で、まだバブルの余韻の残っていた頃ですから、大きな手順が求められていた時代のものです。今見ると、和の要素は薄く、和風と断っているところからも、和ではない作品です。そのため、その後に私の演技が和の世界に入り込んでゆくに従って、不釣り合いなものになって行き、徐々に演じる回数が減って行きました。

 今でも使えるのは宝船と行燈くらいのもので、これは時々市民会館クラスの仕事を頼まれると演じています。私とすれば自分で作った作品ですので、とても愛着を感じています。こうした新作手妻が現れないと、手妻は骨董屋さんのごとくに、古いものばかり扱う職業になってしまいます。落語に新作落語があるように、手妻にも新作手妻は必要なのです。

 

 宝船

 舞台上には何もなく、上手から大きな扇子が二枚合わさって。太陽をイメージして出て来ます。舞台中心で太陽が止まって、扇が二つに分かれ、女性が出現します。扇との遊びがあって、舞台の上手下手から小道具が集まり、やがてそれが大きな帆掛け船になります。

 船の帆が下りると、そこに女性が二人立っています。三人の女性による短い踊りがあって、帆が上がり、降ろすと藤山が立っています。そこから手妻が始まり、お終いは大きな紅白幕が広がり、更には大きな扇子が出て。扇子の裏で藤山の衣装が一瞬で変わり、全員でポーズになります。

 とにかく、何もない舞台から始まって、道具らしい道具を使わずに、人が次々に出てきて、様々な現象がスピーディーに進行する演技を作りたかったのです。幸いこれはうまくゆきました。オープニングには有り難い手順です。

 

行燈の怪

 現象はシャドーボックスです。大きな障子の張られた箱の中で、絹帯が浮遊します。箱の中を度々改めますが、誰もいません。やがて人の姿が映り、その人の首が伸びて行き、箱の上から顔が出て来ます。ろくろ首です。

 障子を破いて女性が現れ、そこから次の手妻の浮揚に行きます。

 

邯鄲夢枕

 完全浮揚です。小さな装置ですが、人が空中浮揚して、上下左右に自在に動きます。評判のいい作品でした。

 

鎧櫃の剣刺し

 旧来の箱を使った剣刺しの仕掛けをアレンジしました。女性が逃げ来て小さな箱の中に隠れます。そこへ悪漢が現れ、箱に何本も剣を刺します。とどめの一本と言うところで正義の味方が天狗のお面をかぶって登場。悪漢と戦い、悪漢を撃退します。天狗のお兄さんは面を取ると藤山です。

 剣を抜き、箱を開けると女性出現、更にもう一人女性が現れ、お客様がびっくりしていると、私の衣装が女性の衣装と同じ赤に変わり、3人揃って前に出て来てポーズをとって終わります。全体で40分のイリュージョンショウです。

 

 今これをビデオで見ても随分凝った演出と仕掛けをしています。その頃はなんとかなりたい一心でしたから、演技も気合が入っています。裏に引っ込むたびに衣装を替えなければならず、ショウが始まると休む時間のない演技でした。30代でなければできない手順でした。

 イリュージョン、イリュージョンした演技を嫌い、箱をぐるぐる回して改めるなどをせずに、ストーリーを重視して、なるべくマジシャンのジェスチュアーや無駄なポーズを取らないようにして、自然な進行を考えて見たのです。箱に剣を刺す演技なども、何の理由もなくマジシャンが女性を箱に入れ、剣を刺す矛盾を、悪漢と正義の味方という役割を分けることで自分なりに解決させてみたわけです。今また振りつけなどを直してより古典の味わいを加味して演じたなら、これはこれで面白いと思います。

続く

 

水芸をしました

水芸をしました

 

 昨日(5月3日)蕨市のくるる劇場で、水芸をしました。160人入る劇場でお客様を半分にしての開催です。公演は2時と5時の二回いたしましたが、東京都の緊急事態宣言を聞き、その時点でチケット販売を中止したため、2時の公演は80人の満席だったのですが、5時の公演は、30人でチケット販売をストップしたまま開催しました。

 主催者側としては、周囲の反対などもあって、いろいろな人の考えを聞かざるを得なかったのかと思います。客席を半分にしたり、二回目の公演のチケット販売を止めたり。やむを得ない手段かも知れません。ただ、私からすると、せっかくの公演を、興味をそぐ結果にしかならず、できることなら、二回公演ともに80人満席にして、予定通りに行いたかったと思いました。

 芸能の公演は、この1年4か月と言うものは、ずっと周囲の無理解のために逆風に見舞われてきました。舞台公演と言うものは、直接出演者とお客様が接触するわけではありませんので、コロナの影響は限られたものだろうと思います。客席自体もみな同じ方向を向いて座っていますし、お客様自体は、ほとんど会話をしませんので、劇場内の感染は極めて稀な現象かと思います。

 然し、お客様はコロナの感染を恐れて、客席数を半分にしても、まだイベントに集まっては来ません。結果、コロナの影響で全くイベントが発生しません。それは、国内も海外公演も同じで、どこからも舞台の依頼が来なくなってしまったのです。それは私だけではなく、芸能で生きる人すべてがそうした状況に追い込まれています。

 芸能で生きる者にとって、芸能を自粛すると言うことは、生活が成り立たなくなることで、「はいそうですか、それなら自粛をしましょう」。と了解できる話ではありません。自粛はまったく失業状態になってしまうのです。

 いくら席数の制限をしても、アルコール消毒を徹底しても、時間ごとに劇場に風を入れても、マスクをしても、結局は風評被害が広がって、イベントは開催しにくくなってしまったのです。そこを無理にでもイベントを開催しようとして、クラスターでも発生させたら、主催者は責任を追及されます。周囲の批判を恐れて、誰もイベントを開こうとはしないのです。

 私の手妻のイベントから、オリンピックに至るまで、イベントをするとなれば内部ではすったもんだの大騒ぎです。開催をしようとする人は、もし問題が起これば、責任を問われて叩かれます。そうなると誰も責任者を引き受けようとはしなくなり、話は前に進まなくなります。

 実はコロナの問題は誰も先のことは分かりません。ほとんどの人はこの先どうしていいかわからないのです。分からないながらも何かあれば周囲の人は、その責任を人のせいにしようとします。コロナはコロナが問題なのであって、人のせいではないはずです。

 政治家も、医者もマスコミも、実際のところは何もわからないのが実情なのです。そうなら、まず、やるべきことはやることです。オリンピックは国や東京都が引き受けたことですから、そこは尊重すべきです。批判をせずに、どんな形であれ、まず行うことです。

 マスコミも、批判ばかりしていないで、どうしたら人々が楽しい生活が送れるか、明るい前向きな話題を前提として語るべきです。さもないと、ますます、人々はテレビや新聞から離れて行くでしょう。得体の知れないコメンテーターが批判だけしていれば問題解決するなんて言うことはあり得ず、高所からものを言っていれば知性があるように見えるなんて言うこともあり得ないのです。このままテレビの言うことを聞いていたならほとんどの職業は倒産してしまいます。

 人々は、何とか日常の仕事を維持しつつ、コロナと向き合って生きて行く以外生きるすべはないのです。

 

 そうした中の久々の水芸公演でした。朝からスタッフと出演者計8名が蕨に集合して、道具を組んで行きます。小さな舞台ですので、水芸の装置が舞台一面に飾られると、見た様はとても豪華絢爛です。

 スタッフも出演者も気持ちが生き生きしています。やはり舞台の仕事があると言うことは、自身の存在を認めてもらったことと同じで、生き甲斐を感じます。お客様もわずか80人でしたが、熱心にご覧くださり、とても喜んで見てくださいました。

 本当は、ロビーでお見送りをして、お客様の反応を聞きたいと思いましたが、ここでも、人と人との接触はできないということで、お見送りはできませんでした。でも何とか、お越しくださったお客様とのつながりは今後も維持したいと思います。

 それでも舞台があったこと、お客様と接する機会があったことは大きな喜びでした。やはり舞台で生きるものには舞台活動がなければどうにもなりません。それは私だけでなく、スタッフ全員にも舞台活動があることが喜びを与えることだと思います。と同時に主催者様、お客様に喜んでいただけたなら誠に幸いです。

 この先も、今月15日には玉ひでの公演があります。今朝も、昨日ご覧になったお客様から、玉ひでの申し込みがありました。昨日ご覧になったうえで、また見たいと思ってくださったことは有難いことと思っております。

 わずかでもお客様との輪が広がり、そこから舞台が発生して行くことが私の喜びです。玉ひでの公演は順調です。このままお客様が増えて行けば、年内には二日間の開催になると思います。そうなれば一層出演者の励みになります。

 コロナに負けていてはいけません。自分を信じて活動していれば、必ず道は開けます。どうぞこの先もご声援ください。

続く

水芸をします

水芸をします

 

 コロナによって何度も開催延期され、今回もまた延期になりそうな状況でしたが、今日、めでたく水芸を開催する運びになりました。

 場所は、埼玉県蕨(わらび)市、くるるという劇場です。とても小さな劇場ですが、そこで会館主催の市民劇場を開催します。

 コロナ以来、水芸のような大仕事はまったく動きません。私のところでは年間5回6回の水芸の依頼がないと、事務所そのものが維持出来ません。この1年4か月は厳しい日々でした。先月30日に久々道具を出して、奈月さんと、みゆきさんとで水芸の稽古をしました。

 私は手順を忘れることはありませんが、女性陣は少し忘れています。セットも入念なチェックをしないと、本番にミスが出そうで心配です。それでもけいこができることでみんなが張り切っています。

 せっかくの催しですが、お客様を半分にしての開催です。入場制限をすることがいいことかどうか。私は意味があるとは思えません。そもそも、コロナをそこまで過大に考える必要があるかどうか。怪訝(けげん)に思います。

 日本全国の劇場、文化会館、市民会館の関係者は一連のコロナ禍でみんな苦労しています。数日前に、東京の寄席の席亭(経営者)が集まって、今回の自粛要請に対して、「自粛をしない」旨声明を出しました。「古典芸能は必要があるから今日まで続いてきたわけで、不要不急の催しではない」。と明確に伝えました。

 私は久々、席亭さんの存在の偉大さを再確認し、席亭の皆さんに拍手を送りました。今まで世間では、芸能をどうでもいい活動のようにとらえていたきらいがあり、政治家や、マスコミの言う、「不要不急の活動は控えるように」。と言う宣言に対して、真っ先に対象となるのが芸能だったように思います。演芸界自体の表立って否定しないため、「やはり不要不急の対象か」。と思われていたのではないかと思います。それに対してきっちり物を言ったことは立派でした。「あぁ、寄席といえども、いざというときには自分の立場を語ることは大切だ」。と思いました。

 そう思っていた矢先に、その発表の二日後に、「やっぱり休業する」。と、言いだしました。明らかに何かの影響が及んで、裏で取引があったのではないかと勘繰られるような展開でした。これもまた演芸の世界らしい結末か、と思いました。何とも弱い業界ですから、簡単に篭絡されてしまいます。

 

 然し、東京大阪と言った特定の地域だけ自粛要請して、それでコロナが封じ込められるでしょうか。東京の自粛は、埼玉県や神奈川県に買い物客や、観光客が拡散するだけです。本当にコロナを封じ込めたければロックダウンをする以外方法はありません。

 ただしロックダウンをしたなら、国民の生活を保障しなければいけません。そこで税金の投入をせずに、「自粛」と言う名で、国民の善意に頼っていては、いつまでたってもコロナははびこります。抜本的に解決しないと結局は何をしても徒労に終わります。

 とりあえずこれから劇場に行きます。

続く

 

金持ちの孤独 2

金持ちの孤独 2

 

 芸能で長く生きてきたことによって、随分いろいろなお客様とご縁が出来て、お客様から過分にお世話をいただきました。

 私のどこに興味を持ってくれたのかはよくわかりませんが、私の演じる手妻から何かを感じられたのか、何度も何度も舞台を見に来てくださって、折あるごとに食事に誘われたり、遊びに連れて行ってくださるお客様がありました。

 

 私からマジックを習いたいと言う人とも何人もお会いしました。その中で、Bさんは、未亡人で財産もあり、大きな家を持ち、毎日デパートに行って買い物をし、買い物の後は近くのレストランで食事をして車で帰ってくることが日課の人でした。

 ある日、Bさんから、手妻を習いたいという依頼を受けて、Bさんのお宅に伺いました。Bさんとはこれまで何度もあって話をしています。私よりの10歳くらい年上の女性です。Bさんのお宅のある駅前で待ち合わせをして、車でホテルに行き、ホテルのレストランで食事をしながら長い話をしました。

 それから車でBさんの自宅に伺い、さて手妻の指導をするのかと思うと、応接間に通されて、娘さんからお茶をいただき、またまた長い話になりました。私は出張して指導をしていますので、往復時間を入れてもせいぜい3時間ほどで用事が住むものと思っていました。

 ところが、駅でお会いしてから5時間たっても指導は始まりません。初めはBさんに話を合わせて、なるべくBさんが喜びそうな話をして気を使っていましたが、いつまでたっても指導を求めてくる気配がありません。

 「あの、手妻のご指導はどうしますか」。と尋ねると、「今日は初めてですから、お話だけで、次回からご指導をお願いします」。と言うことでした。

 結局指導料はいただいて、その日は帰ってきたのですが、何も指導せずに指導料をいただくのは心苦しく思いました。

 翌月お伺いすると、同じようにホテルで食事をし、車でBさんの自宅に伺い、またも長い話が始まります。私はこうしてBさんと日がな一日世間話をすることに時間の浪費を感じました。この時も、お金持ちで孤独な人特有の「影」が感じられました。

 互いがこうしてここで話しをしていること自体が空虚なのです。ただただ時間を空費しているだけなのです。世間話はあってもなくてもどうでもいい話ばかりです。話が止まると何もすることがなく、しばらくして、また意味のない話を見つけては無駄な時間を過ごして行きます。豊かな生活はしていますが、音楽も演劇も、何ら芸術の話が出ません。出てくるのはマジシャンの噂話ばかりです。私にとってはどうでもいい話です。私は少し不快感を感じました。

「手妻のご指導はしなくてもよいのですか」。というとBさんは、「えぇ、お願いします」。と言います。然し、別段習う状態ではありません。何もしないわけにはいきませんので、雑談の延長で指導を始めました。

 事前に、必要材料を伝えてありましたので、材料のことを言うと。「まだ道具は用意していないんです。何から始めていいかわからなくて」。などと言います。

 そういうこともあろうかと、私の方で道具を持参して行ったのですが、いざ始めると、マジックの噂話は熱心ですが、一向にいま指導している手妻に熱が入りません。

 かなりマジックを知っている人ではありますが、その演じ方は雑で、これまでの習得の仕方は我流です。マジシャンのことには詳しく、人の技量はかなり厳しく採点しますが、実際ご自身の演技はまったく素人芸です。見る目ばかり育って、自分の技術が何一つ備わっていません。

 どう指導したらいいものか、教えつつも考えてしまいます。あまり焦っても仕方がありません。じっくり一つずつ手妻の面白さを伝えて行こうと考えて、要所要所をご指導すると、「それは知っています」。と言うのですが、実際はまったくできません。「知っているだけでは人前で見せられませんよ」。と言って、詳しく指導をしようとすると、疲れた表情をして、すぐに休憩になってしまいます。あまり乗り気でないのです。

 こうして、指導と言うよりも、世間話ばかりをして、時間が過ぎ去って行きました。私は「この先も私から手妻を習いたいですか」。と尋ねると、「えぇ、ぜひ覚えたいのですが」。と言います。そこで、私は少し口調を改めて、

「それではご指導はします。でも、次回から食事はいりません、指導がすむまではお茶も結構です。家の場所もわかりましたので、次回からは直接お伺いします。そして、私がついたならすぐに指導ができるように準備しておいてください。ご指導は1時間。それ以上伸びたなら、もうワンレッスンの料金をいただきます。それが終わったらお茶をいただきますが、その時間は30分くらいとお考え下さい。お茶がすんだら帰ります」。

 と言うと、Bさんは明らかに不快感を持ち、「私はそんなにマジックがうまくなりたいとは思っていない。別に人にマジックを見せたいとも思わない。楽しくマジックが出来ればそれでいい。一方的に子弟関係のような指導は受けたくない」。と本音が出たのです。

 つまりBさんの本心は手妻が習いたいわけではなかったのです。ひたすら続く退屈な毎日の話し相手が欲しかっただけなのでしょう。

 然し、私にすれば、この時間の空費が耐えられませんでした。「こんなことをしていて何になる、早くBさんから抜け出さなければ、自分自身の人生がだめになる」。そう思うと私は、Bさんの指導を断り、Bさんの家を辞しました。

 この時私はつくづく自分自身は芸人に不向きな人間だと思いました。指導など本気になってやる必要はないのです。空いている日に電話をして、金持ちの遊び相手になって、一緒に世間話をして遊んであげたなら、いい食事が出来て、収入の足しになったのです。然しできませんでした。あの底なし沼のような、無限の時間の使い方が耐えられなかったのです。いくら金があっても、あの生活が幸せには思えなかったし、その仲間にはなりたくなかったのです。

続く

 

 明日はブログを休みます。

金持ちの孤独 1

金持ちの孤独 1

 

 世間では紀州ドンファンの殺人事件が急展開して、元妻が容疑者として捕まったことが話題になっています。紀州ドンファンこと、野崎幸助さんは3年前に覚せい剤を飲みすぎて死亡し、中毒死として扱われるかと思いきや、警察の調べで、不審な点が見つかり、殺人事件として捜査が始まりました。

 当初から警察は、元妻の須藤早貴さんを疑っていましたが、決め手がありません。そこをどう解決したのかわかりませんが、3年目にして元妻逮捕となりました。

 

 野崎さんは子供のころ極貧の生活をしながら、不動産で当て、晩年には13億円もの資産を残し、その間に女性遍歴を繰り返し、生涯4000人(自称)もの女性を相手にし、晩年は、付き合った女性と、ホテルや高級マンションなどを渡り歩き、やがて、AV女優の須藤さんと出会い、結婚し、その後に破局を迎え、別れようとしていた矢先に覚せい剤で亡くなります。

 私はこの野崎さんの経歴を見ると、金持ちで、孤独な老人の典型的な人生を見る思いがします。

 実際芸能で生きていると、孤独で金持ちの老人と言う人と多々出会います。彼らはよく我々芸能人の面倒を見てくれます。私がそうした人の住む都市に出かける折に、連絡を取ると、老人は一席を用意してくれて、食事をごちそうしてくれて、ホテルを用意してくれ、様々な遊びを設定してくれます。

 ある時はゴルフであったり、釣りであったり、旅行であったり、お金持ちの老人は仲間を連れて遊ぶことに余念がありません。

 私とすれば、何から何までお世話になって、なおかつ小遣いまでもらえるのですから、何の不足もありません。よくしてくれることは感謝です。船に乗っていても飛行機に乗っていても、夕食を食べているときも、私の何気ない会話が、「地元の人とは違う」。と言って、東京の雰囲気、或いは芸能人の雰囲気を喜んでくれます。

 芸能人と言っても、私はたいした芸能人ではありません。それでも海外でショウをした話とか、テレビに出演した話。有名タレントの話などをするととても喜んでくれます。そんな私が1,2年に一度訪ねて行くのを楽しみにしてくれています。

 そうしたお金持ちが地方に何人もいて、私を支えてくれています。ただ、中にはまったく家族もなく、大きな家に一人暮らしていて、孤独に生きている人もいます。仕事は会社の役員収入や、不動産などがあり、お金に困ることはありません。

 

 女性Aさんは、昔、社長の愛人として暮らし、社長の死後、財産をもらい、地方に家を建て、一人で暮らしています。毎日することがなく、マジックをしてボランティアをして回っていました。

 ところがある時、一緒にボランティアをしている人から、「あなたのしていることはレベルが低すぎる。一緒に出演していて恥ずかしい」。と言われました。仲の良かった仲間から、面と向かって下手と言われたことがショックで悩みました。結果、我流でマジックをしているだけではだめだと知り、きっちりと誰かから習う必要を感じ、私を探し出し、マジックを習うようになりました。

 毎月一日、東京のホテルを予約して、当日と翌日、二時間ずつレッスンに来ました。合計4時間の個人レッスンをしますので、稽古は充実します。さらに、自分だけの手順を求め、私に手順の創作を依頼します。

 その甲斐あって、アマチュアのコンテストで優勝するまでに至ります。Aさんは、東京に来ると、銀座や青山で買い物をし、一流ホテルに泊まってマジックを習い帰って行きます。日々は楽しそうです。

 ところが、Aさんと一緒にいて、日常を見ていると、孤独なお金持ちの影がかいま見えてきます。「影」とは何かというと、行動と行動の間がつながっていないのです。普通に仕事をして、家族を持って生活しているお金持ちは、例えばゴルフをして、その後、食事会までの間、1時間、2時間に必ず何か、仕事なり、自分が心掛けている用事があるものです。

 車の中で、10分20分空いている時間があると、メモを取ったり、調べごとをしたり、1時間2時間と時間が空くと、本を読んだり、音楽を聴いたりと、日常にになすべきことがあるのです。ところが降ってわいたようにお金をもらい。別段仕事を持たない人たちは、空白時間に何をしていいのか、空いた時間を持て余してしまいます。

 彼ら、彼女らは食事をしているとき、遊んでいるときには充実していますが、それが終わったときに、急に虚無感に襲われます。遊びと遊びの隙間の時間を埋める手段がみつからないのです。気の合う仲間や家族がいればまだしも、人を信じない性格であったり、家族と仲が悪かったり、いつでも財産を狙われているという強迫観念を持って暮らしている人たちは、遊びをしたすぐ後に、たちまち現実の世界に戻り、例えようもない孤独に襲われるのです。

 それを隠そうとして、常に面白いことを言って、隙間を埋めてくれるような芸人を傍に置きたがります。それが私なのでしょう。それとても、酒を飲んだ後に別れて、一人部屋に戻ると、またまた孤独が襲いかかります。

 例えば食事の後、互いがなすすべもなく、30分も1時間も空白が出来た時に、とにかく私は退屈しないように話をします。しかし話しつつもどうしても隙間が出来ます。そんな時につくづく「この人は孤独なのだなぁ」。と痛感します。当然なことですが、心は金では満たされないのです。この話はまたあとでお話しします。

 

 野崎さんは、生涯4000人の女性と接触をしたと豪語していましたが、4000人の女性と付き合うのは、普通に恋愛関係を持つことは不可能です。恋愛はとても手間暇のかかる行為です。4000人を相手にすると言うことは、ほぼ毎日とっかえひっかえ商売の女性を買っていなければできないことです。

 当然金があるからこそできることなのでしょうが、そうした生活が人の憧れにはなりません。下品な生活です。女性との関係と言っても、相手をするは、金を求めて関係を持つ女性だけです。そこに愛情はかけらもないのです。そうした女性からわずかでも愛情を求めようとすると、そこは嘘で固めた世界が待っています。

 この関係で成立する愛は、芝居のうまい女性が成り済ました愛だけです。それを嘘と知りつつ騙されて、そのまま人生を全うできる人ならそれなりの大物と言えますが、どうやら、紀州ドンファンは、女性から真実の愛を求めたのかも知れません。

 然し、残念ながら彼女の愛は芝居だったのです。バレた女性は、このまま離婚になっては全財産が手に入らないと知って、覚醒剤を飲ませたのでしょう。

 貧困から自力で這い上がって、財産を作り、女性遍歴4000人を自慢していたまでの人生は、むしろ幸せだったと思います。然し、そこにかすかな愛を求めようとしたときに、悲劇が訪れます。男の悲しさで、「99%は金目当てでも、1%くらいの愛情はあるだろう」。と儚い希望を抱いていたのでしょうが、それが人生の落とし穴でした。

続く