手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

一生もののマジック

一生もののマジック

 

 長くマジックを続けて来ると、ある時期、特定の作品を気に入って、そればかり繰り返し演じ続けることがあります。また、それがいつの間にか、憑きが落ちたかのように全く演じなくなってしまい、やがて別のマジックに熱中して演じるようになる。と言うようなことを繰り返し、次から次とマジックを演じて行くうちに、気がついてみると、50年も60年も経ってしまうと言うことを繰り返してきました。

 私にとってそれぞれの時代に熱中したマジックは、今では貴重な財産です。10代の頃は、リング、ゾンビ、ロープ、シルク、等々を演じていましたが、20代になると、卵の袋、12本リング、サムタイなどをひたすら演じていた時期がありました。それから、鳩出し、カードマニュピレーションを始めました。20代中盤から、イリュージョンを始めて、アレンジしたイリュージョン道具をひたすら作って活動していました。

 同時に、10代から習い覚えた手妻も演じるようになり、やがて、手妻だけで2時間の公演が出来るようにするために、昔の文献から探り出して、一里四方取り寄せの術などを発表しました。27歳の頃です。

 30代になると、水芸、蝶、金輪の曲(和の9本リング)、などを演じるようになりました。

 それから、40代以降は、イリュージョンを演じなくなり、手妻に専念するようになりました。手妻にもアレンジを加えるようになり、二つ引き出し、紙片の曲、陰陽水火の術、お椀と玉など、次々に手妻のアレンジに熱中して行きました。

 50代になってからは、植瓜術’(しょっかじつ)、呑馬術、怪談手品、などの復活物を手掛けるようになり、一作30分もかかる手妻を作るようになりました。

 

 特別私がオリジナリティのあるマジシャンと言うわけではないのですが、マジック活動を続けていると、人と違った考え方でマジックをしないと自他との違いが出せなくなりますので、自然自然にひと工夫を加えることをこだわるようになります。

 特に手妻に関しては、資料で残っていないものや、もう演じる人もいなくなって、どう言うものだかもわからない作品がありますので、足らない分は創作を加えなければなりません。これはもう、やむを得ず工夫をしているわけです。

 

 これまで随分といろいろなマジックを演じてきたのですが、そうした作品の中で、私自身の根幹にもなる作品と言うと何か、を考えてみると、サムタイ、12本リングは筆頭になるでしょう。この二作のお陰でどれほど多くの舞台をして来たか知れません。これを覚えたお陰で生活が出来るようになったのです。

 他には卵の袋、天海師の5枚カード。鳩出しとピラミッド。そして水芸。蝶。金輪の曲。お椀と玉、植瓜術。そうしたマジックが今日まで続いてきています。どれも私にとっては重要な作品です。特に、水芸と蝶は、私の人生を方向付ける作品となりました。

 水芸も蝶も、手妻と言う芸能を売り込む上で、最も強い印象をお客様に与えることになり、他のマジシャンと比べて明らかな差別化が出来て、結果この作品を持ったことで仕事の上でどれほど役に立ったか知れません。

 

 冷静に、これまでしてきた私自身のマジックを眺めてみると、和でも洋でも喋りの絡んだマジック、例えば、お椀と玉、卵の袋、12本リング、金輪の曲、サムタイ、などと言ったものが、私らしいマジックとして多くのお客様に受け入れられていると思います。私自身も一番演じていて安定してできるマジックです。

 それに対して、蝶や、水芸は、気に入っている作品ではありますし、多くの受賞対象になった作品ですから、演じていて充実感を感じるものではありますが、気持ちは少し複雑で、物凄く、種仕掛けの扱いに神経を使いますし、その都度表情付けが難しく、リハーサルを必ずして、頭の中を整理したうえで演じなければうまく行きません。それだけやらなければならない仕事がびっしり詰まっている作品なのです。

 無論、どんな演技でも楽な演技と言うものはないのですが、私に取ってはとても重要な作品で、常に緊張します。

 

 さてそうしたマジックを今、私は弟子や若い人たちに指導しています。もいすぁたしの作品が役に立って、この先、ショウに生かせるなら、ぜひ使ってもらいたいと思います。但し、私の考えをよく理解して、作品の本質を理解してくれる人でなければなりません。ただ種を知りたいだけの人出は譲れません。

 私のしていることは継承であって、種明かしではないのです。マジックの小道具についている一枚の解説書で理解できるようなマジックは私の所にはないのです。習いうにしても、それなりの理解力を持った人でなければご指導は出来ないのです。

 実は、継承と言うのは種仕掛けのことではなく、私が感動したことを、次の世代の人に感動で伝えたいのです。継承と言うのは感動の継承なのです。そのためよほどの理解者でなければ継承は出来ません。

 単なるマジック教室を頼まれた場合でも、それは同じです。種仕掛けは教えられても、感動は継承しにくいものなのです。そこを理解してくれる人にこそ私の作品を伝えたいのです。習いたい人はひっきりなしに来ます。でも感動を理解する人はめったに巡り合えません。

続く

ご難続き

ご難続き

 

 今年になってからの大谷選手は、余りに変化の多い日々で、山あり谷あり、全くジェットコースターのような毎日だったでしょう。エンジェルスからドジャースに移って、全米一番の契約金を貰い、真美子さんと結婚をし、新居を建てて移り住んで、と、出世コースを順調に昇って行ったかと思いきや、

 水原一平さんの問題で28億円が消えてしまい、裁判にまでなり、未だに係争中です。そして家を建てたら、それを空撮されたり、余りにマスコミにあおられ続けて、ついに大谷選手は腹を立てて、日本テレビとフジテレビを出入り禁止にする事態に至りました。

 大谷選手としては珍しいほどの感情表現で、これは、愛する家族を思うあまり、プライバシーに土足で踏み込んで来て、礼後もないマスコミに対して堪忍袋の緒が切れたのでしょう。分かります。その気持ちよくわかります。

 これからもまだまだ予測不可能なことは怒るでしょう。人気があって収入がある大スターですから、何が起こるかわかりません。大スターが何一つ世間に迷惑を掛けずに生活していても、世間の人はそれを嫉妬して足を引っ張るようなことを平気ですることがあります。

 俳優で司会を得意にしていた高島忠夫さんと宝塚スターの須美花代さんの夫婦は、世間がうらやむほどの美男美女の夫婦でした。このご夫婦の息子さんが高嶋正宏、高嶋政伸さんです。結婚するとすぐに子供が生まれ、夫婦は映画にテレビに出演が忙しく、子育てはずっとお手伝いさんに任せっぱなしだったのです。

 ところが、お手伝いさんは、この夫婦が余りに恵まれすぎていて、世の中は不公平だと考えたらしく、生まれた子供を風呂に漬けて殺害してしまったのです。全てに満たされ順風満帆だった夫婦が、幸せであるが故に人から嫉妬され、どん底に落とされたのです。世の中は何が起こるかわかりません。恨まれるようなことを一切していなくても、災難は起こるのです。

 話は古くなりますが、明治時代の歌舞伎役者の初代中村鴈治郎は大変な二枚目で、舞踊がうまく、芝居が達者で、口跡がいい、申し分のない花形役者でした。当然上方歌舞伎の大看板として大出世しますが、ある時、弟子に嫉妬され、食べ物の中に水銀を混ぜられます。水銀は、少量でも死に至ります。処置が早かったために、命は助かりましたが、水銀の毒素でのどが侵され、この事件以降、声が皴枯声(しわがれごえ)になってしまいました。

 恐らく理不尽な仕打ちを受けた後、鴈治郎は泣きはらす日々だったでしょう。然し、彼は、毎日、そのしわがれた声でセリフの稽古を始めました。すると、美声ではなくても、何とも言えない魅力のある語り口で芝居を見せる力を付けて行ったのです。その後も上方を代表する俳優として今日までも名前を残すに至ったのです。

 

 人は、何が災いとなり、何が幸いするのかはわかりませんが、恵まれた生活に甘んじていてもいけませんし、又不幸にめげてしまってもどうにもならないのでしょう。

 大谷選手を見ていると、様々な困難があっても、マウンドの上では活躍が続いています。本日も対ロッキーズ戦で、21号ホームランを飛ばしています。順調に記録を伸ばしています。この分では年間40本のホームランは固いのではないかと思います。

 どんなに苦しく、辛いときがあっても、全てのことは野球で答えを出すと言うのは素晴らしいことです。彼自身は体に時限爆弾を抱えていますので、いつまた肩や腰が悪くならないとも限りません。人間技として、160㎞の球を投げ続けるなどと言うのは体によい訳はないのです。

 ホームランも同様で、140mもの飛距離をバット一本で撃つと言うのは、体の負担は相当に大きいはずです。それを傍から見たなら、何ら無理なく軽く打ち続けているように見えますが、実は相当に体を酷使しているはずなのです。恐らく試合から帰ってきたなら、体の疲労は相当に大きく、ベットに入ったらぐったりしてしまうのではないかと思います。

 辛いそぶりは一切見せない大谷選手ですが、それでも、あと10年、この生き方を維持できるかどうか、と考えたなら、相当に険しい道のりだと思います。世界一になると言うことは無理に無理を重ねて毎日生きて行かなければならないのです。決して天賦の才能だけで生きて行けるものではないはずです。

 色々な問題があっても、それを全く意に返さないそぶりで、次々に自己の目標を達成させてゆく姿は大したものだと思います。

 

 長らく人気低迷していたアメリカの野球界も、大谷選手が出てきたおかげで、マスコミの話題の中心になり、人気も急上昇しています。ドジャースにすれば、1000億円は、決して高い買い物だったわけではないはずです。宣伝広告費としても充分それに見合うだけの活躍をしています。

 アメリカの中の話題の中心に日本人がいて大活躍をしていると言うことは何とも同じ日本人として晴れがましい思いがします。大谷選手と同じ時代を生きていることが幸せです。別段私が支援してどうなるものではないのですが、この先もずっと応援したいと思います。

続く

人は見かけ

人は見かけ

 

 人は見かけで判断してはいけない。と言いますが、でも現実に、日々生活していると、ついつい人を服装や、髪形を見て、何となくその人の収入なり、地位を判断して、「あぁ、この人は余り儲かっていないな」。とか、「最近よくなったと聞いていたけど、噂ほどではないのかな」。とか、勝手な推測で人を図ってしまいます。

 私は先月。ふとブラームスの写真を見て気付いたのです。ブラームスと言うと、髪を総髪にして、長い豊かな顎鬚(あごひげ)を生やし、全体に白髪で、風格ある雰囲気で座っています。学校の音楽室には必ずと言っていいくらいお目にかかる写真です。

 実際、彼は19世紀の末の音楽界の頂点にいて、ドイツだけでなく、当時の西欧の作曲家から絶大な尊敬を受けた人です。ところが、私の見た写真は、その最晩年のものではなくて、40代のものでした。まだ顎鬚を生やしていないのです。

 どうもブラームスは人づきあいが悪く、およそ服装にも凝らず、じじむさい人と言うイメージが湧きますが、40代の頃の彼はそんなことはなく、なかなかいい男でおしゃれなのです。髪の毛は総髪で、少し長くしていますが現代の人でもこうして伸ばした人は結構見かけます。「この髭のないブラームスはいいなぁ」。と思ったのです。

 話は回りくどくて済みません、何が言いたいのかと言うと、私の髪形をブラームス風にしたらどうかと思いついたのです。後ろに持って行った毛を刈り込むことなく、適度に長く首まで伸ばしたら、結構いい形だろうと思い付きました。

 私は髭は伸びないのです。口ひげも顎鬚も少しは伸びますが、そのまま長くすると、掛軸の中国の仙人のように、細い口髭と細い顎鬚になってしまいます。とてもユージンバーガーや、小野坂東さんのような髭にはなりません。そのため髭を伸ばすのは諦めています。

 ところが40代のブラームスを眺めているうちに、総髪で少し長い髪形が妙に気に入ってしまい、先月から床屋に行かず、ずっと髪を伸ばし始めました。それはまぁまぁ良い方向に行ったのですが、今月に入って、耳の後ろの髪の毛が束になって溜まって来て、歩いていたり、家で作業したりすると髪の毛が左右に広がり、どうも見た目が悪くなってしまったのです。

 それでも、希望する長さにはもう少しだと思って、放置し続けていたのですが、つい先日、歯医者さんに行って、定期的に歯を磨いてもらった時に、近所の駅前の歯医者さんですから、普段着のシャツと日常履いているズボンで行った上に、髪の毛がまとまりにくくなっていたのが悪かったのかも知れません。

 帰りがけに先生に挨拶すると、いつもなら、「あぁ、藤山さん、様子はどうです」。と気軽に声をかけてくれるのに、この日は私をじっと見て、何も言わないのです。

 「いや、これは拙いな」。と思いました。私としてはブラームスになろうとしていたものが、第三者が見たなら、プータローの爺さんに見えてしまったようなのです。もう少し日常の格好に気を使わなければいけないとは心がけていたのですが、ついつい近所の用事のために雑な格好をしてしまいました。

 昨日(19日)、床屋さんに行きました。そこで、私の髪形のイメージを話し、髪の毛をあまり切らずに、後ろの毛を少し梳(す)いてもらうようにお願いしました。考えてみれば、こんな事、もっと早くに相談すればよかったのです。ただ毛を伸ばしただけではそんなにうまくまとまるわけはないのです。と言うわけで、床屋さんの協力で、髪の毛は上手くまとまり、ぐっとブラームスに近づき、いい形になりました。

 さて昨日はもう一つ、解決しなければならないことがありました。この一週間、腰が痛くて、歩くと腰がみしみし音がしてチクチクと痛いのです。このところ雨が多かったですから、腰痛が出て来たのかと思っていましたが、晴れても痛みが出続けました。

 実は、13日の舞台の時などは、立っているだけでもミシミシと痛くて辛かったのです。考えてみれば、髪の毛が伸び放題で、腰を曲げて歩いていては、見てくれがよい訳はありません。やはり人は見かけです。

 そこで床屋さんの後、すぐに高円寺整形外科に行きました。この先生は大村文敏先生と仰って、以前私が左手の中指薬指が全く動かなくなった時に手術で直してくださった先生です。

 レントゲンを撮ると、「もうヘルニアがすり減っているよ」。と言われました。別段無理な動きをしたわけではありません。要するに年齢と言うことでしょうか。「直る方法はありますか」。「注射を打てばすぐ直るよ」。「それならすぐに打って下さい」。

 と言うわけで、その場で3本、腰に注射を打ちました。けっこう痛い注射でしたが、腰の痛みは一瞬で消えました。専用のコルセットを嵌めて、服を着たなら、今迄少し腰をかがめて歩いていたのが嘘のようにまっすぐ立てます。

 「何でもっと早く病院に行かなかったのか」。自分自身の決断力のなさに嫌になりました。と言うわけで、髪の毛もまとまり、腰も伸び、服も日常いいものを切るように心がけました。お陰で少しは見かけのよい手妻師になったと思います。

 思えばブラームスは62で亡くなっています。最晩年の髭の伸びた写真も、せいぜい60くらいのものでしょう。ブラームスは私の年齢を経験していないのです。冷静に見て随分年寄り臭い人だと思います。

 メンゲルベルク(指揮者)は若い頃ブラームスに会い、その悲しげな眼差しが生涯忘れられなかった。と言っていました。若い20代の若者にすれば、ブラームスは同じ人類には見えなかったでしょう。私自身も、20代の頃、アダチ龍光や、ダイ・ヴァーノンに会った時に、自分がこういう人達になるとは思いもよりませんでした。然し、だんだん年齢が近付いて来ています。せいぜい小ぎれいに生きなければいけません。人は見かけですから。

続く

都知事選の行方

都知事選の行方

 

 どうも都知事選は混沌としてきました。小池百合子さん、蓮舫さん共に立候補をしましたが、小池さんは、学歴詐称刑事告発されました。蓮舫さんのほうは、立候補前に選挙活動をしてしまい、これは明らかにフライング。これも摘発されれば選挙法違反に問われます。

 小池さんは、立候補の会見を、ネットを使って行い、直接マスコミから質問を受けない形で公約を公表しました。おかしな話です。マスコミを締め出して、質問を受け付けない理由はなぜでしょうか。学歴詐称の件が一気に出て来て収支がつかなくなると判断したからでしょうか。そうだとしても、なぜ数々の疑問をこの際はっきり言わないのでしょうか。後から後から不都合な事実が次々に出て来ます。それを放っておいて、都知事に成れるのでしょうか。

 然しながら、これだけ騒がれても致命傷にならないのは、よほど政界、官界の人脈を持っているのか、強い支持者がいるのか、何にしてもたいしたものだと思います。本当に強い人は、少々の問題は吹き飛ばしてしまいます。いわゆる上級国民と言うことなのでしょうか。然し、この先はどうでしょうか。私には全く小池さんの先のことはわかりません。

 蓮舫さんも、常に刑事告発される可能性があります。いろいろ説明のつかないことを繰り返しています。そもそも蓮舫さんの背後にある人脈が謎です。共産党と付いたり離れたりするのはなぜなんでしょうか。よくわかりません。小池さん、蓮舫さん共に告発されて、選挙違反に問われるようなことになると、この先誰が都知事になるのでしょうか。

 漁夫の利を手に入れて石丸伸二さんが当選するのでしょうか。そんなことで都知事が決められてしまうのでは都政も薄っぺらです。どうも変な展開ですねぇ。ネットでは連日しきりに石丸さんをべた褒めする人達がいます。それが個人なのか、組織なのかはわかりません。

 確かに石丸さんの話すことは明快ですし説得力があります。然し、都知事になるためにはそれだけではどうにもならないでしょう。ネットで世相を語っている立場の人ならそれで人気も上がるでしょうが、政治は難問、課題を現実に一つ一つ解決して行かなければいけません。

 既得権にへばりついて、理屈にならないことを言って反対する人たちを何とか説得して行かなければなりませんし、時に交換条件で、全く関係のない話と絡めて認め合わなければならないときもあるでしょう。

 10の正義を通すために、9つの闇取引をしなければならない場合もあるでしょう。自分のしていることが正義かどうかなんて長く政治をしていたら、訳が分からなくなってしまうでしょう。単に是々非々でことが進まないから政治は厄介なのではないですか。

 そうした政界に入って、都政を動かすには、石丸さんは余りに実績がなさすぎます。頭はいいかもしれませんし、論破する能力は長けているかもしれませんが、物のわからない人、バカな人を巧くなだめて事業をまとめ上げる政治手腕が未知数です。

 

 石丸さんの公約の中にある首都機能の移転や分散にしても、確かに、今の東京は一極集中の弊害が多すぎます。土地の価格の高騰や、連日の満員電車、東京には何でもあって、仕事が集中していますが、逆に地方都市には何一つ権限も仕事もなく、魅力が薄れています。あらゆることが東京に集中していることで東京は限界を超えています。

 その東京の機能を分散すれば、確かに東京は人口は減って、住みやすい環境になります 然し、その機能と言うのは、東京都の機能ではなくて、国の機能が集中しているからではないのですか?。東京都が住みにくいのは、国の中央集権化が進み過ぎて、何でも省庁が権限を握ってしまった結果ではないのですか?。

 そうなら、東京都の機能分散ではなくて、国の機能分散をしなければならないのでしょう。それは都知事の仕事ではなくて、政府の仕事です。石丸さんは国政に打って出るべきです。

 何でもかでも機能が東京に集中するのは、中央集権の弊害です。地方自治と言いながら、国の力が強くなりすぎて地方に何の権限も与えないから、地方が弱いのです。地方都市が地方に権限を委譲してほしいと言っても、国と地方都市では力が違い過ぎて話し合いも出来ません。

 せめて、昔から言われている道州制を導入して、日本を8つの州に分散して、今の省庁の権限を分散させるだけでも東京の人口は減ります。更に発展させて遷都をすれば、確実に東京一極集中を分散させることができるでしょう。

 日本政府の首都である東京と、関東平野の中心地である東京は分けて考えるのは理にかなっています。何でもかんでもすべての権限と仕事を東京が握り続けていることが問題です。それは昔から言われ続けています。

 然し、だからと言って、都知事が首都機能分散が出来ますか?。財務省や、各省庁と戦って、既得権を地方都市に移せますか?。私は無理だと思います。むしろ都知事がやらなければならないことは、別のところに山のようにあります。

 地震対策はどうしますか。木造家屋の密集した地域をどうしますか。今地震が起こったとして、すぐに提供できるプレハブ住宅はいくつありますか。

 親の都合で欠食を続けている児童はどうしたらよいですか。学校での虐め、差別はますます激しくなっていますが、どうしたらいいですか。それは子供だけではなく、大人の中でも職場での差別や、いじめが横行しています。どうしたらそうした人達を助けられますか。

 石丸さんと言う人は頭のいい人ではありますが、もう少し自分が何をしなければならないのかを見定めた上で、プランをまとめて、次の都知事選にお出になってはどうかと思います。急ぐ必要はないでしょう。

 まかり間違って、消去法で、都知事になったとしても、今度は都議会と争いばかり起こして、何一つまとまらない政治になる可能性があります。もっと用意周到に作戦を練って、有能なブレーンをたくさん集めて、面白半分に応援する人たちを少し退けて、やるべきことを熟考したならきっといい都知事になると思います。

続く

伝統芸能を愛する会

伝統芸能を愛する会

 

 話は前後して申し訳ありませんが、6月13日(木)に伝統芸能を愛する会の皆様が青山一丁目のレストランで食事会をされ、その際に私が出演を致しました。夜 18時30分からのパーティーで私は19時30分の出番でした。

 17時に会場に入り、打ち合わせを済ませ、道具を拵え、出番を待ちました。大概この手の集まりは、高齢者が多いのですが、この会は若い女性が多く、しかも、みんな英語なり、スペイン語なりが話せて、海外で活動している人たちのようです。当初30人くらいと言われていた会でしたが、40人になり、会場は満席です。

 参加者は、相当に日本の芸能に興味があるようで、初めから集中し見ていました。演技一つ一つに実に素直な反応をしてくれました。演技は、引き出し、サムタイ、お椀と玉、間に朗磨の紙卵。蝶。と言う、通常の小さなパーティーで見せる手妻のメイン手順です。全体で40分ほど。

 主催者から、少し手妻の文化的など背景を語りながら見せてほしいと言う要望でしたので、手妻の歴史を語りつつ演じて行きました。当然そんな話ばかりですと固くなってしまいますので、間に朗磨との会話を加え、掛け合い(会話のやり取り)も入れました。このところ朗磨も話の受け答えが少し慣れて来たようです。

 通常、私の演技では、決められたセリフ以外を言うことは許されません。なるべくアドリブは入れないようにしていますが、私はあえて、毎回ひとつくらい予想しなかった話を足しています。

 それを入れないとどうしても会話に慣れが出て来て、決まり文句を只喋っているだけになってしまいます。そうなると会話に新鮮味が無くなります。

 台本で喋っているのか、アドリブで喋っているのかはお客様はすぐにわかります。無論、思い付きで会話をすることは許されません。筋が外れたときに取り返しの利かないことになりかねませんので、99%台本をもとに喋らなければいけないのです。

 然し、そうした中に、ほんの少し「今」がないといけません。役で演じる立場がありつつも、本人が今考えていることを少し吐露するとお客様は喜びます。芸能は虚実の皮膜と言うのはこの事なのです。ほんの少し今を語っていないと人は興味が湧かないのです。そこで、ちらりちらりとアドリブを入れます。

  当初弟子は私が予定外のことを話すと、慌ててセリフがうろうろします。それでも私がフォローしつつ話を進めると、少しずつ舞台の会話の呼吸を掴んで行きます。舞台は、仮にセリフを間違えても、忘れても、咄嗟のことですから、似たようなセリフで間に合わせればいいのです。常に会話の流れを崩さないように注意していれば間違いは許されます。流れさえ崩さなければ、何があっても慌てることはありません。

 然し、ここはよほど気を付けなければいけません。何でもかんでも言いっ放しのやりっ放しはいけません。少し間違ったことを言っても、言い出したことは自分できれいに落ちを付けなければいけません。笑いに持って行くなり、お客様を感心させるなり、何らかの形でお客様が納得する話にしなければいけないのです。

 全くの思いつきで話をして、支離滅裂な話をすると、お客様はたちまち演者の程度を推し量って、軽くあしらわれるようになります。お客様は知能程度の低い芸人は嫌いなのです。どんなことを喋っても、センスが良くって、面白くなければいけないのです。これは相当に難しいことです。

 朗磨を見ていると、私が時々アドリブを入れると、初めは必死に受け答えをしますが、最近は少しゆとりが出て来て、話を膨らませようとします。そこで自分なりのセリフを足そうとします。これが実は危険なのです。少し慣れて来ると、不用意な言葉使いをします。これが時として時代背景を壊してしまうことになりかねませんし、当人の浅薄な生活がかいま見えたりしてしまいます。

 飽くまで舞台人と言うものは、お客様に憧れを持ってもらい、夢のある世界を夢想してもらいたいのですから、マイナスになるような言葉は慎まなければいけません。ところが、マジックショウの司会をする人などが、時として自分自身やマジシャンを卑下するようなことを平気で言うことがあります。

 自分を少しへりくだって言うのはいいのですが、へりくだりすぎて、仕事が少ない、だとか、いいギャラが取れないだとか、演技をする場所がお客様が集中しない場所でやっているだとか、平気でマイナスな話を、笑いを取るためにする人があります。こうしたことは、自分もマジシャンも程度を下げてしまいます。

 何気に言った言葉がその人の日常の仕事場の条悪さを露呈してしまったり、私生活の貧しさを見せてしまうのです。そんなことを平気で喋ってしまう人が司会をしていては、その会の価値は上がりません。「あぁ、マジシャンと言うのは大した仕事場で仕事をしていないのだ」。と見下されてしまいます。喋りは日常が出るのです。日頃からいい話が出来るように心掛けていなければ舞台で良い夢は語れないのです。

 私が朗磨にアドリブで話しかけるのは、ただ言葉の切り返しを覚えろ。と言うことではありません。日頃、上昇志向を持ってほしいのです。少しでもよき方向に自分を持って行こうとする気持ちがあれば、自然と話の内容は良くなります。

 会話は知性のキャッチボールなのです。一見何でもない話をしていながらも、知性がある人の会話は、常に小さな発見があります。小さな発見を投げ合ってセンスを磨いて行くのが会話です。会話をくだらなく消費してはいけません。そこの面白さを磨いて行くのが舞台の会話なのです。

 今では手妻師の太夫と才蔵(手伝い)の掛け合い(舞台の会話)も、する人はいなくなりました。でも私のところは少しでもそれを残そうと演技のたびに掛け合いを取り入れています。

 終演後、急ぎ片づけをして、21時30分にレストランを出て、22に30分に高円寺に戻りました。これでこの日の仕事は終わりました。朗磨は多分疲れたでしょう。それでも、紙片の曲(袋卵、紙卵)を演じるチャンスがあったので、満足でしょう。

 少しずつ人を育てつつ、私自身が生きて行く道を探っています。こうしたプライベートパーティーは年間何十本もあります。自分から売り込むことなく、自然に依頼が来て、これで生活がして行けることは幸せなことです。

続く

峯ゼミ クリームパン

峯ゼミ クリームパン

 

 15日(土)は、毎月田端で催されている峯ゼミに行きました。13時開始の10分前に到着。この日は、四つ玉のカラーチェンジの技法をいくつか指導されていました。どの技法も、峯村氏独自の方法です。ここに至るまで随分と時間をかけて作り上げてきたことが分かります。

 四つ玉のコースは、既に2回目になります。そのため、今回は受講者も少なく、10名を切っています。然し、全く同じことの指導ではなく、指導した後に、改案したり、新たに作った手順もあったりして、細かく見て見ると、これはこれで作品が深まっています。

 今年は10月まで、四つ玉コースが続き、あくる年から、新たなコースが始まるようです。峯ゼミ会員の皆様また来年。新規加入してください。

 

 さて、私は、買い物をしなければならず、16時に、峯ゼミを抜けて、合羽橋に行きました。漆器屋さん、房紐屋さん。宮本卯之助商店(飾り金具店)などに出かけ、用事を済ませました。

 田原町から地下鉄に乗り、神田駅まで、神田から中央線で中野駅、この日は土曜日のため、中央線が高円寺を飛ばしてしまいますので、中野駅で降りて、中野から総武線に乗り換えて高円寺。浅草に通う時にはもう40年以上も同じコースで同じ駅で乗り換えています。

 中央線から、総武線のホームに乗り換える時に、ふと思い出しました。中野駅の構内に紀伊国屋のパン屋さんがあるのです。私は普段は紀伊国屋に出入りしません。ただ、ここにパン屋さんが出来たことは知っていました。その時、ふと思い出したのです。一週間前に、テレビのサタディプラスと言う番組(TBS毎週土曜日朝8時)で、何種類ものメーカーの食品を食べ比べて、どこの商品がおいしいかを決める番組です。

 そこで、紀伊国屋のクリームパンが一位に選ばれていたのです。然し、高円寺に紀伊国屋はありません。どうしたものかと考えていると、中野駅の構内に店が出ていることに気付きました。機会があれば中野で買おう。と思って言たのを、電車の乗り換えで中野の構内を歩いているときに思い出しました。いい機会です。紀伊国屋に入って見ました。

 入るとすぐに、大きなバスケットの上に、「先週、サタディプラスで紹介されて、一位を獲得したクリームパン」。と書かれた看板がありました。「なるほどこれか」。ところが、もう夕方17時30分です。バスケットに山盛り入っていたであろうクリームパンが、3個しか残っていませんでした。

 この日はよほど売れたのでしょう。それでも残っていたのですから幸いです。2個を買って帰りました。1つ240円だったでしょうか。今どきはパンでもそれぐらいはします。それにしても私はクリームパンを先ず食べません。そもそも菓子パンを食べません。但しアンパンは仕事柄ちょくちょく頂きます。

 最近のパンは高級化して、朝食にも、食パンでありながら、あんこがとじ込んであったり、蜂蜜が混ざっていたり、ブドウがぎっしり混ぜてあったり、クルミやナッツがふんだんに入っているような食パンが時々出て来ます。

 それは見るからに高級で、かつては見たこともなかったものばかりです。但し大概は一回きり薄切りにしたものを食べるだけで、残りのかなりの部分は女房がどこかに持ち去って、仲間同士のおやつになるようです。

 「またあのナッツの食パンが食べたいな」。と言うと、「あれは高いから買えないわ」。と言われてそれでお終いです。未練は残りますが仕方ありません。

 

 さて、その紀伊国屋のクリームパンですが、夜の食後に、コーヒーと共に夫婦で食べてみました。形状は昔懐かしい、グローブのような形をしたものです。端からかぶりつきます。子供のころの経験で、大概は、端をかじってもいきなりクリームに到達しません。一口目はクリームなしです。ところが紀伊国屋はそんな薄情な真似はしません。すぐにクリームに当たります。然し、決して大量のクリームではなく、先ずはあいさつ程度にちょろっとクリームが顔を出しました。

 初めのひと噛みで、先ずパン生地に既に甘みがあり、小麦の旨さを感じました。パンそのものが巧いのです。なるほど、そうでなければ店は維持できませんよね。パン屋が巧いのは中身のクリームやあんこではなく、先ずはパンそのものが巧くなければ長く顧客を引き留めることは出来ません。

 とはいうものの、かすかに感じるクリームを味わってみると、まだそれほど自己主張をしてはいません。

 二噛み目になってたっぷりと口の中にクリームが入って来ます。このクリームはシュークリームのそれとも少し違います。べた甘ではないのです。ほの甘く、しかも香りを感じます。しかもパンいっぱいにクリームが入っていて、クリーム好きを十分満足させます。これはボリューム的にも、味も十分に満足できます。

 生地の中央にスライスしたアーモンドが乗っているのもアクセントとして生きています。甘いだけじゃなくて、焦げて香りのいいアーモンドがわずかに乗っているのが洒落ています。「何と品のあるクリームパンだろう」。ものすごい贅沢感を味わえます。

 私が小学校の頃、近所のパン屋さんで買ったクリームパンとは別物です。恥ずかしながらこの味は、クリームパンを食して初めて感じた世界でした。世間のOLさんたちが、朝の忙しいときに紀伊国屋に寄ってパンを買い、昼に頂くときに、こんな喜びを感じつつ食べていたのか、と思うと、240円で手に入る、数分間の喜びは偉大です。

 マジシャンの演技数分でこんなに贅沢な夢を見せてくれることは、そうはないのではないかと思います。してみると、マジシャンは紀伊国屋の240円のクリームパンに負けているのです。紀伊国屋は偉いと思いました。

続く