手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

たか田八祥

たか田八祥(たかだはっしょう)

 

 昨晩(26日)は指導を終えて、岐阜に行き、辻井さんと待ち合わせて、柳ケ瀬の、たか田八祥に伺いました。辻井さんがこの日のために予約をしてくれていた店で、長らく懐石料理ではトップの店で、現在、岐阜で人気のある懐石料理店の多くは、このたか田八祥で修行をした人が独立して店を出しているところが何件もあります。

 古典的な懐石料理から抜け出して、創作懐石を始めた草分けの店として岐阜でも有名です。さて、店には7時に入りました。純和風の作りで、そう大きな店ではありません。座敷に通されて、先ずはビールを注文します。

 このところ、田代さんに連れて行っていただいた、フランス料理の本間松濤と言い、今回のたか田八祥と言い、相当にいい店が続いています。どちらがいいかという比較ではなく、これはどちらも横綱格の店でした。

 

 ビールは一本だけ二人で呑んで、日本酒に切り替えます。福井の「梵(ぼん)」があったので、早速盆を頂きました。ここで梵が味わえるのは幸せです。梵はさらりとした酒で、フルーティーな香りが特徴です。

 さて、一皿目はスズキのお造り、スズキを小さなサザエのように固めて盛ってあります。その皿には、スズシロと言う、大根の葉っぱを擂り潰して、緑色のソースを作り、皿に敷いています。刺身醤油を使いません。鈴白のソースは、青もがかった生な味わいと、ほのかな苦み、辛みが混ざって独特な味わいです。このソースを、特徴の薄いスズキの刺身に付けて頂くのですが、スズシロで味わうと、スズキの身の味がよくわかります。「あぁ、我々は、刺身を食べると言っても、日ごろは醤油の味を食べていたんだなぁ」。と理解します。本当の魚の味が分かった瞬間です。

 二皿目は若鮎の唐揚げです。10㎝ほどの、そう大きくないアユがほのかに塩で下味が付いているようですが、多少塩を振って焼いてあるのでしょうが、ほとんど余計な味が付いていません。鮎そのものの味だけです。頭から食べて、内臓の苦みまでいただきます。初夏を感じるさわやかな一品です。

 三皿目は刺身、車海老、まぐろ、いか、かんぱち(たぶん)、これを泡立てた醤油でいただきます。この泡立てた醤油は初体験です。醤油を練って、トロッとしたソースになっています。刺身にそれを載せて頂きます。どっぷろ醤油に付けることなく、少し泡立て醤油を載せて刺身を味わうと、これも醤油の辛さが少なくて済み、刺身が強調されます。いいアイディアです。

 四番目は澄ましです。椀に穴子と豆豆腐の澄ましが入っています。穴子は、鱧の湯引きのように見立てて二切れ入っていて、豆豆腐は緑色強調された硬めの豆腐です。すましの出汁がしっかり出ていて、味は薄いのですが、いい味でした。

 五皿目は鯵の柏の葉寿司。柿の葉寿司と言うのはよく見ますが、柏の葉でくるんだ寿司は珍しく、五月のお柏にちなんで考えたのでしょうか。小さな寿司でしたが、鯵の身と酢飯で楽しめました。 

 六皿目は、ホタルイカの塩辛と床に破竹(はちく=たけのこ)を敷いてあります。小さなオードブルサイズのものが皿に三つ乗っています。食べると、始めにいかの塩辛の塩味が強く感じます。次にアイナメのさっぱりした身の味が感じられ、お終いに破竹を噛むと破竹のさっぱりとした触感が感じられます。塩味、身のうまみ、タケノコの触感。三つ併せて、高級なオードブルになっていて、酒飲みには有り難い一品です。

 七皿目は仲居さんが「うちの名物です」。と言って出してきました。ジャガイモと飛びっ子のはりはりと言うものです。これは、ジャガイモを少し固く煮て、千切りにしたものに、トビウオの卵を少しだけ散らしています。

 小さな小鉢に盛られていて、何のことかと思いましたが、食べて納得、ジャガイモのサクサク感が素晴らしく、飛びっ子のアクセントがまた絶品です。

 八皿目はムール貝、ハマグリ、ホタテ、赤貝の貝類に、ミニコーンをあしらった煮物。このだし汁が素晴らしい出来でした。

 九皿目は、お茶漬け。細かく砕いた海苔が山ほど入っていて、しっかりとしただし汁で、ご飯を頂きます。十分に堪能しました。

 

 最近は、岐阜では、弟子のやっている店の方が評価が高いと言う噂があるようです。私もこの数年お弟子さんの店を味わいましたが、いやいや、どうして、さすがに本家のたか田八祥です。簡単には越えられない味ですし、何と言っても、あれほどの薄味でまとめていながら、どの料理もしっかり味わいが思い出されます。そして、一品一品は小さな皿で出てくるので、いつになったらメインディッシュが出て来るのだろう。と、がっつりとした一皿を期待してしまいがちですが、メインディッシュなんてありません。全体のトータルで、食べた満足度がものすごく大きく感じられました。食べ終わった後は、「これでいいんだ。これが懐石だ」。と十分納得をしました。

 

 思えば手妻も同じです。手妻はライオンや、虎が出てくるわけでもなく、ジェット機が消えるわけでもありません。およそインパクトの薄い地味な不思議の芸が続きますが、細かな仕事を積み重ね、全て見終わったあと、江戸の世界を垣間見たような、誰も見たことのない独自の世界を覗いた満足感が得られます。何気ない中にしっかり自己主張しているのが日本の文化なのでしょう。

 

 その後、場所を変えて、グレイスへ、ママさんはグレイに青みがかった、お召の一重物、きれいに着飾っていました。チーママも地柄に水色の単衣、もうすっかり初夏の装いです。そして、いつもの大柄なロシア人を相手に一杯飲み、少し早めにホテルに戻りました。外は大雨です。辻井さんにはすっかりお世話になってしまいました。いい食事、いい酒でした。感謝。

続く