手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

能舞台

能舞台

 

 昨日(27日)は田代茂さんのお誘いで、渋谷のセリルアンタワーと言う、東急ホテルの地下にある、数寄屋と言う料亭に招かれました。このせりルアンタワーの地下には、能舞台がこしらえてありまして、実際、能や狂言の公演がされています。

 実は10年ほど前に、私もこの能舞台の上で手妻を披露しています。無論、私たちも足袋はだしで舞台に立つのですが、何しろ磨き込まれた舞台ですので、傷を付けやしないかと気が気ではありません。楽屋もきれいな拵えで、来ているお客様も品のいいお客様ばかりでした。何もかも高級な劇場でした。

 その能舞台の向かいに料亭があります。その料亭に行く道も趣向が凝らされていて、ビルの中にありながら、大きなお屋敷を散策するかのような、塀や、待ちのスペースなどあり、座敷に着くまでかなりの距離がありました。

 玄関前には女将が待っていて、出迎えてくれました。部屋に入ると中は広く、5人の客をもてなすには広すぎるほどです。天井も高く、床の間も広くとってあり、すがすがしい部屋でした。

 この料亭の最大の趣向は、障子を開脳けると一面能舞台が見えることです。能舞台の正面に対峙して料亭になっています。能のお客様の後列が障子で遮られています。要するに大名が見る座敷のようになっていて、そこで食べながら能を見ると言うことはないでしょうが、見終わった後、食事が始まるなどと言う趣向として使えるようになっているのでしょう。何にしても渋谷にこうした座敷ができていたのは驚きです。

 聞くと、出来てもう20年だそうですが、縁のないものには全く見ることもできません。

 さて、料理が運ばれて来ます。前菜は大きなふきの葉の上に、鬼灯(ほおづき)が4つ盛られていて、鬼灯の薄い皮が器になっていて、クレソンの辛し和え、小さなヤマモモ、鴨ロース、蟹とチーズのかまぼこ状のもの、撥子(ばちこ)と呼ばれる珍味など。小さく盛られていました。珍しいのは、撥子で、ナマコの内臓を干して三角に(三味線の撥のように)まとめたもので、塩気が強く、酒好きにはたまらない珍味です。

 次は作り、夏をイメージして、ガラスの大皿で出て来ました。蒸しアワビ、タコ、鱧(はも)、マグロのトロ、と、いいところが少しずつ並んでいます。マグロの素晴らしいのは勿論ですが、先ずアワビを蒸した切り身が素晴らしい出来でした。適度な歯ごたえと柔らかさ、薄く味付けがされていて、ワサビと醤油でいただくと、素材の良さが良くわかります。

 同様に鱧です。東京では鱧はなかなか食べませんが、関西では夏の風物詩です。取り立てて味はありません。うなぎのような形をしていますが、うなぎほど脂っ気がありません。淡い白身の魚です。それを梅肉で食べると、ほのかに脂身を感じます。さわやかな味わいです。生たこも同様で、小さく切ってありますが、歯ごたえがあって、噛むとタコの味わいがしっかり出て来ます。どれも今の季節の味です。

 ここで蒸し物です。冬瓜、カボチャ、子芋、蓮根、海老、これを葛でまとめて、蟹の身がかかって、柚子で香り出ししてあります。一度煮たものを冷やして出していますが、味はしっかりしています。葛が本物で、出汁と合わさると実にいい味です。

 焼き物はのどぐろ、鰻の午房巻き、沢蟹の素揚げ。のどぐろはファンも多く、今や高級魚です。脂も多く、いい味です。鰻の午房巻きは、さほど大きくない鰻の身を牛蒡に巻き付けてあります。夏の名物ですね。全体の料理の中では脂の強い料理ですが、のどぐろも質がいいため飽きが来ません。

 小さな鍋が出て来ました。クジラのはりはり鍋。正味クジラ肉を使って、小さな鍋です。久々クジラを食べました。出汁の出たスープがいい味でした。

 牛フィレ肉のソテーと茄子の素揚げ。フィレ肉が絶品で、申し分のないステーキでした、但し肉の量はわずかです。

 トウモロコシの入った炊き込みご飯に、アユの一夜干しを散らしたもの。鮎の一夜干しが淡い塩気を感じさせて、いいアクセント。ついついお代わりをしました。

 お終いはメロンにマスカット、黒ゴマ羊羹。

 

 懐石料理はどこでもそうですが、一品一品の量がほんの少ししか出て来ません。これを物足らないと言う人がありますが、今回の料理は、全部食べ終えると、かなり充実しました。私自身が、かつてほどには爆食いをしなくなったこともありますが、それでもちょうどいい量の食事でした。

 むしろこのシチュエーションで食事をすることなど、この先再びあるのかどうか。それを思うと、この一瞬、一瞬を大切に食事をしたいと思い。頂く素材もかみしめて、ひたすら味の奥を探ろうとしました。酒は、越の景虎を呑みましたが、味は、直球で来る辛さで、辛口ファンだったらとりこになる味です。当然この酒ならば塩気の料理が合います。のどぐろの塩味などと合わせるとうれしくなります。

 元々味わい深いのどぐろに、妥協のない景虎が口中で混ざり合うと、互いが不思議と絡み合います。そして、酒の持つ香りが魚の身を包み込みます。しばらく口の中で混ざり合っているものを呑み込むと、のど越しでのどぐろがいい味わいを見せ、更に、しばらくすると、景虎がのどぐろの香りを連れて、再度挨拶に来ます。こんな時に、「日本の食事はいいなぁ」。と感じます。

 

 何にしてもこれだけの食事をご馳走になって、しかも、田代さんの車で私の自宅まで送り届けてくれました。毎度のことながら何から何まで至れり尽くせりで、深く感謝します。10月20日の埼玉で行われる、FISMコンテストで、総評をしてほしいと頼まれています。無論お伺いしますが、昨晩の懐石料理が余りに見事だったので、総評も気合を入れないといけません。少し気を入れていつもより余計に、ていねいな感想を言おうと考えています。いい食事でした。

続く