手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

お茶漬け

 今週末は、玉ひでがあります。若いマジシャン4組が出て、私が出ます。私も、毎回必ずめったにかけない作品を1,2作出しています。当然、余り演じない作品は練り込みが足らないのですが、こうしたものをやらないままにしていると、結局自身のレパートリーを狭くしてしまいます。私の会であれば理解者も多くご覧になっていますので、こんな時こそ以前の作品を出してもう一度、細部を考えるようにしています。

 17日、11時30分からオープンします。詳細は東京イリュージョンまで。

 

 30日のヤングマジシャンズセッションは、残り20席です。まだ今なら間に合います。いいメンバーですからぜひお越し下さい。座高円寺、6時開場、6時半開演です。

 

お茶漬け

 昨日は卵かけごはんが出たので、今日はお茶漬けを書きます。私はそれほどお茶漬けが好きなわけではないのですが、それでも人生で食べた食事の中からベストテンを選べと言われると、お茶漬けが3っつ入ります。

 一つは京都貴船の鮎茶漬け。二つ目は、松江の料亭、皆美の鯛茶漬け。三つめは博多の鯛茶漬け。この三つは、甲乙つけがたいほどうまいと思いました。

 貴船の鮎茶漬け、これを食べたのは後にも先にも一回きりで、しかも学生の時でした。貴船に遊びに出かけた時に、川沿いの料理屋に入ろうとしましたが、値段が高くて入れません。

 うろうろしているうちに茶漬けの店を見つけ、入ってみました。店の作りは大したものではありません。出てきたものは、蓋つきの茶碗と柴漬けです。蓋を開けると、飯の上に鮎の甘露煮が乗っています。鮎は小さく、見かけは黒くておよそ冴えません。これにお茶をかけて、蓋をして、3分待ちます。蓋を取って、鮎を箸で押すと簡単に崩れます。鮎を小さくほぐしてして、その上に柴漬けを散らばせて、飯と一緒に頂きます。

 これが絶品です。甘露煮の甘みがお茶によって沈められ、鮎のわずかな脂身が飯と合わさって飯の旨味を引き立てます。元々鮎は淡い味ですが、ところどころ甘露煮の醤油がしみ込んでいて味を引き締めます。しかも沈んだ醤油味がいいだしのつゆに飯を入れたようになります。わずか一膳の飯ですが、食べた後うなってしまいました。茶漬けを旨いと思った初めての体験でした。

 

 松江の鯛茶漬けは、宝屋さんというショッピングセンターにマジックショウで出演した折、専務の西川さんが車を飛ばして、中心街の料亭まで連れて来てくれました。ここは宍道湖を一望に臨める好立地に日本庭園を構え、大きな店を構えている皆美と言う料亭です。ここは入るだけでも躊躇してしまうような立派な店です。とてもショウの出演の合間に食べに行くようなところではありません。

 ここのお店で、宍道湖を眺めながら、お茶漬けでもとなります。然し、簡単な料理ではありません。何品も並んだ膳が出て来ました。刺身や、なますが出て、そして、いよいよ鯛茶漬けが出ました。

 茶碗にはご飯が盛られています。別の皿に、そぼろの鯛の身と、卵の白身のそぼろ、黄身のそぼろ、それに刻んだ海苔が並んでいます。それらを適当に飯にかけ、だしをかけて食べます。鯛の身は噛むとわずかな脂味を感じます。卵は甘く作ってあります。これが飯と、だしとに合わさって、今まで体験したことのない旨さでした。

 松江では何かと不昧(ふまい)公好み、と呼ばれる独自の価値観があります。不昧公とは江戸時代の松江の名君と言われた殿様で、茶道に精通していて、松江の今日の文化を形作った人です。この殿様の審美眼が、不昧公好みと呼ばれるもので、掛け軸から、茶室の拵えから、服装、食事に至るまで、不昧公好みと言うと高級品、レベルの高い文化を意味します。

 このお茶漬けもまさに不昧公好みで、卵の甘み、鯛のこく、だしの香り、米の甘み、が混ざって巧さが重層的に迫ってきます。

 さらにこれに、カレイのから揚げが付きます。カレイはお客様が来てすぐに揚げ始め、じっくり30分かけて揚げます。身は小さいものですが、揚がったカレイは、頭から尻尾まで全て食べられます。鰭などは煎餅のようにぱりぱりしています。骨まできっちり上がっていて残すところがありません。朝、宍道湖で上がったカレイだそうで、小さくても、十分満足する味わいです。刺身から生ものから、カレイのから揚げ、そして鯛の茶漬けでフルセットです。このお茶漬けが一番贅沢な一品でしょう。

 

 博多の鯛茶漬けは松江のものとは違います。これは飯の上に鯛の刺身を乗せて、そこにゴマダレを掛けます。それにだしをかけて食べるものです。鯛の身のほのかな脂の乘りに、ゴマダレを加えることで、味が強まります。そこへだしをかけて食べるわけです。味はさっぱりとしています。この茶漬けは鯛の刺身の良し悪しで味が決まります。脂の乘りの良い、だしをかけるとほんのり脂が浮いてくるような鯛ならうまいことは間違いありません。

 その鯛に、熱いだしを掛けて、蓋をして少し置き、レア状態になった鯛の刺身を口にほおばります。しまった鯛は、味が凝縮して、噛むといい味が出ます。これと飯とだしが合わさることで美味と感じます。

 弟子の大樹や、前田が大好きな一品です。但し、いつも酒を飲んだ仕上げに食べますので、私は小料理屋の鯛茶漬けしか知りません。ここの鯛茶漬け、と決定できる店をいまだ知らないのです。いづれ博多のどこかいい料理屋に入ったおりに決定的な茶漬けを知ることになるでしょう。その折またご報告します。

続く