手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

盛夏

盛夏

 

 昨日(28日)11時に橋本昌也さんと、川上一樹さんが訪ねて来ました。この二人は私が今、最も期待しているマジシャンのお二人です。橋本さんは、今月8日の大阪吹田でのリサイタル公演が素晴らしい出来だったので、早速、12月8日の大阪マジックセッションに出演頂くことにしました。

 大阪セッションで、二年連続出演は珍しいことです。それでも、昨年とまったく違う内容で演技をしてくれますので、期待を込めて出演願うことにしました。橋本さんはこの先大阪を代表するマジシャンになって行くでしょう。期待しています。

 もう一人、川上一樹さんは、先週、富士のロゼシアターに出演してもらいました。シルクを中心としたデリケートな演出がかなり評判で、大きな拍手をもらっていました。この人はこれからまだまだ変わって行くでしょう。きっと独自の世界を作り上げて、人気を集めると思います。

 川上さんはこの先半年、内容が一層充実して来たら、来年3月9日の高円寺での東京のヤングマジシャンズセッションに出演してもらいます。但し、東京も大阪も、セッションはマジックのレベルが高いので、今まで以上のレベルアップが求められます。今を超えた手順を作ってほしいと思います。

 

 マジシャンは30を過ぎると、急にいろいろと悩みだします。無論、30と限ったわけではありません。22、3で悩みだす人もいます。人の成長にはかなりの差がありますから、一概には言えませんが、子供のころから余り悩まずにマジックをしてきた人でも、30になるとマジックと真剣に向き合うようになるのです。

 それまでは全く気にもしなかったことが、急に気になりだして、この先どうやって活動して行ったらいいのか、苦しむようになります。そうなると、私のところにやってくる場合が多いのです。別段私がそうした人たちの答えを持っているわけではありませんし、さほど親切なおじさんでもありません。

 そもそも、私が何でも知っているわけではありません。たいして世の中の役には立っていないのです。ただ、いろいろな人が訪ねて来て、話を聞きたがります。その上で、マジックの稽古をしたり、話を聞いたりします。中には弟子修行をする人もいます。それを見て、何か参考になることがあるのか、と思って、訪ねて来るのでしょう。

 

 30を過ぎると、何となく、今までしてきたことではこの先通用しないと言うことが分かって来ます。そうならどんなマジックをしたらいいのか、それが分かりません。何か答えはないかと、きょろきょろとあたりを見回します。すると、周囲のマジシャンが何を考えているのかが、少しわかって来ます。

 それまで大して気にもとめなかったマジシャンが、実は、自分よりもずっとマジックのことを真剣に考えて、深く答えを出していることを知り、愕然とします。初めて人の大きさが見えて来るのです。

 同時に、観客が見えてきます、観客何て、マジックを見せればただ驚いて見ているだけの人達なんだろう。と思っていると、とんでもないことで、お客様一人一人には深い悩みや苦しみがあるのです。彼らはそれを表に出さずに、満たされない思いを秘めたまま、何か楽しいことを求めてショウを見に来るのです。そうしたお客様と言うものが、何を望んでいて、どうしてほしいのか、に気付いて来るのです。客様を固まりとして見ずに、一人一人の存在として見て行くようになるのです。

 30と言う年齢は広い視野が開けて、物を見るようになる年齢です。それまで自分の頭の中だけでしかものを考えなかった人が、客観的にものを見ることを覚え、いろいろな角度から答えを見つけ出すことができるようになるのです。

 芸能は、人とつながって、人の思いを形にすることで成り立っています。たったそれだけのことが若いうちは分からないのです。自分の好き勝手なことをして、それがマジックだと思い込んでいるのです。

 私は、尋ねてくる人にいろいろ話をして、基本的なマジックも少し教えたりします。私にとってもこの半日は楽しい時間です。

 マジックの指導も、種仕掛けの指導などは実はどうでもいいのです。何も私が教える理由はないのです。むしろ、プロとして生きるには、どんな風にマジックを習得しなければいけないか。つまり「マジックの習得法」を具体的なマジックを通して話して行きます。

 プロで生きて行きたいなら、どんな小さなマジックでも手順を作って練習しなければ上達しません。断片的なマジックは役に立たないのです。手順を作り上げて練習することで、演技に起承転結が生まれます。そうなって初めて、手順の中の部分部分でどんな表情をしたらいいかが分かります。どこをじっくり見せたらいいか、その時どんな表情をして観客を見るか、何を伝えたいのか、演劇としての構成が出来て来るのです。そのことがとても大切なのです。

 手順でマジックを学ぶと、演技の輪郭がしっかりと把握できます。ちゃんと学んだ演技は、隅々まできっちり、安定して見えるのです。それはお客様がその演技を見たときに、「あぁ、この人は演技の仕方が違う。とてもうまい人だ」。と気付くのです。プロの習得法とは手順の勉強にあるのです。

 3分のマジックを演じる人はマジシャンではなくて、俳優なのです。そのことが分かれば、この道で生きて行けます。

 と、こんな話をして、半日、二人にマジックを見せました。満足したのかどうかはわかりませんが、役に立ったなら幸いです。

続く