手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

蝸牛(かたつむり)

蝸牛(かたつむり)

 

 長唄人間国宝である宮田哲夫先生に、何年か前に色紙をお願いしたことがあります。ほんの軽い気持ちで、お名前だけでも書いていただければよかったのですが、「それじゃぁ、書いて送りますよ」。と言われ、後日、額に入って、彩色された蝸牛の絵と、肩に川柳の書かれた立派な色紙が届きました。

 恐縮です。早速応接間に飾らせていただきました。文字は、「弛まざる あゆみおそろし 蝸牛」と書かれていました。真ん中に大きな紫陽花(あじさい)の花と葉が描かれています。肝心の蝸牛は、葉の右端にちょこんと描かれています。

 蝸牛にすれば、この葉と花が全ての世界なのでしょう。通りがかりの人が見たなら、なんでもない風景です。然し、蝸牛にすれば、ここまでようやく上がって来て、なおまた葉の頂上を目指して動いています。ここに来るだけでも一苦労だったのでしょう。

 蝸牛を見ていると、進んで行くたびに通った後には、艶々とした通り道を作って行きます。あの粘液は多分自身の身を削って滑らかな舗装道路を作っているのでしょう。あんまり粘液を使い過ぎれば、途中で干からびて死んでしまうかも知れません。蝸牛ものんびり歩いているようで、決して楽に生きているわけではないのかも知れません。だからと言って誰も蝸牛の苦労をねぎらうものはありません。蝸牛も日当たりのいい、良く育った葉に到着して、これからたっぷり葉野菜を頂こうと言うのでしょう。

 

 「だから何なんだ」。と、問われても答えはありません。ただそれだけのことです。然し一芸を極めて、人間国宝になられた人が描く蝸牛の世界は簡単な道のりでないことを思わせます。

 好きで入った道ならば、誰でも人一倍練習して巧くなろうとするでしょうし、工夫もするでしょう。しかし、そうして真面目に稽古をしているうちにどうにかなるかと言うと、それだけでどうにかなるものでもありません。長唄の世界なら、多くは町のお稽古やさんの師匠になって素人の長唄好きを集めて稽古をつけて行く人生を送るのでしょう。

 一つの世界で名前を成すと言うのはそうした生き方とは違います。一つの社会のトップテンに入るくらいの実力を持った人でなければ舞台の依頼は来ないのです。そうなるにはどうしたらいいのでしょうか。

 芸事は、伸びる人は確実に伸びますし、大きくなる人は大きくなって行きます。それもすぐに大きくなるのではなく、人に気付かれないくらい、わずかづつ、大きくなってゆくのです。

 芸能は、やればやっただけ巧くなるなら、芸能の世界は名人だらけになってしまいます。そんな簡単にうまくはならないのです。やってもやっても上手く行かない日々が何年も続きます。ところが、ある日、知らぬうちに、自分で演じていても、スムーズに自分を表現できる日が来ます。「あれ、こんなに簡単にできるんだ」。と自分で驚きます。

 表情も自然になり、喋っていても(唄っても)自分の考えで出来るようになります。お客様からも、「最近よくなったよね」。と言われるようになります。芸が一段上がったのです。してやったりと満足していると、又一年もしないうちに悩み始めます。今以上に巧くなる方法が見つからないのです。巧くなったと思ったのは、下手なレベルの中で少し超えたのであって、本当の巧さを手に入れたわけではないのです。

 本物になるにはどうしたらいいのか、またまた悩みます。巧くなりたいと思います。いや、仮に巧くなったとしても、だからと言って世間にもてはやされたりはしないのです。狭い世界の小さな評価でしかないのです。

 芸能は、やってもやっても巧くならないし、なかなか認められません。何年かに一回、少し巧くなります。然しその後はまた悩みの日々です。忘れたころ又巧くなります。芸事はそんなことの繰り返しです。

 そうするうちにやがて自分自身が腐って行きます。今やっていることなんて世の中に何の役にも立っていない。こんなことをしていては、大きな世の中の流れからどんどん離れて行く。これでいいのだろうか、こんなことしていてこの先、生きて行けるのだろうか。常に不安と、猜疑心が起こります。

 元々何の保証もない世界ですから、生きて行くことは常に不安です。それでいていつまで経っても人に認められないので、人生にあきらめが入って来ます。芸能で生きると言うことは、心の内側にある不安との戦いです。仮に売れていたとしても、今の生活がいつまで続くのか、この先どうなるのか、と考えればまたまた不安が募ります。

 それはよくわかります。私もこの道で60年も生きてきたのですから、マジックで生きることの不安は何百回も経験しました。今でも夜中にパッと目覚めて、「このままでいいのだろうか」。と不安になる時があります。芸能で生きる限り心の不安は一生付き纏うものなのでしょう。でもここが勝負です。

 芸能で生きるには自分が強くならなければだめなのです。どうにかなりたい、誰かに認めてもらいたい。と言うのは間違いです。まず自分自身が納得の行く芸能を突き詰めるのが目的です。蝸牛が誰かに認めてもらおうと前に進んでいるわけではないように、芸能は無心にやり続けて行くことが一番大切なのです。

 

 幸いなことに、長く生きて行くと、自然自然とファンや、お客様が付いてきます。そうした人たちが、ショウの出演話を持ってきてくれたり、様々な支援をしてくれます。これらは全く善意からくる行為です。しかし、そうしたファンのお陰で、生きて行けるようになります。確たる保証はないものの、人のつながりが、マジシャン一人を生かせてくれるのです。自分の作り上げた世界があって、それを支持する人がいて、自然自然に生きて行けるのです。特別なことではなく、ただマジックを続けて来ただけです。

 蝸牛が葉の上を舐めるように歩いて行く姿を見て、「あゆみ恐ろし」。と感じるのは、それは名人ゆえなのでしょう。殆どの人は、蝸牛を見て恐ろしと感じることはないのです。

続く