手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

自主公演「驚天動地」 

自主公演「驚天動地」

 

 今日は私の自主公演です。私と言うよりも、私の一門の公演と言ったほうが正解でしょう。前半はケン正木、ナポレオン、マギー司郎と言った、私の40年来の仲間によるショウ。後半は、前田が出世披露をして、藤山大成となる口上。賑々しく、仲間に口上を述べて貰い手締めをします。

 その後、恒例の、舞踊。私の一門は、手妻の修業の他に、舞踊、長唄、鳴り物(鼓、太鼓)の稽古をし、今回その成果を披露します。今日大成は「七福神」を踊ります。私は、名人の杵屋巳三郎さんの脇で長唄を唄います。

 さらには、天地会で、大成が太夫となって、大樹が才蔵になって、お椀と玉を演じます。立場が入れ替わるとどんなことになるのか、楽しみです。

 そのあと私の演技、引き出しと蝶。

それから大成の新作アクト。更に大樹の変面でフィナーレ。二部の演技は、全て生演奏で行います。大変に贅沢な内容になっています。

 

 私の、初のリサイタルが、23の時でした。既に45年、毎年公演を続けて来ました。その公演の中で、次の人材を育て、世に送り出してきました。マジックの世界は私一人がどうにかなっても駄目なのです。ある程度マジシャンの数が必要なのです。それもしっかり物が分かって、いろいろ出来るマジシャンが必要なのです。

 能力のあるマジシャンをどう育てるか。その答えを出すために長い間苦労をしました。大樹も大成も、弟子として見たなら、余り苦労の要らない、優秀な弟子でした。私のところに入って来た時点で何でも知っていましたし、多くのマジックを見ていて、マジックの世界を自分なりに思い描いていました。

 但し、マジックを職業とするには、いろいろなことが出来る、知っていると言うだけではだめなのです。それらは他人の知識です。自分自身がどう考えたか、何に気付いたのか、と言うことが大切なのです。もっともっと一人一人のお客様の心の奥に送り届けるメッセージが必要なのです。それがなんであるか、どうして行ったらいいのか。そのことでプロは苦しみます。

 実はプロの本当の修業は、私から習っている修行期間ではなく、そこから先に自分自身が何を掴み取るかが本当の修業なのです。そう考えると芸の完成と言うものはとても時間のかかるものです。

 今回出世披露をすると言うことは一つの区切りにすぎません。これで芸の完成ではないのです。まだまだやらなければならないことは山ほどあるのです。それをこの先ひとつひとつ気付いて行って、自分のものにして行く作業が芸能なのです。

 どうぞ、みんなで祝ってやってください。ようやく一人何とかなった手妻師が出て来ました。これを温めて、大きな芸能になって行くようにご支援ください。

続く