手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

今日も多忙

今日も多忙

 

 今日も朝から掃除、かたずけ、これから習いに来る生徒さんのために手順を浚わなければならず。道具の直しなど、用事が重なっています。その間に時間を作って何か所かの銀行にも行きます。昨晩大阪から帰っても少しの休まる時がなく、雑用ばかりの一日になりそうです。

 もう数日で11月も終わり、残りは一か月。2023年はもうあとわずかです。この一年。芸能でどれだけ大きな実績を残したか、と問われれば、ほとんど何もしなかった一年でした。

 何もしなかった、とは、新作の手順などと宣言して、表だって手順作りをしなかったと言うことで、日ごろ演じている演技や、語りの部分は少しづつですが変化をしているようには感じていました。

 少しずつ、とは何かというと、同じことを語っていても、同じ演技をしていても、気持ちの比重が変わってきたように感じます。昨年から今年にかけて、舞台を演じていても、自然に、無駄な力が入ることなく、さりげなく演技ができるようになりました。

 お客様の求めていることが良くわかるようになり。自然自然と求めている方向に芸の比重が移動して行くのが分かります。それは自分自身が意識してそうしているのではなく、何かに求められるように移動します。

 あぁ、これが芸なのかなぁ。と納得しています。芸能とは作って行くものではなく、バランスを保ちつつ、人の求める方に向かってゆっくり動いて行くものなのかと気付いてきました。私がそれなりにいまの自分に納得して演技をしていると、それを喜んで評価してくださるお客様も増え、有難く思っています。何やら、ふわふわした芸ですが、こんなものでいいのかなぁ。と思いつつ、皆さんが喜んでくれるならまぁ、いいか。と妙なところで納得しています。

 気付いてみれば、そうした演技は演じていて心地よく、無理がありません。全体に力が抜けて、欲もなくなり、自分が語りたいことが自然に語れるようになったと思います。昔、アダチ龍光師が舞台で語っていた語り口が、「どうしてあんな天心無衣な話し方が出来るのだろう」。と不思議な思いで聞いていたのですが、ひょっとして、今の私の気持ちがあの時のアダチ龍光師の気持ちに至ったんだろうか。と思い当たります。

 仮にそうであったなら大変名誉なことだと思います。結局芸能と言うものは、作って作れる物ではなく、さりとて、作ろうとしなければできないものです。どこまでが虚構でどこまでが真実か、その区別はそもそもがはっきりせず、また境界を見つけ出す意味もありません。ボヤっとした中で、曖昧なことを言っているのが芸能なのか。と思います。そんなところに答えが見えてくると、一体今まで悩んだり苦しんだりしてきたことが何なのか、馬鹿らしくなってきます。

 

 我々は日常舞台に上がって、舞台道具などを目にする機会が多いのですが、例えば、家や塀や、植木など、薄っぺらな板に絵を描いて、人形建ての衝立をはすっかいに取り付けて舞台に飾り立てます。そんな道具を横から見ていると、これが虚の世界(偽りの世界)だと誰でも分かります。

 同時に家に帰って、周辺の住宅街を見ていると、そこから人が出入りして、生活をしているのを目にします。それを実の世界だと認識しています。でも実の世界は本当に実の世界でしょうか。

 長く続けて来た商店がある日、店を畳んで閉めたと思っていたら、何か月かするとそこは更地になっていたりします。ついこの間までそこで商売がされていて、人が出入りしていたのに、もう跡形もありません。店によっては更地になってしまうと、一体何の店があったのか思い出すことすらできません。

 そんな姿を見ると、まるで芝居の背景のように、役目を終えると忽然と消えてしまう近所の商店は、これは虚の世界なのではないかと思います。いやいや、無くなった商店一軒のことだけではなく、広く眺めれば、街全体も、しょっちゅう店が変わったり、建物が壊されれば、全ては無となり、虚構の世界じゃないですか。

 いやそれだけでなく、そこに住んでいる人々全体も、今生きている世界そのものも、言ってしまえば全ては虚の世界のことなのではないかと気付きます。実なんてどこにもありはしない、全ては虚構なのかもしれません。

 ましてや芸能を考える上で、これが実、これが虚と区別すること自体間違いなのかと思います。そもそもが虚構の中で、ボヤっと真実らしきことを語っている。これが芸能なのではないか、と思うようになったこの頃です。

続く