手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

プロで生きる 2

プロで生きる 2

 

 さて、アメリカ行きをやめて、日本国内で舞台に専念しようと心に誓ったのですが、当時私が仕事場としていたのは、キャバレーでした。キャバレーは夜に二回ショウをします。15分の手順を二つ持っていれば日本中を回れて、一生生きて行けたのです。

 一部は鳩出し、二部はカードにゾンビボール。などと言った手順で動いているマジシャンがたくさんいました。とにかく二つ手順を持っていれば手順を変える必要もなく使ってもらえたのです。

 それで一日1万円から1万5千円のギャラになりました。今から40年以上も前ですから、勤め人の初任給が4万円くらいの頃の1万円は大きな金でした。キャバレー事務所に所属していると、月に15日から20日、スケジュールが埋まります。そのほかに、パーティーの仕事がありますし、寄席の出演もありました。20代なりたての、何も知らない若者がいきなりそうした収入になったのです。生きて行くには全く不安のない時代でした。芸能に対して甘い時代だったのです。但しこれが大きな落とし穴でした。

 27歳のころの私は、キャバレー時代はそろそろ終わると考えていました。お客様の数も少なくなっているし、危ない社会の人たちが経営する商売に対して、世間も冷たくなってきています。海外を見ても、パリも、ロサンゼルスも、ナイトクラブや、キャバレーは下火になってしまって、マジシャンや、ジャグラーは失業していました。

 日本もきっとマジシャンの大量失業の時代が来る。そうなる前にキャバレーをやめて、次の仕事を探して行こう。と思っていました。但しそれは簡単なことではありません。キャバレーも駄目、アメリカの指導も駄目、コンベンションにも限界が見える。などと言っていてはどうやって生活をして行ったらいいのか、見当もつきません。

 この頃私は、15分の演技二つで生きて行くことに限界を感じていました。アシスタントの男女を使って、もっと大きな規模のマジックをしたかったのです。すなわちイリュージョンショウです。それも誰もがやるようなジグザグボックスや竹の棒の浮揚ではなく、自分で図面を起こして、誰もやらないようなイリュージョンを考え始めたのです。

 そして、出来た作品をキャバレーに売り込んだのですが、キャバレーの反応は芳しくはありませんでした。「大道具なんかいらない。以前やっていた鳩や喋りのマジックでいい」。と言われてしまいます。つまり、キャバレーは内容でショウを買ってくれているのではないのです。決められた予算の中でマジックをしてくれればそれでいいのです。私たちが、キャバレーをショウビジネスの場だと思っていたのは勘違いでした。彼らがショウに臨んでいることは、あくまで酒のつまみなのです。

 私はキャバレーと決別しなければ先がないと知ります。つまり大きな仕事をするためには、キャバレーでは表現しきれなかったのです。自分の考えた大道具をどこで披露するのか。人を使えば大きな経費が掛かります。誰がその経費を出してくれるのか。

 私は東京イリュージョンと言うチームを起こし、大きなイベント会社に売り込んで行くことにしました。私のイリュージョンが売れるかどうかなんて全くわかりません。たぶんイリュージョンを求める会社はたくさんあるだろうと希望的観測で始めたのです。

 実際イベント会社を相手にマジックをすると、あらゆる点で今までしていた自分の演技がぬるい世界に浸かっていたことを知りました。大きなイベントに乗り出すには、最低でも40分のショウが必要でした。今まで持っていた15分の演技二つを合わせれば30分になる。あと10分大道具を足せば何とかなる。と思っていると、そんなものは何の役にも立たないことを知りました。

 先ずスピードが鈍すぎますし、劇的な展開がなさ過ぎました。鳩を6羽出すにも、10分かけて6羽出していては駄目です。せいぜい3分で仕上げなければ大きな舞台では通用しません。喋りもだらだら喋っていては駄目です。中身の濃い話しをしなければいけません。それよりなにより、40分なり、60分なりの演技をして全体を見た後、何が語りたいのか、一つの世界を持っていなければ使ってはくれないのです。

 ただマジックの道具を羅列しただけのショウではいくら40分演じたとしても誰も感動しないのです。売り込みをするイベント会社も、このショウが何を表現しているショウなのかが明確でないと売りようがないのです。

 今でも次から次と大道具が出て来て、女の子が出たり、消えたり剣を刺したりする演技をこれでもかと続けるイリュージョンショウがありますが、多くの場合それは成功しないショウです。

 考えてみてください、一つのイリュージョンはせいぜい3分から4分の演技です。60分のショウをするとなったら幾つのイリュージョンが必要ですか。大道具を10も20も見たならお客様は飽きてしまいます。第一、大量の大道具を運ぶなんて不可能でしょう。ではイリュージョニストは何を演じなければいけませんか。

 60分のショウが出来るマジシャンと言うのは、たくさんの道具を持っているからできるのではないのです。イリュージョンの大道具なんてせいぜい4つもあればいいのです。その4つの道具を通して、自分の世界を語って行くことが目的なのです。何もない舞台に忽然と3Dの立体画像のように、マジシャンの世界が作り上げられたなら、そのショウは成功なのです。そうだとしたなら、どうやって自分の世界を作り上げますか。

 歌手は歌を歌うことで自分の世界を作り上げます。俳優は役を通して自分の世界を作り上げます。同様に、マジシャンは、マジックを並べて、演じて見せただけでは芸能とは呼べないのです。それではディーラーショウです。道具解説に過ぎません。自分の世界を作り上げてはいないのです。

 

 高級なレストランで、上品なお客様を相手に、テーブルホップでマジックを見せるなどと言うのは洒落た仕事です。それそのものは自身の修練には役に立つでしょう。然しその演じ方はマジックの終着点ではないはずです。食事をする片隅でマジックを見せると言う行為からは、芸能としてのマジックは生まれにくいと思います。

 どこかで自分の世界を作り上げて演技をしっかり見せる場が必要ですし、そうした場所を作って生きて行けるようにしなければ、本来なりたかったマジシャンにはならないのではないでしょうか。

 今与えられている仕事場に満足できない時に、ギャラが安いとか、お店が演技に集中させてくれない、とか、日本人の見るマナーが出来ていないとか、問題を外にぶつけることは間違いです。そもそもそうした劣悪な環境でマジックをすることが間違いなのです。そしてそこからなぜ抜け出せないのかと言う答えは、自分が現象を見せるばかりで、お客様に自分の世界を提供していないからなのです。

続く