手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

自営ラーメン店

自営ラーメン店

 

 私の家の玄関と、道を挟んで向かいのラーメン屋さんの裏口が向かい合っています。ラーメン屋のお兄さんは、よく裏口のドアにしゃがみこんで休憩をしています。私が玄関まで出てくると、頻繁に顔が合いますので、いろいろ話をしているうちに親しくなり、相談事も聞くようになりました。

 表のラーメン屋さんは、関東地方のラーメン店で二位になるほどに評判の店で、毎日11時30分に店をオープンするときには、既に10人くらいは並んでいると言う、評判のラーメン屋さんです。

 毎日たった一人で製麺機で麺を作り、スープを作り、チャ-シューを作り、深夜でも仕事をしています。真面目に一途に仕事をしているので、自営でやっているのかと思っていたら、オーナーが中央線沿線にいて、そこに雇われて仕事をしていると言っていました。

 鶏がらスープで、醤油味のシンプルなラーメンですが、それゆえに真っ向勝負のラーメンです。違いを出すのが難しいため、今でも毎日随分悩んで工夫に余念がありません。

 ある日、オーナーから、店を買い取らないかという相談を持ち掛けられたそうですが、金もないため、諦めていると言う話を聞きました。聞くと店の権利金は1500万円だと言います。私は、「1500万円なら、そっくり銀行から借りても、そう苦も無く返済できると思うよ。返済と言ったって、月々の支払いはアパートの家賃よりもずっと安いくらいだと思うよ」。と言うと、「今まで銀行から金を借りたことがないんです」。と言います。

 「自営で生きて行くのに銀行を利用しない人なんていないよ。銀行とは仲良くしておくことだよ。銀行は金を貸したくて仕方ないんだから。借り手は銀行にとってはいいお得意さんだよ。もっと自信を持って相談に行ったらいいよ。

 あなたもここで7年くらい店を続けて来て、これほどお客様がたくさん来る店にしたのなら、それはすなわち実績なわけだから、今までの日計表を持って、銀行に行ってごらんよ。何なら私と取引している銀行の人を紹介するよ。きっと銀行は貸してくれるよ。

 あなたも雇われている立場より、自営をする立場の方が将来的には活動の幅が広がるし、収入にもなるよ。オーナーさんから店を売ると言う話が来たなら、チャンスじゃないか。きっと良い方向に行くよ。勇気を出して行ってごらんよ」。

 と、ラーメン屋のお兄さんを焚きつけて、銀行に相談に行かせました。結果は良好で、言い値よりも多く資金を貸してくれることになり、全く手持ちの金なしで店が手に入ることになりました。それが今年の初めのことです。

 店の売り上げは上々で、オーナーへの上納金が無くなった分と、ローンの支払い分の差額が利益として増えて店はうまく行っています。心なしかお兄さんの顔つきもよくなりました。

 すると数か月して、お兄さんは別の若いお兄さんを連れて来ました。どうしたのかと尋ねると、オーナーの店で働いていた後輩が、同じように店を出したいのだけど、相談に乗ってほしいと言います。おやおや、ここの店のオーナーはいい人材に恵まれていながら、人を使いきれていないのだなぁ。と思いました。

「いや、相談に乗ると言っても、私はラーメン屋としての知識はないんだよ。いいも悪いもわからないよ」。と言ったのですが、若いお兄さんは私から話しを聞きたがります。

 当人は、オーナーから一軒店を任されていて、そこは良く当たっているのだそうです。然し、オーナーはその店の稼ぎを他の店に使ってしまい、なかなか店がうまく行かなくなってしまい、この際やめたいのだそうです。

 ついては神奈川県にいい店があるのでそこで新規の店を出したい。ただ、銀行からお金を借りて、やって行けるかどうか、話を聞きたい。と言うのです。

 「あのね、私はラーメン屋をやった事はないし、あなたがどんなラーメンを作るのかも知らないし、ましてやこれから出そうとする店がどんな場所でどんな店なのかも知らないから、何もアドバイスできないよ、私は経営コンサルタントじゃぁないし、ましてや占い師じゃないんだからね。あなたの将来のことなんか何もわからないよ。

 ただね、話を聞く限り、あなたの店は流行っているんだね。その実績で以て神奈川県に店を出したいんだね。それなら、今までのお店の売り上げ表を持って、神奈川の銀行に相談に行けばきっとお金は貸してくれるよ。

 金額はいくらなの。1500万円。それなら大丈夫だよ。今どきサラリーマンが中古のマンションを買うんでもそれぐらいはかかるから。その程度の資金ならどこでも貸してくれるよ。勇気を持って行ってごらんよ。後は真面目に働いて、月々せっせと返すことだよ。

 初めはなるべく内装に金を賭けないようにして、無駄な出費を省いて、とにかく借金を少なくすることだよ。仮にうまく行っても決して支店なんか作ろうとしないこと。一つの店を手堅く維持することだよ。10年続ければ大きな実績が出来るよ。

 仮に、全然うまく行かなくったって、赤字は1500万円でしょ。小さな借金だよ。この先働いて行けば返せる金だ。若いうちの1500万円なんて失敗のうちに入らないよ。大丈夫だよ。思い切ってやってごらんよ」。と無責任な応援をしてしまいました。

 若いお兄さんは予定通り神奈川に店を出して、今、開業半年で、今年新しく開店した店の中では一番人気の評価を得ているそうです。良かった。私のアドバイスが多少役に立ったようです。

 私も若いころ、会社を興したり、ビルを建てた時には、随分借金に苦労しました。そうしたときに、先輩や、お客様の言葉などが随分ヒントになりました。第三者の言葉で、大きなきっかけを掴むことはよくあることなのです。わたしの言葉で新しい世界が開けて行くなら幸いです。他人が見たなら何のこともない、わずか間口二間半ほどの小さなラーメン屋ですら悲喜こもごもの人生があるのです。

続く