手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

電話で弟子入り

電話で弟子入り

 

 5日ほど前のことです。夜の10時ころにデスクワークをしていると、電話が鳴りました。事務所の電話がこの時間に 鳴ることは珍しいので、怪訝な思いで受話器を取りました。「あの、藤山さんですか?」。「そうですが」。「あの、ぼ、ぼ、僕を、弟子にしてく、下さい」。いきなり弟子入り希望者です。どうもよほど思い詰めて電話をしてきている様子です。

 「いきなり何ですか?、順に話を聞かなければわからないですよ。あなたの名前は?」。「○○です」。「私に会ったことはあるのですか?」「だいぶ前にJCMAであっています。あ、あの、半年くらい前にも会いました」。「その時、私と話をしましたか?」相手は少し考えて、「いえ、舞台を見たんです」。「直接会って話をしたわけではないのですね」。「ええ、まあ」。

 会って話をしたこともない人にどうして弟子入りなんてできるのでしょう。弟子入りと言うのは、自分の人生を決定するような大きな決断なのに、そんな簡単に師匠を決めてよいものだろうか。私には理解できません。

 「あなたは幾つですか?」。「あ、あの、34です」。「34?。今何をして生活しているの」。「あ、あ、あの、マジックを」。「マジック?、趣味ですか?、それで生活しているのですか?」。「あ、あ、あの、マジックをしたり、他の仕事をしたり」。「プロと言うわけではないのですね?」。私は少し考えて、

 「あのね、私の所には今年入って来た弟子がいます。まだ入って来て半年です。普通に弟子は3年半修行をします。今の私は、2人も3人も弟子を取る余裕はありません。だから次に弟子を取れるのは3年後と言うことになります。ただね、もう私のところにはそれほどたくさんの仕事の依頼は来ませんので、恐らくこの先は弟子を食べさせてやることはできないでしょう。

 多分もう弟子は取らないと思います。でもね、もし手妻やマジックを習いたいなら、ご指導はしますよ。随分習いに来ている人もいます。定期的にレッスン指導をしています。どうしても覚えたいのであれば、習いにくればご指導はします。むしろその方がいいのではないですか」。

 「あの、小林さんみたいに・・・?」。さて、小林さんとは誰でしょう。小林と言う名前の人は何人も指導しています。ひょっとして、藤山大樹のことかも知れません。相手が34歳と言うなら、大樹とほぼ同じ年です。しかもJCMAで会っているとか何とか言っていましたから、小林(藤山大樹)の行動を見て、弟子入りを考えているのでしょうか。

 「小林って、藤山大樹のことですか?。大樹の本名は小林ですが、そのことですか?小林は弟子です。もう修行を終えて、一人で活動しています。その後の大成も一人で活動しています。そうした弟子のように名前を貰って活動して行きたいのですか?。そうだとしたら、もう弟子を取ることはないと思いますよ。どうしても私から習いたいなら、レッスン指導を受けることです」。

 レッスン指導と聞いて、相手は黙ってしまいました。いろいろ聞くと、相手は都内で暮らしています。「あなたの家から私の事務所までなら30分くらいで来れますよ。そこで指導をしています」。「東京イリュージョンは知っています」。「来たことがあるんですか」。「はい」。ちゃんと下見が出来ているようです。「それなら試しに明日来てみませんか、明日は3人習いに来ます。無料で見学していいですよ」。

 相手はしばらく考えています。「明日は無理なようですから、また電話します」。「そう、よく考えて下さい」。これで電話は終わりました。

 相手は私を知っています。然し、私は全く記憶にない人です。その人に弟子入りを求められたとしても私はどうすることもできません。ただ、34歳まで、マジック活動をしてきて、きっと活動に限界を感じ始めているのでしょう。

 方や同期でアマチュアをしていた大樹が、テレビ出演したり、海外で売れていたり、派手に活動をしているのを見て、やはり自分と比べてしまうのでしょう。そこで私に弟子入りしたならどうにかなるかと思って電話をして来たのでしょう。

 こんな人は毎年何人も来ます。でも全部お断りです。人の伝手を使ってこなければ話になりません。自分自身を推薦してくれる人がなければだめです。ましてや電話で申し込むのは駄目です。

 かつて、ネットで弟子入りを申し込んできた人もいました。会ってみると素直そうな人で、両親とも会いました。しっかりとした仕事をしている人なので、弟子を認めました。然し、メンタルが弱く、3か月でやめて行きました。

 よほど長く様子を見た上でなければ人は取れません。弟子入りを望む人も、積極的に私に接してきます。そして長く時間をかけて私を観察します。その上で互いが了解し合えたなら徒弟関係が成立します。電話でのお申し込みはお断りです。先ず会って話をしなければどうにもなりません。然し、度々申し上げますが、もう私は弟子は取らないつもりです。

 ただ、私を頼ってきた人が私の何に興味を持って電話して来たのかが興味です。よほど思い余って電話して来たのでしょう。それだけに無碍にも断れないのです。相手にも夢があったのでしょう。然し、現実に生きてみるとプロの道は簡単ではないと知ります。それでもそこに夢を感じて今日まで来たのでしょう。その夢とは何だったのか。そして私ならその夢をかなえてくれると信じて電話をしてきたのだとしたなら、私の何に夢をかなえる力を感じたのか、そこが聞きたいのです。

 電話の応対も、話し方も、正直言って失格です。声にも張りがありません。内向的な人なのでしょう。舞台に立っても巧くやって行けるかどうか。声を聞く限り不安な人でした。駄目と言えば始めから駄目です。

 それでも、その人がどんな夢を抱いてマジックをして来たのか、そこが知りたいのです。それはかつての私にもあった思いです。今となっては私自身が子供のころどんな思いでマジックをしていたかは忘れてしまいました。その思いを思い出すために、少し話を聞いて見たいのです。弟子入りは無理でも、場合によってはその夢をほんの少し叶えてやれるかもしれません。そんな風に思うと、簡単に人を否定できないのです。

続く