手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

アメリカの水は枯渇する

アメリカの水は枯渇する

 

 今から42年前、私がアメリカで公演とレクチュアーをして回っていた時の話です。今でも、ロサンジェルスもや、ラスベガスは雨が少なく、気候は乾燥していて、常に暑い土地です。ロサンジェルスなどは、一か月生活していても、一度も雨が降らないことも多々あります。

 ところが、そこに住んでいる住人は、自宅の芝生に水を撒き、庭にはプールがあり。水をふんだんに使っています。雨も降らず、川と言うほどの川もないロサンジェルスの町で、どうしてそんなに際限なく水が使えるのかと怪訝に思います。そのタネは、ロッキー山脈の伏流水を汲んで使用しているためです。

 アメリカの地図を広げて見ると分かります。西には海岸近くに沿って広大な砂漠地帯が広がり、さらに東に行くと南北に大きな山脈があります。ロッキー山脈です。太平洋から流れてくる気流に、わずかに水分が含まれていて、それがロッキー山脈に当たって、雨をもたらし、山に水が溜まります。

 同様に、東側から流れてくる気流もロッキー山脈に当たって、東側の山裾に水が溜まります。太古の昔からロッキー山脈は水を貯めて、山脈の西側も東側も森林を育てて緑が茂っています。但し、基本的にこの地域は土地が乾燥していて、砂漠地帯ですので、本来水は少ないのです。

 ラスベガスに行くと、砂漠であるにもかかわらず、街中は芝生が植わっていて、ひっきりなしにスプリンクラーが作動していて水が撒かれています。然しどう考えても、ラスベガス市民が毎年使用するだけの水が、この近辺に降るわずかな雨で補充されるとは思いません。結局、何千年も前から溜まっていたロッキー山脈の水を惜しげもなく撒いているのです。

 私はそれを眺めつつ、「少なくとも5年10年で水が枯れる事はないかも知れないけども、このまま水を使い続けたら、アメリカは水不足に陥って、全く人が住めない町が続出するのではないか」。と心配になりました。

 

 私のレクチュアーツアーは3年に及び、その3年目は、全米を網羅しました。ラスベガスから、チューソン、メンフィス、フェニックスなどを廻り、ソルトレークシティからデンバーに行き、そこからまっすぐフリーウェイで東に進み、二日掛けてインディアナポリスまで行きました。

 この大陸横断フリーウェイは驚きの道でした。デンバーからゆるい傾斜道になっていて、とにかくまっすぐな道でした。両側は、小麦畑が三時間も四時間も続き、小麦畑以外の風景が見えませんでした。そのうちはるか向こうに真っ黒な風景が現れます。牛です。何万頭もの牛が草を食べています。これほどの牛を見たのは初めてでした。

 それが過ぎるとトウモロコシ畑が何時間も続きます。日本の土地なら、畑の周辺に鎮守の森があったり、小さな山があったり、様々な風景に挟まれて畑がありますが、中部のアメリカはものの見事にトウモロコシならトウモロコシ畑が地平線の果てまでも続きます。

 そして、その畑にとんでもない大きなスプリンクラーが伸びていて、散水をしています。「この畑を維持するためにどれだけ水を使っているのだろうか。途方もない水が必要なのではないのか」。と心配になります。

 水は、ロッキー山脈の伏流水です。畑はとんでもなく長いパイプによる散水装置で水が撒かれています。私は、会う人毎に、「あれだけの水量を使って、水は枯れないのか」。と尋ねました。すると誰もが、「大丈夫、ロッキー山脈の水は何百年水を使っても枯れることはない」。と言います。

 そうだろうか。アメリカと言う土地に降る雨の量と、今、毎日使っている水量を比較したら、絶対近い将来水が枯れるのではないか。枯れたときに、デンバーから東の広大な農業地は作物の実らない、砂漠地に戻ってしまうのではないのか。ロサンジェルスやラスベガスのような都市は廃墟になるのではないか。他所の国ながら心配になります。

 またこの20年くらい、アメリカでは大雨が発生したり、竜巻が起こったりして、各所で被害が広がっています。大雨は都市ごと丸々水に浸かって、身動きできなくなったり、畑の作物が根こそぎ水に浸かって流されたりしています。竜巻は毎年各所で起こっていますが、年ごとに災害が大きくなっています。

 日本もアメリカから、小麦やトウモロコシを輸入していますので、アメリカの災害は他人事ではありません。アメリカが衰退したなら日本も衰退します。

 

 日本の風景とアメリカの風景を比べたときに、アメリカの耕作地はあまりに単純に一品だけを見渡す限りの畑で作っています。そこには日本のように、里山もなければ、鎮守の森もなく、防風林もありません。ため池も見当たりません。

 大雨が降れば雨を遮るものは何もなく、雨はひたすら降り注ぎます。そして、洪水は、どこにも引っかかるものもないため、全てを川に流してしまいます。せっかく大量の水が大地に溢れ出ても、保水力のある里山もなく、ため池もないために、水はただ流れてしまいます。せっかく栄養のある土が、流れ出てしまい。その後は荒れ地になってしまいます。

 日本の農村風景と比べると、アメリカは余りに単純で、大規模な農業機械を使って耕作するには都合がいいのですが、ひとたび災害が起こると全く身を守るすべがありません。一見日本の農村風景は、入り組んでいて、非効率な感じがしますが、実は災害に強く、安全なのだと思います。

 そうなら、日本の風景をアメリカ人に教えて、里山や鎮守の森や防風林を作るように勧めたなら案外いい結果が出るのではないかと思います。年々巨大な災害がやってくるようになったアメリカを見るにつけ、40数年前に見た中西部のアメリカの風景の記憶がよみがえります。

続く