手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

テーブル、双つ引き出し

テーブル、双つ引き出し

 

 昨日、今日、明日と、連日、指物師、木工屋さんや素材屋さんを訪ね歩いて、道具作りをチェックします。

 一つは、テーブル作りです。もう一つは双つ引き出しです。一昨日も少しお話ししましたが、今、舞台で使うための新しいテーブルを製作しています。

 これまでも何作かテーブルをデザインして、実際数種類のテーブルを舞台で使ってきました。今度のテーブルはその総集編と言うべきものになるでしょう。

 私のスーツケースには、4種類のテーブルが用途別に納めてあります。一つは総漆掛けで、金金具を全体に取りつけ、鎌倉彫の家紋を中央に嵌めた贅沢なもの。これはリサイタルの時とか、よほど重要な催しの時のみ使用するテーブルです。今作ったら100万円以上かかるでしょう。

 別に勿体ぶって使わないわけではありません。使うのはいいのですが、組み立てや移動の時に雑に扱われると、傷がつきます。大変な思いをして作った道具ですので、傷がつくと涙が出ます。そこでなかなか使えないのです。立派なつくりだけにかなり重いです。

 

 次に桐板と木材で作ったテーブル、これは中央の桐板に木目込(きめこ)みを配し、大きな家紋と蝶を三羽彫ってあります。デザインもきれいですし、少々の傷も補修できますのでこのテーブルは頻繁に使っています。

 和の世界がしっかり表現されていて、しかも安っぽく見えないようにデザインしたものです。

 

 三台目は、12本リングのためのテーブルです。円形で、三本のポールを立てて、車輪を取り付け、下半分は処理バックにすると言う考えで作りました。

 このテーブルは私が20代の頃使っていたものと同じつくりで、今でこそ私は12本リングをあまりやりませんが、かつてはメイン手順でしたので、このテーブルが活躍しました。下部の処理バックはそのままゾンビボールの消失に使えます。今となっては私のゾンビなどは誰も見た人はいないでしょう。

 このテーブルを10数年前に20台ほど作りました。それが弟子や、生徒さんにお出しして、新たにテーブルを作らなければならなくなりました。リングテーブルは円形で美しいのですが、三本足のために不安定で、しかも、リングの幅に拵えたために他のものが乗りません。せいぜいシルクハットくらいです。もう少し物が乗るようにしたいと考えていました。

 

 四台目は、木目込みのテーブルと同じ機能のものを、三脚で支えて、周囲を金襴の布地でこしらえ、クロスを取り付けたテーブルで、10年前に作りました。

 これは海外公演のときとか、一人で移動するときに、木製のテーブルでは、スーツケースが丸々一つ、テーブルに占領されるため、衣装鞄の隙間に収納出来るように、簡易なテーブルを作ったのです。

 これは三脚に車輪もついています。2㎏程度の重さのため、移動には好都合なのですが、三脚が少々不安定です。これを改良して、使いやすいテーブルにしよう。そして、リングテーブルと通常のテーブルを一緒に使えるようにしようと考え、ようやく今回の製作に至ったわけです。

 

 物を乗せたときに傾いたりせずに、しかも、和傘を6本吊るしても荷重に耐えられるように、四つ足で作りました。そして車輪を付けて移動が楽にできるようにしました。それまで三脚を使っていたものを、四本足にすると言うことは、それだけテーブルが重くなります。そこで四つ足の丸棒を削ってなるべく軽くしました。全体の重さは3kg以下に抑えました。

 

 外の布も出来ました。足も出来ました。天板も出来上がりました。今日はそれを組み立てて出来栄えを見て来ます。木工所は蔵前にあります。全部組み立てて見なければ出来は分かりません。今日は楽しみです。

 

 もう一つは、双つ引き出しです。去年の2月に製作を依頼して、その後、塗師屋さんが入院したり、やむなく塗師屋さんを変えたら手間賃が思いっきり値上げになったりと、散々な状況だったのですが、ようやく塗り上がりました。この後蒔絵師さんに頼んで、絵を入れてもらいます。

 今月末には完成するでしょう。今日、ラストチェックをします。こうした道具の製作者は今、次々に廃業しています。久々道具を作ろうと電話をすると、亡くなっていたり、廃業したりして、ある部分がぽっかり空白になってしまいます。

 通常一つの道具を作るのに、少なくとも4~5人の職人に依頼して、道具を完成させます。真ん中で一人廃業されると、変わりがいなくなります。その都度、「この先どうなるのだろう」。と心が不安になります。

 

 いま日本の伝統工芸は危機に瀕しています。双ツ引き出しを作るにしても、総体を作る指物師は、何とか生きては行けますが、それに漆掛けするとなると、漆の工賃と言うのはかなり高額です。それは塗っては乾かし、塗っては乾かしを繰り返すために、日数がかかるのです。彼らは決して高額な手間賃を要求しているわけではないのです。その手間賃を省くために、カシューなどの塗料を塗ってしまえば工賃は半額以下になります。見た目も漆に見えます。

 そうなると多くの塗り物は漆職人を省いて、化学塗料で仕上げてしまいます。このため多くの漆職人が仕事を失います。ところが、そこまでできたものに蒔絵を施すとなると、カシュー塗では蒔絵が乗りません。そこでやむなくプリント印刷をして、蒔絵のように見せかけます。

 よく見れば本当の蒔絵かプリント印刷かはすぐにわかりますが、安く仕上げたいと言う欲求には抗し切れません。これで蒔絵職人も失業します。

 更に金金具を付けようと細工師に彫ってもらって金具を作りますが、ここも細工師の工賃を省いて、工場で金属の型押ししたものに金メッキをかければ、細工師の作った金具とほぼ同じものが出来ます。これで細工師の仕事も消えてしまいます。

 こうして伝統工芸は消え去って行きます。

私はそうならないように、昔ながらの細工をお願いしています。然しそれはとんでもなく費用のかかる仕事なのです。それでも、私が活動している間は、昔と同じ製法で道具を作って行こうと考えています。

 職人の手仕事は、手に取ってみるとほっこりとしてぬくもりがあります。丁寧な仕事で、簡単に柄が剥げることはありません。長く使うとだんだんいい色になってきます。30年40年と使うと自分自身と一体化したように感じられます。この道具を持っていることの幸せをつくづく感じます。

 

 引き出しを製作依頼して、一年、ようやく今月、双つ引き出しは完成します。そのうちの一台は前田将太の道具になります。前田は国の支援金でこの道具を作りました。コロナも悪いことばかりではありません。国が面倒を見てくれたおかげで弟子までもが恩恵を被りました。不幸中の幸いだと思います。

 前田とすれば、この道具の本当の有難みは、10年20年経ってから気づくと思います。使えば使うほどいいものになり、もう二度と手に入らない名工の作品なのです。

続く