手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ライフスタイルの変化

ライフスタイルの変化

 

 本当なら今頃、大道具を猿ヶ京に持って行って、その分アトリエの稽古スペースを広くして、アトリエの模様替えをしようと考えていました。

 一階にある道具の大物は水芸です。水芸一式を猿ヶ京に運んでしまえば、2mの長さのスチール棚にしまってある道具がそっくりなくなります。その他もろもろ、あまり使わない道具も思い切って運んでしまおうと決断しました。

 実際、コロナ禍に遭って、大道具の公演はほとんどありません。またこの先、仮に来年の春以降、仕事が活発に動き出したとしても、おいそれと水芸が動き出すとは考えられません。

 私の予想では、順調な活動に戻るまで更に一年、つまり2023年春までは、まだ芸能不況が続くとみています。

 それだけ時間があるなら、使用する可能性の少ない水芸の装置を、後生大事にアトリエに置いておいても意味はなく、しばらくは倉庫にしまっておいてもいいんではないかと考えて、アトリエの模様替えを考えました。

 さて、そう決断した矢先に、水芸の企画が来てしまいました。無論水芸があることは幸いです。となると、水芸はアトリエに残り、模様替えはまた今度ということになります。

 

 然し、いずれは私のライフスタイル自体を変えて行かなければなりません。5人も6人も人を使ってするイリュージョンショウはこの先出来にくくなっています。せいぜいアシスタントや弟子を一人二人使うくらいのショウのサイズに収めて行かなければならないと思います。

 

 私が所有している大道具で、水芸以外のものは、一里四方取り寄せ、壺中桃源郷、怪談手品、峰の桜、呑馬術。洋物は、ギロチン、ガラス箱の交換術、トランク抜け、3m浮揚。等々、ほとんど生かされないまま猿ヶ京に眠っています。

 勿体ない話です。どこか演じる場所があればいいのですが、どうにもなりません。弟子の中でも、大道具を継ぎたいと言う者がおりません。

 衣装から道具から人の手配から、全て用立ててやればやるものはいます。然しそれではいつまでたっても自立できません。先ず維持管理が問題ですし、いつでも手伝ってくれるアシスタントを雇わなければ仕事になりません。当然経費が掛かります。

 若い連中は人の面倒まで見てマジックを維持して行こうとは考えません。手妻は継承しても、手妻一座を持とうとは考えません。結局この先大きな手妻は公演出来なくなるでしょう。

 

 大分前に亡くなりましたが、マジックの道具を作ってくれた鉄工所の親父さんで渡部貞次さんと言う人がいました。この人は一時40人もの従業員を使って鉄工所を経営していたそうです。その渡部さんの話で、

「俺はねぇ、60歳で引退して、その時、建物から倉庫から一旦金額に換算して、売れるものは売って、それで借金を返してねぇ、全て清算して息子に会社を譲ったんだ。

 その時まで、俺が長年会社をやっていて、会社が儲かっていたのか、赤字だったのか、全然分からなかったんだよ。会社は仕事をしていたから毎月毎月収入はあったけど、取引先がくれるのは手形だからね。手形を金にするためにいつも銀行から借金していたんだ。

 手形が必ず落ちるならいいんだけども、中には手形が落ちないこともあって、商品の売り上げが入ってこないこともある。そうなると従業員の給料は払えない、材料費は支払わなければいけない。大きな赤字を背負うよね。

 それでも銀行から金を借りてやりくりしていると、長い間、収入と借金が追いかけっこをしていて、今、自分が儲かっているのか赤字なのかもわからなくなっちゃうんだよ。

 それが引退の時に全て清算をしたらわかったよ。会社のビルと、資材置き場と、自宅だけが残ったんだ。銀行の借金は資材置き場を処分して支払ったよ。結局残ったのは会社のビルと自宅だけ。

 でもね、誰にも迷惑をかけずに、小さくても財産を残せたのは幸いだった。それを息子たちに譲れたからね。仲間の中には借金して夜逃げするやつもたくさんいたからなぁ」。

 そんな話を30年前に、渡部さんから、お茶を飲みながら聞いていましたが、今になってそれが現実に自分の話になるとは思ってもいませんでした。私の場合は製造業ではありませんので、在庫と言っても自分の使っている大道具小道具だけです。

 特別借金もありません。事務所と自宅のビルは残りました。小道具や衣装は、私に何かあれば、それを欲しがる弟子や一門は大勢います。

 然し、水芸などの大道具はなかなか継ぎたいと言うものが出て来ません。まぁ、私が現役で続けていくうちには現れるかも知れません。それまでの間、どう大道具を維持して行ったらいいのか。

 いやそれよりも何よりも、手妻全体を把握して継承して行く人が現れるかどうか。先々が心配です。

 私自身は、今は、蝶を柱にした30分から60分のショウが主流になっていますので。これをこのまま演じて行けば生きて行く分には何とかなるでしょう。その間にもう一人二人有能な人材を育てて行かなければいけません。

 アトリエの絵図面を眺めて、部屋の模様替えを考えつつ、この先このアトリエを生かしつつ、どうやって人を育てて行ったらいいものか。模索しています。

続く

 

 18日土曜日、人形町玉ひでで手妻の公演があります。藤山新太郎の数々の手妻と若手マジシャンは、せとなさん、早稲田康平さん、前田将太。宜しかったら東京イリュージョンまでお申し込みください。03-5378-2882。

 

 1月8日9日の座高円寺でもマジックセッション。お申し込みはお早めに。緒川集人、藤山大樹、魔法使いアキット、藤山新太郎、菰原裕、ダンク、綾鷹、前田将太。

 9日13時からはコンテスト、入場料1000円。参加者募集中。