手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

コロナワクチン

コロナワクチン

 

 一昨日(6月30日)コロナワクチンの注射を打ってきました。場所は、私の家からさほど遠くないセシオン杉並でした。予約時間は1時40分でしたが、混雑するのではないかと思い、30分前に伺いましたが、人が少なかったので、拍子抜けしました。何も問題なく時間通り1時40分に注射が出来ました。

 注射は痛いとか、腫れるとかいう人がいましたが、全く痛みはなく、腫れもありませんでした。私が少し休憩していると女房が入れ替わりにやってきました。後で聞くと、女房は痛みがかなり強く、手が挙げられなくなったそうです。かなり個人差があるようです。

 このあと7月2日に二回目の注射の予約を取って、三週間後に再度注射をします。これで私のワクチン接種は完了します。

 一年半前からの大騒ぎを思うと何とも呆気ないものですが、それでもコロナの感染が収まるなら幸いです。

 

 マスコミでは連日、コロナのさらなる蔓延を煽る番組を作っています。実際この先コロナはどうなるのか、と考えるなら、確かに今以上に一定の感染者は増えるとは思いますが、それでもこれまで経験した範疇の増加にとどまるでしょう。

 その理由は、ワクチンが連日投入されて、免疫を持った人がどんどん増えているからです。現在、まだワクチン接種者は少ないので、ある程度は感染者は増えるでしょうが、接種者が国民の過半数を超えたあたりから、例えば、オリンピックが終わるころから感染者の数は下火になるのではないかと思います。

 マスコミは、「このまま放置しておいては危険だ」。と意味不明なことを言います。誰もコロナを放置してはいません。どこでも安全対策をしていますし、日本の国民も、飲食店も、マスク、消毒に気を使っています。そして何よりワクチンがどんどん普及しています。この状況下で、そう多くの広がりはないはずです。

 実際これまでの日本のコロナの感染状況を見たなら、世界のレベルに比べて、はるかにおとなしいものです 。無用に不安を煽るマスコミは百害あって一利ありません。

コロナは確実に収束するはずです。

 それよりも何よりも、責任の所在のない自主規制によって、被害を被っている国民のストレスが溜まり過ぎています。自主規制だからと言って何ら保証をしない政府や都。いつまでたってもキャンパスを開放しない大学。何かというと目の敵にされる飲食店。観光、旅行を諸悪の様に取り上げるマスコミ、これでは倒産、閉店する店が続出しますし、日常生活も息が詰まってきます。

 広告、イベントの大手、電通が自社ビルを売却したと聞きましたが、大変な決断だと思います。然し、本当に大変なのは、売るようなビルも持たずに、仕事が発生しない中小のイベント会社や旅行代理店です。

 彼らは連日事務所を開けていても、マスコミの煽りや風評被害によって庶民や企業はパーティーを開かず、旅行にも出かけず、結果、仕事が発生せず。頼みの綱の緊急事態宣言の解除を今日か明日かと待っています。ところが緊急事態宣言が解除されれば、すぐに蔓延防止条例が出て、ささやかな希望もあえなく潰(つい)えて行きます。そしてまたぞろここへ来て、再々の緊急事態宣言が出ると言うのでは、万事休すです。

 小さな会社の社長は、自分の小遣いを切り詰め、老後のためにためたわずかな預金を取り崩してここまで生きて来たものの、今度緊急事態宣言が出たならいよいよ命脈尽きようとしています。イベント会社が倒産してしまったら、我々芸能に生きるものはどこから仕事が入って来るのでしょうか。

 どこかでこの悪循環を断ち切らなければいけません。よくよく考えて見たなら、コロナの問題でだれも責任を持って動いてはいません。生活保障もほとんど行われてはいません。政府も都も、「自主規制は、あくまで自主でしていることだ」、と言うのです。

 そうなら、自主規制も蔓延防止も、始めからまともに聞いて守る話ではないのではないですか。衛生管理をして、ワクチンを打ったなら、あとは個人の生活は個人が決めることではありませんか。国や都やマスコミの言うことをまともに聞いていては幸せな人生は送れないことを、そろそろ気付くべきでしょう。

 

 ところで、塩野義製薬がコロナワクチンの開発をしたそうです。朗報です。日本のような世界に誇れる医薬業界がなぜこれまでワクチンが出なかったか不思議なくらいです。これでアメリカやイギリスからワクチンを買わなくてもよくなります。在庫が足らなくなることもないでしょう。めでたし、めでたしです。

 ただ、それほど優れた才能を持つ日本の医薬業界なら、注射を打つワクチンでなく、呑むワクチンは作れないでしょうか。例えば、ニッカウヰスキーと塩野義が共同開発して、呑んでコロナに聞くコロナハイボールなどを作っていただけたなら、爆発的にヒットすると思うのですがいかがでしょう。

 いや、むしろ、ワクチンを瓶に詰め、どんなアルコールにも数滴混ぜれば、コロナに効く、カボス味のワクチンなど作っていただいたらみんなが喜びます。お店でも、「焼酎の野義割り」などと書かれていて、塩野義のワクチンが香り付けに入っている焼酎などが出ると洒落ていて人気が出ると思います。

 呑み屋の主人も、「藤山さん。いつもご贔屓いただいていますので、野義を余分に入れておきました」。などと気を使ってもらえば私もうれしく思います。酒呑みの親父などは、家族に「酒を呑みに行って来る」。と言えばだらけた親父だと軽蔑されますが、「ちょっとワクチンを入れてくる」。と言えば体に気遣っているように聞こえます。これなら店にも客にも家族にも丸く収まる話です。

 ぜひとも日本の医薬業界で呑むワクチンを開発していただきたいと思います。

続く