手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

大波小波がやって来る 10

 バブルがはじけた後は、私の人生の中で大きな転換点になりました。イベント会社の多くが倒産をし、残った会社から来る仕事は小さなパーティーやイベントばかりでした。それでも、水芸の仕事だけはなくならなかったので、水芸を特化すれば生きていけるとわかりました。アシスタントの数も減らし、生活も切り詰めることにしました。

 これまでは、バブルの最盛期の私の仕事の仕方は、銀行から資金を借りて、新しいイリュージョンを制作し、パンフレットを作り、リサイタルを催して、仕事関係者を招待し、リサイタルがショウケースとなって商談をし、大きなイベントを取る。そうした活動を繰り返し続けていたのですが、もう借金はこれ以上はできず、新規のことには投資ができませんでした。

 当面私がしなければならないことは、水芸は年間20本程度の依頼が安定して来るので、この収入を幹に活動して行くことです。水芸の単価は一本60万円程度です。地方都市なら70万円です。金額が大きいことは頂く立場としては有り難いのですが、実際にかかってくる仕事で、60万円出す余裕のない仕事は断らなければならなくなります。

 私の目の前で、女房が、20万円で手妻の依頼をしてきた電話の相手に、「それじゃぁできませんね」。と言ってあっさり断っている姿を見ると、「この不景気に、なんてうちの会社はぜいたくなんだろう」。と思います。但し、断るのはやむを得ないのです。実際水芸を演じると言うことは、とても経費の掛かる仕事です。

 まず仕事をするために5人のアシスタントが必要です。その5人が、事前に一日、場所を借りて水芸の稽古をしなければなりません。そして本番をして、翌日は、みんなで衣装と道具を陰干ししなければなりません。水芸一本を得るために三日働かなければならないわけです。随分手間と費用が掛かるわけです。

 もし、一日だけで済む仕事で、アシスタントか弟子一人連れて行って、一本30万円と言う演技があったなら、水芸の装置の損料や、衣装代の損料、稽古代、人件費を差し引いて考えると、私の収入は、水芸とほとんど変わらないのです。

 そうだとするなら、和風イリュージョンや、水芸の仕事が無理なときのために、スライハンドの手妻の手順を40分程度拵え上げたなら、今電話で断っている仕事を手に入れることができます。仮に、手妻の手順を決めた後で、水芸の依頼が来て仕事がかぶったとしても、スライハンド手順で、ある程度の金額が取れるなら、最終的な収入が別段下がるわけではありません。むしろ、今まで断っていた仕事の分が増えるわけですから、結果として、収入は大きくなります。

 と、理屈ではその通りなのですが、実際スライハンドを交えた40分手順でコンスタントに30万円の単価が得られるかとなると、とても難しいのです。キャバレー時代以降、スライハンドは大きく仕事を減しています。実際仕事がないために、みんな廃業するか、コンベンションを頼って生きています。コンベンションで生きると言っても、実際の出演チャンスはほとんどなく、みんなディーラー活動をしています。

 そんな中で、一本30万円をいかに手に入れるか。これは難問です。私も随分悩みました。この時の私の悩みは、今、スライハンドで生きている方々も参考になることと思いますので、詳しくお話ししましょう。

 

 先ずなぜ、スライハンドが高く売れないか、その売れない理由を考えてみました。

 1つは、スライハンドは持ち時間が8分9分しか持たないことです。私は昔からスライハンドマジシャンに疑問を感じていたのですが、自分の手順8分を終えた後、残りの演技が急に内容がお粗末になるのです。紐切りの種明かしをしたり、紙を破いて丸めてつながる定番の種明かししたり、明らかに前半の演技と比較して、後半の内容がつまらないのです。紐切りや紙玉の演技がつまらないと言っているのではなく、明らかに惰性で、当人の工夫が足らないのです。少しもおシャレではないのです。

 自分が人生をかけた演技の、半分が惰性であったなら、その人が売れるわけはないのです。スライハンド以外の演技がイリュージョンであれ、喋りであれ、どれも個性的で、とびっきり面白いものでなければいけません。それを作らずして、仕事がない、売れないと嘆いても、仕事がないのは当然なのです。

 

 2つ目は、衣装も、小道具もパターン化されてしまって、目新しさがないのです。若いマジシャンなのに、黒い燕尾服、シルクハット、ステッキを持って出て来て、シルクハットをテーブルに置き、ステッキをシルクに変え、そこから鳩が一羽出て、そのあとカードのファン、四つ玉、仮にうまい人だとしても、これは見飽きた世界なのです。

 私が、20代の頃、テレビ局のオーディションに行ったとき、燕尾服も、和服も、全く一顧だにされませんでした。そして、別室に呼ばれ、「今やっていることを続けていても、テレビは絶対買わないよ」。と言われました。マジシャンとして認められたければ、黒い服、玉にカードにステッキは一度手から離して考えなければだめなのです。

 

 3つ目は、使う道具のクオリティです。これは私のように一手順で30万円取ると狙いを定めた者は真剣に考えなければならないことです、マジックの道具はどれもクオリティが低いのです。30万円出すユーザーと言うのは、有名なお店であったり、お医者様であったり、会社でもかなり大手の会社です。そうしたオーナーは、物の良し悪しは知っています。使う小道具の一つ一つを金額で当てることのできる人たちなのです。

 それが、プラスチック製のワゴンに風呂敷を巻いたテーブルを使ったり、ベニヤ板を切って、譜面台の三脚を取り付けたテーブルを使ったりしたら、それだけで出演の依頼は来ないのです。小道具一つ一つも同じです。箱一つでも、合板を接着剤でくっつけた箱では、とても魔法の箱には見えないのです。そんな道具で稼げる仕事は、一本3万円、5万円の仕事です。

 少なくとも、アマチュアが使う道具とは歴然と違ったものを持たなければいけません。楽屋で、マジックメーカーの段ボール箱から道具を出してはいけないのです。その道で一流になろうとするなら、やっていることも道具も日本で最高のものでなければいけないのです。つまり、ここから先は自分自身が本当の本物にならなければ前には進めないのです。高いギャラを取ると言うことは本物になることなのです。

その4はまた明日。

 

続く