手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

仲間を作る

 7日と8日はそれぞれ、大阪と富士の指導に行っていました。東京を離れていても新幹線の中や、深夜の寝付かれれないときにブログを書くようにしていますが、どうもこの数日は、肩と腰痛が一緒に出て来て、起きても寝ても痛みが消えません。病院にも行ったのですが、どうも思わしくないのです。指導を終え、ホテルに着いても、ブログを書く気になれません。手を動かすと肩が痛くなり、座っていると腰が痛くなります。仕方なく、横になって、休んでいました。お陰で2日間ブログも書けずにいましたが、東京に戻ったらだいぶ良くなったので、また書き始めます。留守中、私のブログを求めて、300人近くの人が様子を見に来ていました。すみません。期待に沿えなくて、今からきっと身になる話を書きます。

 

 ここまで、「人の輪を作る」に始まって、「何を語る」「何を語る2」「人は何を求めて芸能を見る」と、書いてきました。多くは、クライアントや、仕事先の人と何を話すか、という内容です。そこの話を少しまとめましょう。

 芸能の道で生きて行くには、マジックがうまいだけではだめだ。と申し上げました。仕事先の人に会うのでも、いろいろな話をして、自分の魅力を認めてもらい、相手先を仲間にしなければ仕事は来ない。と言う話をしました。事務所や、クライアントの人を仲間にするためには、相手が聞きたくなるような、とっておきの話をする。その話が相手の役に立つような話をする。そこが大切だと話しました。

 私は、若い時から、どうしたら人が私の仲間になってくれるのかをひたすら考えてきました。プロダクションや、テレビ局などのオーディションに出かけて、ただ、「仕事をください」。を連発しても、それで仕事に結びつくものではありません。欲しい芸人なら頼まなくても、相手の方から電話が来ます。いらない芸人は百辺出かけて行っても使ってはくれません。

 20代の頃、私がプロダクションに出かけて行くと、よく事務所の応接間で、用事もないのにコーヒーを飲みながら何か仕事をもらおうと、粘っている中堅芸人を見ました。彼らは頻繁に事務所に顔出しして、社長に可愛がられて、おこぼれの仕事を貰おうとしています。しかし、そんなことで手に入る仕事は安い仕事ばかりです。しかも、あまり粘っていると、事務所から嫌がられるようになります。そんな芸人を見て私は、プロダクションに出かけて行って、「仕事をください」。と言うのは絶対マイナスだと思いました。

 私は、仕事をもらおうとするから、相手は軽く見るのだと思いました。むしろ相手に何かを与える立場に立てば、相手はきっと自分に注目してくれると考えました。そこで、私は年に二回、自主公演をすることにしました。23歳の時です。初めは行きつけのスナックを借りて、30人程度のお客様を集めて、活動を始めました。

 そのチケットを関係のプロダクションに持って行き、招待状として渡します。「今度リサイタルをします。これはご招待状です。どうぞ来てください。新しいマジックをしています」。と言えば、仮にリサイタルには来なくても、「あぁ、こいつは勉強しているんだなぁ」、と、私の活動に理解を持ってくれます。これを何年も続けて行くと、事務所も他の芸人とは違うと認めてくれて、一目置いてくれるようになります。そうなると、自然と仕事があれば回してくれるようになります。

 つまり、何かをしてくれと頼むのではなく、会えば常に情報を提供し、招待状を渡し、相手に何かを与える立場に立てば、常に対等な交渉ができますし、見下されることもありません。自分が努力をしている姿を相手に伝えていれば、自然に相手は高く評価をするようになります。私はこうして自主公演を続け、今も年に数回公演を続けています。常に私のショウを、興味ある人を探しては招待していると、見て下さった仕事先の人の何割かは実際の仕事に使ってくださっています。

 相手に与えるものは、招待状だけではありません。著作も効果的です。私はこれまで何十冊か本を出しています。本の、定価はどれも1500円とか2000円程度です。金額としては決して大きなものではありませんが、実際本を買うとなると、ほとんどの人はなかなか自分の財布から本代を出しません。酒を飲むよりはよほど役に立つとは思うのですが、とかく酒代よりは、本代の財布はきついものです。

 しかし、自己の宣伝として使うにはまことに便利です。本は、相手に渡すと、それなりの重量があります。そして文化的な匂いがします。更には長く保存してもらえて自分を覚えてもらえます。関係者に百冊配っても宣伝経費としてみたら安いものです。

 特に本の中身は、相手が聞いてみたいと思うような、知らない世界のことがたくさん書かれています。多くのサラリーマンからすると、私の書いている内容は、全く想像のつかない世界です。多くの人は私の想像する世界に自然に引き込まれてゆきます。それを提供すると言うことがとても有意義なのです。

 しかも、本は、言葉ではなかなか言いにくいような自分の心の内を素直に語ることができます。物事をこう考えた、こういう行動をしてみた、と言うことが正直につづられていると、人は知らず知らずに共鳴してくれて、自分の仲間になってくれるのです。

 私は、新しい本を書くと、外に出るたび、常に2冊くらい持って歩いて、会う人ごとに差し上げています。今の自分の活動を伝えるにはまことに好都合なのです。渡した本から新しい仕事が発生することもずいぶんとあります。

 およそ本を書くと言う作業は、時給換算すると誠に割の合わないものです。資料集めから計算すると、時給50円くらいにしかならないかもしれません。そうなると既にそれは仕事ではありません。しかし、しかしです、そこから発生する舞台の依頼と言うものが馬鹿にならないのです。更に、本を買ってくれた読者の多くは、熱烈な支持者になってくれます。芸能と言うものはどんなに優れたものでも、見たそばから消えて行きます。しかし本は違います。

 読者の中には、「この間、あなたの本を読み返してみました。これまでで5回も読み返しています」。などと言う手紙をくださる人もあります。有難いです。こうした人とのお付き合いができるのは私にとっては幸せです。