手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

岐阜での懐石料理

岐阜での懐石料理

 

 先日岐阜の辻井さんから、「今時分いい鮎が採れますよ。久々岐阜に来ませんか」。と言われました。鮎と聞いて、今年はいまだ鮎を食べていないことに気付き、それならばと、一昨日、20日に岐阜に伺いました。

 19時少し前に辻井さん、峯村健二さん私のいつもの三人は岐阜駅で待ち合わせをし、柳ケ瀬近くの高田八祥に伺いました。この店は私のブログにも度々出て来ます。岐阜では先ず一番の店です。ここから修業をして店を出している料理人が何人もいるそうです。

 辻井さんは会社経営を人に任せ、事実上の引退をしています。お陰で、海外旅行は生き放題で、今年はイタリアで開催されたFISM予選に行き、またこれからアメリカのダラスで開催されるFISMアメリカ予選にも行き、更にはその流れでラスベガス、ロスアンジェルスのマジックキャッスルにまで行かれるそうです。

 羨ましいです。これからは仕事をせずにマジック三昧の人生です。方や、私らには定年がありません。結局、体の動く限り舞台に立たねばなりません。まぁ。それでも毎日面白おかしく暮らしてきたのですから、文句も言えません。

 

 さて、高田八祥は二年振りくらいでしょうか。繁華の中にあって日本建築の穏やかな佇まいで、入り口までの石畳が奇麗に打ち水をしてあります。部屋に入って、辻井さんと峯村さんはビールを、私は三知盛りを注文しました。

 岐阜の暑さは東京以上かもしれません。道を歩いていても、もおっとして、サウナの中にいるようです。こうした中で飲むビールは生き返るようです。私は、三知盛りですが、氷の中に二合徳利が入っていて、よく冷えています。癖のない酒で、辻井さんにお誘い頂くときはもっぱらこれを頂いています。この酒はいくらでも入ります。

 さて、初めの皿は何が出たのか忘れました。

 二皿目は、ガラスの大きめな皿に煮凝りが乗っていて、周囲に甘酢で味付けしたゼリーが細かく散らばっていました。珍しい味です。しかもガラスとゼリーの透明感が素晴らしく、猛暑の中を歩いて北見としては食欲をそそります。

 三皿目は蟹と海老が生で乗っていて、下に茄子が揚げ出しが小さく切って並んでいます。この揚げ出しの茄子が、出汁を吸って、とてもいい味でした。茄子は脂と出汁を吸うと俄然旨味が増します。

 四皿目はお造り。マグロの中トロと、いか、ヒラメ、身が厚く切ってあって、どれも上等の切り身です。

 五皿目は椀物で、すっぽんの肉の入った真丈とすっぽんの出汁汁です。すっぽんを食べること自体が十年ぶりくらいです、味も忘れました。あっさりとしています。そのすっぽんの身が入った真丈は珍しく、精力がつくと言いますが、高カロリーを日常味わっている現代では、ことさら精力とは結び付きません。むしろ鶏肉に近く、あっさりとしています。但し、その出汁が濃厚で、お澄ましがものすごいいい味です。

 そして六皿目がお目当ての鮎の塩焼きです。長良川も年々水質が悪くなり、いい鮎は支流の川から採って来たものでないと上等ではないそうです。この晩は、藁川で取れた鮎だそうで、支流としては一番の清流だそうです。

 その鮎が、皿の上で、身をくねらせて、焼かれています。サイズは小振りで、一見すると何のことはない鮎の塩焼きです。ところが、箸で鮎をつまんで、頭からかぶりついた瞬間。オーバーな言い方ですが、一瞬で目の前の世界が変わりました。

 頭がパリッと崩れて、口の中に入り、身と合わさり、アユの味わいがいきなり広がりました。ただの塩焼きと思ったものが、明らかに今まで食べた焼き魚とは違います。外の皮のカリカリと、身のふっくらした味わい、塩気、淡い脂身。全てが合わさって味を作っています。食べ進んで行くとはらわたの苦み、そこからほのかなコケの香りまで堪能できます。「こんなに鮎が巧いものだったとは」。恥ずかしながら軽く考えていました。こうした味覚を味わえるのは日本人に生まれなければ生涯体験できないでしょう。

 鮎を只塩を振って焼いただけ、ただそれだけの料理でここまで驚きを与えると言うのは、まさに料理の天才のなせる業です。これほどうまい塩焼きの鮎を生まれて初めて食べました。峯村さんも大感動です。峯村さんもビールから酒に切り替え、「これはすごい」と喜んで、酒をぐいぐい呑んで行きます。この人も伝々さん同様。マジックをしなければただの酔っぱらいです。

 それでも、この鮎は是非、日本酒で味わう料理です。鮎の淡い脂が染みた塩を酒と合わせることで、旨味が倍に引き立ちます。これは辻井さんが我々をわざわざ招く理由が分かりました。確かに岐阜の鮎は別格です。又料理人の腕も一流です。驚きました。

 

 七皿目は椀物。これは、余りに鮎に感動して、何を食べたか忘れました。

八皿目はリゾットです。と言ってもわずかな量です。和食でリゾットはおかしな取り合わせですが、飯の上に鱧が乗っていて、その上にたらこの塩焼きが薄く乗っています。このたらこの塩加減に恐れ入りました。リゾットと言うからには、オリーブオイルで炒めてありますが、たらこの塩加減によって和食になっています。和食は塩が決め手だと言うのが良くわかります。

 九皿目は鉢に五品の料理が並んでいました。ほおずきの実の中にたこの煮物が入っていました。どれも手が込んでいます。

 十皿目、仕上げが海苔茶漬けでした。ここの店は仕上げに必ず茶漬けが出ますが、これが絶品です。たっぷりの海苔が茶漬けに入っていて、淡い塩気と共に磯の風味が味わえます。何のことはない料理ですが、「あぁ、食事と言うのはこういうもので充分旨いのだなぁ」。と改めて感じます。色々食べて辿り着いたら、普通のものが一番うまい。と言うのがこの晩の落ち(落ちは失礼)です。

 と、言うわけで、久々質の高い食事をさせていただきました。その後は、グレイスへ行くのがコースですが、ママさんがやめてしまったために、以前辻井さんが馴染みだった体の大きなママの店に行き、軽くハイボールを一杯。途中で峯村さんが明日、東京での峯ゼミを気遣って帰宅。残った二人でしみじみハイボールを呑んで、10時にはお開き。実にあっさりとした呑み会でした。

 この晩はとてもいい食事をさせていただきました。又後日、ダラスに行った感想を聞かせて下さい。辻井さんに感謝して、名古屋に戻りました。

続く