手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

創造のたか田八祥

創造のたか田八祥

 

 先月、田代茂さんからのお誘いを受けて、渋谷、セルリアンタワーにある料亭数寄屋に出かけ、その時の食事をブログに書かせていただきました。すると、岐阜の辻井さんから、「私も負けてはいられません。セルリアンタワーを超えるお食事をご招待します」。と言われ、一昨日(19日)、岐阜柳ケ瀬にあるたか田八祥(たかだはっしょう)に行ってきました。

 たか田八祥は、コロナの前に一度お伺いしています。柳ケ瀬にあって、静かなところで、地味な佇まいですが、味も内容も充実したいい店です。岐阜の懐石料理店では大変に有名な店で、ここのお弟子さんが何人も八祥の名前を継いで活躍されています。

 

 6時40分に岐阜駅で、辻井さん、峯村さんと待ち合わせをして、タクシーに乗って柳ケ瀬へ。峯村さんはこのお店は初めてで、期待をしていたようです。

 何と懐石は10品も出て来ました。一つ一つの量はわずかですが、数によって食べ終わった後に満足感が生まれ、有難みを感じさせてくれました。順に記憶を辿ってお伝えします。

 

 先付けは、すずきの上にウニを乗せ、その上に銀杏の豆を半分に切ったものが幾つか並んでいました。銀杏は噛むと弾力があり、独特の苦みがあります。これとウニを併せると言うのが初めてです。ウニのほのかな甘み、銀杏の歯ごたえと苦み、珍しい触感です。すずきはほのかに脂身を感じ、いい味わいでした。 

 二品目は、海老の衣揚げと、ミニコーンの素揚げ。これがこの晩では一番個性的で評判のいい料理でした。海老を海老の粉末をまぶしてあげたもので、海老の香りが強く香って来ます。ミニコーンと合わせての触感が素晴らしく、もう少し食べたいくらいでした。

 三品目は刺身。イカ、鯛、泡立てた醤油で食べるのが趣向です。

 四品目は、椀物で、大きな椀に鱧と冬瓜の吸い物、かなり大な鱧でした。鱧は夏の料理です。鱧そのものはさっぱりとした魚ですが、それでも吸い物に浮いているかすかな脂が、鱧の存在感を伝えています。

 京都大阪ではよく鱧を食べますが、この魚のうまさはある程度年齢が行かないと本当の味は分からないかも知れません。梅肉をつけて口に頬張るのですが、淡い脂が舌の上に染み出てきたところを、三千盛(酒)と共に流し込むと、呑んだ後で、鱧の香りがふっと喉から上がって来ます。およそ味も香りも自己主張の少ない魚であるのに、酒が助けてくれて、喉元から香りを感じさせます。大人が味わう魚なのです。

 五品目は、カクテルグラスに入ったそうめん。これはアバンギャルドな懐石です。そうめんだけでなく、トマトや、アワビ、おくらも入っていました。夏にはぴったりのすがすがしい一品でした。

 六品目は焼鮎。この時期最高の料理です。二匹出て来ました。和良川と、吉田川で取れたもの二匹の食べ比べだそうです。その味の違いは分かりませんが、手前にあった鮎の方が、脂が乗っているのは分かりました。二匹目の方が香りが立っていて、ほろ苦いはらわたが酒によく合います。岐阜で食べる鮎は今が最高です。

 七品目は八寸。ほやの酒盗、からすみ大根、クラゲの酢の物、ジャガイモを糸のように細く切った、はりはり。どれも小鉢でわずかに盛ってるのですが、こうしたもので酒が飲めるのが酒呑みにとって一番の幸せなのです。

 八品目はうなぎの白焼きと、鰻のそぼろをかけた茄子焼。聞くとボリュームたっぷりの料理に思えますが、量はわずかですので、もたれるようなことはありません。

 九品目は海苔茶漬け。ここの茶漬けは名物で、飯が見えないくらいにたっぷりな海苔が出汁に浮いていて、ふたを開けた途端に濃厚な海苔の香りが漂います。ひたすら海苔のうまさを堪能する料理です。

 十品目はフルーツ。桃プリン、シャインマスカット、スイカ、なし、メロン、高級フルーツばかりが並んでいました。

 老舗でありながらよそにない料理が続々と出て来ます、その創作力がものすごく、矢張り本家は健在だと思いました。

 

 この後お定まりのグレイスへ、ハイボールを呑んで、体格のいい女の娘と話をして、ママさんは縞柄の絽の着物でした。縞が良く似合うのはおしゃれの証です。滅多に縞を着ないのがもったいないです。チーママは草花の着物で、これも夏だけのものです。いい着物でした。ロシア人のカレンはお休みでした。

 そうして11時近くになって店を出て、私と峯村さんは岐阜駅から名古屋に戻りました。峯村さんは久々の贅沢な座敷に満足したようで、その余韻に浸ってらっしゃいました。

 

 さて、セルリアンタワーの数寄屋と、柳ケ瀬のたか田八祥、どちらに軍配を上げるかとなると、これは難しい判断です。能舞台の付いた広い座敷は、豪華さにおいて数寄屋が数段上でしょう。素材の良さも、数寄屋は最高のものを使っています。しかし、季節を生かした料理に大胆に創作を加えたところを言うと、たか田八祥に軍配を上げたくなります。海老の揚げ物もよかったですし、特に、鱧の吸い物が良かったのと、何と言っても鮎が素晴らしかったのは、矢張り岐阜でなければ味わえない醍醐味でしょう。

 と言うわけで、今回の評価は、やや、たか田八祥が上、と判断しました。どうぞ、このブログをご覧になって、私と峯村さんに何かを食べさせたいとお考えのお客様がいらっしゃったなら、是非ご一報ください。喜んでお伺いいたします。

 いい食事は高価ではありますが、10年経っても20年経っても、その味が忘れられません。記憶の中に一生残るのです。そうした点では、決して刹那的な、高い遊びではありません。一生の思い出です。

 辻井さんと田代さんには心から感謝します。できることなら、この先20年も30年も長生きしてください。

続く