手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

台風一過

台風一過

 

 毎度のことですが、台風が来るとテレビもネットも、大騒ぎをして、実際に、いろいろと事故が起きますが、台風が過ぎてしまえば、何事もなかったかの如く、嘘のように話題すらも消えてしまいます。

 9月24日、明け方は、東京は、雷を伴う激しい雨が降ったりやんだりしていました。私はこの日から三日間の関西指導のために稽古をして、その後、道具をスーツケースに詰めていました。女房が「新幹線が止まっているわよ」。と言います。「大丈夫、もう台風は去っているから、順次再開するよ」。とは言ったものの、いつもは9時30分に自宅を出るのですが、この日は1時間早くに家を出ました。

 東京駅は大混雑です。切符は既に買ってありますので、そのまま改札を通り、ホームに上がって、そこに止まっている新幹線に乗り込みました。私が予約した新幹線よりも2時間早くに出るはずの列車です。それが遅れに遅れてまだ停車しています。幸いにも私が乗ると新幹線はすぐに発車しました。

 この日は富士の指導です。然し、新幹線は、富士の一つ手前の三島までしか行きません。とにかく三島で新幹線は止まりました。私はここから先はバスで乗り継いで富士まで行こうと考えていましたが、富士の加藤弘さんが迎えに来てくれると言うことになり、三島駅の喫茶店で待つことになりました。

 そこへ別の都市から、私の指導を受けるためにやって来たA さんと合流し、しばし喫茶店で談笑をしていました。待つこと1時間、加藤さんが見え、二人は車で富士に行きました。私は長い舞台人生で、出演に間に合わなかったことは数度しかなく、それもわずかな遅刻で無事済みました。比較的天変地異の問題には被害を被らずに生きて来れました。

 今回も、富士は無事に済んで、夕方17時に新幹線に乗り、一路名古屋へ、さらに名古屋から在来線に乗り換え、岐阜へ、そうです、四か月ぶりにこの晩は、岐阜の辻井さんと峯村さんとの飲み会がある日なのです。

 

 この晩は若宮八祥に行きました。岐阜に高田八祥と言う有名な料理屋がありますが、そこで修行をしてのれん分けをした柳ケ瀬の繁華街に近い店です。何度かいままでも来ています。この晩は二階の座敷を用意してくれました。幾つかある座敷は満席です。 

 先ず生ビールで乾杯。珍味の小鉢にいくらが出て来ました。粒が小さいのでなんのいくらかわかりませんが、酒飲みには気が利いています。すぐに日本酒の、三千盛(みちざかり)に切り替えました。この酒は辛口で、飲みやすく、癖になります。 

 初めに刺身の盛り合わせが出て来ました。大トロが無造作に積んであります。一口頬張ると、濃厚な脂身と赤身の渋みが合わさって素晴らしい味わいです。私は大トロは脂が強いため日頃は食べないのですが、この脂ならすんなり入ります。いかの刺身も弾力があります。噛むとほのかに甘みを感じます。

 のどぐろの塩焼きが出て来ました。大ぶりな身です。外見はからりと焼き上がっています。塩気は適度で、身がほくほくしています。みんなで箸を突っついて味わいました。峯村さんは塩焼きの肴が大好物なようで、箸が止まりません。確かに脂ののったのどぐろは魚好きには憧れの食材ではあります。

 次にからすみを焙ったつまみを頼んだのですが、これが材料を切らしてしまってないそうです。変わって明太子の炙りが出て来ました。八祥のからすみは絶品だっただけに食べられないのは残念でしたが、代わりの明太子の味が素晴らしく、焼き明太子で酒が進みました。外がカリッと焼かれていて、中がレアです。酒飲心を承知した料理です。

 ここでからすみがないことを、店のおかみさんが謝りに来ました。辻井さん曰く、この店でおかみさんが出て来ることは先ずないそうです。「おそらく藤山さんが料理の大家か何かに思われているのでしょう」。ほら又始まりました。私はレストランなどに行くと、よく、支配人や、料理人に出て来られて挨拶をされます。私はただの客にすぎないのに、どうも外見から、その道の大物に見られます。これは迷惑です。私には何ら見識も権威もないのに、見かけだけでそうみられるのは少しもいいことはありません。出来ることなら、マジック界でもう少し高い評価をもらえた方が幸せなのですが、

 

 さて、仕上げにうなぎの茶漬けが出ました。数年前に来た時に頂いて、感動したうなぎです。飯の入った丼に、うなぎを乗せて、出汁をかけて食べます。うなぎは甘露煮のように甘く煮て、保存したものですが、その甘みが抑え気味で、身が厚く、とてもいいうなぎです。出汁がうまい具合で、更にうなぎのたれを追いかけします。

 それをすべて一緒に丼に入れて食べるのですが、期待を外しません。なんと贅沢なひと時でしょう。この一杯が食べられることはとても恵まれた立場にいるんだと実感します。何より辻井さんに感謝です。

 

 さてその後は毎度のことながらグレイスへ行きました。いつもながらお店はよく入っています。楽しみにしていたロシア人はいません。あの大柄なお姉さんの大垣訛りの日本語が面白いのですが、聞けなかったのは残念。

 ママもチーママも装いを一重のお召しに替えて贅沢です。この晩は辻井さんのマジックもなく、お店では世間話をするだけで11時にはお開き。そのまま岐阜駅で別れました。

 

 翌日は名古屋の指導です。日中、指導をして、夕方に新幹線に乗り、晩に大阪に入りました。この日、夕方6時から、キタノ大地さんと魔法の愛華さんのショウがあるそうですが、行きたいとは思いつつも、もう時間的に間に合いません。この晩はパスしました。何分私は二日間、余り寝ていませんので、大阪はぐっすり寝ることにします。

 

 と言うわけで、一夜明けてすっきり目が覚めました。今日は大阪で指導をし、そのあとお好み焼きの千房さんに挨拶に伺い、10月の道頓堀のマジックセッションの応援をお願いしに行きます。東京の戻りは深夜11時くらいでしょうか。戻れば今月30日の座高円寺の公演の段取りをしなければなりません。忙しい日々です。

続く