手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

稽古と修理

稽古と修理

 

 今日(17日)は、朝から鼓の稽古をして、その後はカードやシンブルの稽古をする予定です。午後にはいくつか道具の修理をしようかと考えています。場合によっては材料が足らなることもあります。その時には新宿まで買い物に出るかも知れません。

 来月から始まる秋葉原のレクチャーでは、指導の前に毎回スライハンドの演技をいくつかお見せしようと考えています。今では私がやらなくなったスライハンドマジックをこの機会に演じようと思います。

 そのためには、手順もテクニックもかなり忘れてしまっていますので、毎日少しずつ練習して記憶を戻しています。スライハンドではありませんが、数日前「五色の砂」を引っ張り出して稽古をして見ました。これは大量に水を使うために面倒くさくて、めったにやらなかったものです。

 砂は、今ショップで売られているものとは違います。江戸の昔から使われてい鬢付油(びんづけあぶら=ポマード)と蝋を混ぜて固めたものを砂にコーティングしたものです。使い勝手は江戸時代の物の方が容器の底に砂が残る量が少ないため、より不思議です。

 砂と五大陸に流れる川をこじつけて、黄色い砂は黄河の砂。青い砂はドナウ川の砂。などと言って口上で一つ一つの砂の言われ因縁を説明すると、お客様が面白がって話に乗っかって来ます。口上は私が27歳の時に考えました。やる度に受けのよい演目です。 但し、いきなりやってくれと言われてもセリフが出て来ませんので、時々出して稽古しておかなければなりません。セリフの読み直しならそう大変なことではありません。

 シンブルの素材そのものを作り直す作業もしています。これは少し大変です。どうもシンブルは見た目に安っぽいものが多いので、演じる人の年齢によってはシンブルを持つことそのものが恥ずかしいと感じられる人もあるかと思います。そこで、私くらいの年齢のマジシャンが使用に耐えうる高級なシンブルを試作しています。

 巧く出来れば、私のシンブル手順がお客様に強く印象付けられるようになって、シンブルそのものが新鮮に見えて、興味を持つマジシャンが出てくる可能性があります。改良と言うとマジシャンはすぐにシェルを作ったり仕掛けを変えようとしますが、そもそもシンブルそのものがチャチです。演出上、接着剤のキャップを指にはめるなどの理由付けがあるなら、今までのシンブルでもいいのですが、理由もなく指にはめて出てくるのはセンスが疑われます。

 色も柄もデザインも問題です。お稽古道具ならそれでもいいのですが、もう少しグレードを考えなければ品格あるマジックにはなりません。今日はそのシンブルを一気に完成まで持って行こうと考えています。

 ゾンビボールも今少し手直しをしています。これも何とかしなければいけません。かつて、銀メッキの完全に球体のゾンビボールを製作しました。かれこれ20年前です。60個制作して、20年かけて、56個売れました。売れたと言うのは少し語弊があります。私の場合は私のところに習いに来た人のみ頒布しているものです。

 つまりあと4個しか残っていません。又作れば良さそうなものですが、仮に30個作ったとして、10年かけて頒布したとして、完売するには私は80歳になってしまいます。少数の愛好家のための道具製作は効率が悪く、もう再販は無理です。

 そのゾンビボールも、今度の秋葉原で三回催すレクチュアーで出して演じてみようと思います。私がゾンビボールを演じることはもう30年以上なかったのですが、かつてはよくやっていた時期がありました。その時を思い出して、その時の技術に近づくのは少し時間がかかるでしょうが、今のうちにやっておこうと考えています。

 このゾンビは凝りに凝ったもので、ギミックは個人個人の腕の長さを聞いて、注文を受けて調整しています。クロスも表は銀河を思わせるような奇麗な生地で、裏は黒です。龍の柄もあります。共に皺にならない素材です。ケースも豪華なトロフィーを入れておくような黒いケースで、中は赤いビロードが敷いてあります。何から何まで贅沢に作ってあります。

 なぜそんな凝った道具を作ったのかと言えば、それは、マジシャンの使用している道具が余りに粗末なために、楽屋の化粧前に道具が並んでいてもプロの道具に見えなかったからです。それなら、一ついいものを作ってやろうと奮起して作ったのです。

 他のジャンルの一流と言える人達が所有している道具は、サックスでもギターでもヴァイオリンでも、どれも数百万円から、一千万、一億円を超えるものまであります。楽屋に置いてあるのを見ただけでもただものの道具でないことは素人でもわかります。

 ところが、マジシャンの道具はアマチュアもプロも共通して数万円の普及品です。アマチュアはそれでもいいですが、プロならプロ仕様の道具を持たなければいけません。そう思って凝った道具を作りました。

 長いこと在庫になってアトリエの押し入れのスペースを占拠していました。それがまもなくなくなると言うのはめでたいことです。かつては、12本リングも、手妻の9本リングも作りましたし、星形のピラミッドも、小型のビヤダルのタンバリンなども作りました。多くの私の生徒さんがみんなグレードの高い道具を喜んで求めてくれました。お陰でどれも完売です。又作ってほしいと言う方はいますが、もう出来ません。

 

 実はどんどん職人が廃業しています。久しぶりに話でもしようと出かけてみると、もう仕事をやめてしまっています。確かに私のマジック道具の依頼など待っていたら、5年か10年に一度しか注文が来ないわけですから、生活して行けるわけがないのです。

 もっともっと職人が稼げるようにしてあげたい、そう思いつつも、日本で、ゾンビボールやピラミッドを欲しいと言う人が、300人も500人もいるわけはないのです。やはり趣味人の嗜好品(食べ物ではありませんが)の域を出ないのです。

 そんな少ない仕事でも、いい仕事をしてくれました。いい道具と言うものは、用事もないのに毎日取り出して眺めているだけでも嬉しくなってしまいます。そんな道具を作ってくれた職人には今更ながら感謝です。

 さてこれから道具を取り出して、小さな直しをして見ます。これはこれで楽しいひと時です。

続く