手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

針路が見えたマジック9

針路が見えたマジック9

 

 昨年の二回目発表会を見て、アマチュアの活動の限界を見てしまった感があったため、三年目は難しいのではないか、と思われたマジック9の活動でした。「今年はどうかなぁ」、と危惧していましたが、結論から言うなら混沌とした中から、ようやく方向性を掴んだ感がありました。

 いまだコロナの後遺症で、大学のクラブ活動が維持できない状況もあり、観客動員は随分苦労しているようです。これは先日、私が大阪マジックセッションを開催したときも同様でした。学生が集まりません。そのため熱気が今一つです。赤羽会館も同様に観客席は60%と言うところでしょうか。然し、客席を見渡すと、このショウに価値を感じて、毎回来ている人が散見されます。この催しを評価する支持者が生まれています。いいことです。以下個々の感想。

 

 一本目、暗転から幕が開き、ダンクの演技。気の弱そうなコメディアンが出て来て遠慮がちに小さなマジックを演じて行きます。ウォンドを使って、ディライトが光ったり、ネクタイが伸びたりします。ウォンドが大きくなるとネクタイも伸びる。いろいろマジックを取り入れたことでマジックとして安定しました。もっとウォンド自体に魔法の力を感じさせる部分が出来たなら、このアクトは完成です。

 

 二本目 うえし。ジャズダンスか社交ダンスを始めたのか、出からステッキを持った姿が良くなりました。そこでダンシングケーン。かつては大学生の種目で定番だったものですが、近年は見る機会が少ないように思います。あまり無理に振らないのが良く、短めなアクトが好感が持てます。

 そこからヘッドを取って四つ玉になって行きますが、この使い方はカズカタヤマさんの発想です。四つ玉もあっさりとした演じ方ですが、これが無理なくて好感が持てます。こうした演技は学生には出来ません。長くマジックを続けて来た人だからからこそさりげなく、無理がなく出来る演技です。

 

 三本目 菰原裕。ここで彼が何を演じるかで三回目のマジックナインの評価が決まってしまうような重要な出番です。カードの真ん中をくりぬいて、枠だけにしたカードが増えたり、繋がったりします。

 発想が非凡なのは、その枠になったカードの空白(客席から黒く抜けた空間に見えます)を黒いシールにして、剥がし、左の掌に移します。すると掌の中央がブラックホールのようになって、掌自体が枠になります。そこへシルクを貫通させて、手の甲にシルクがぬけます。こうした考え方は今までになく、観客に異次元を体験させます。その後、チェーンになったカードを幾つか出したり、空中でつながったチェーンが瞬間に出たり。巧い展開です。短い演技でしたが、期待を外さない優れ物でした。

 

 四本目 橋本昌也。ダンク、うえし、菰原と面白いアクトが続いて来たところで、橋本昌也ですから、彼は大儲けです。ここで彼の安定した、シールのアクトは人気をかっさらって行きます。

 11月の埼玉でのFISMコンテストの時の演技が更にマイナーチェンジされています。大きくなるボールを以前は空気を膨らませるメカを使っていたものを、今回はパントマイムで舞台袖から大きな風船を持ってきています。この方が舞台に無駄な道具を置かない分彼の演技が生きます。いい改良です。計算されたアクトと、巧さでこの日一番の演技でした。

 

 五本目は諭吉。この人は初回から一貫してオタクアクトです。小さなメカのネタがマイナーチェンジされています。むしろ悩まずに同じことを繰り返して行ったほうがいいと思います。多くの人に愛されているのですから。

 ここで10分間の休憩。

 実は、私が開催する来年3月9日の東京ヤングマジシャンズセッションのチラシが、ここに来る少し前に出来上がったばかりでしたので、休憩中に配らせてもらいました。マジック9のスタッフが積極的に配ってくれました。感謝です。

 

 二部の一本目 黒川智紀。つい2週間前に大阪セッションで一緒に活動しました。

 おもちゃ箱の中のピエロが、夜な夜な生命を得て、不思議な世界を作り出します。散々遊んだ後には、静かにおもちゃ箱に納まって朝を迎える。そんなストーリーなのでしょう。大阪で見た時と演技は同じですが、マジック9で見ると、アマチュアのアクトがどういう経緯を経てプロの演技になって行ったかが良くわかります。アマチュアマジックの歴史を眺めたようです。こう言う演技は学生は大好きです。よく受けていました。黒川さんにとっても所を得た演技でした。

 

 二本目はドクター。照明を使ったジャグリング。ボールや、ステッキを振ることで闇の中から花火や、花が咲く世界を現します。途中照明を明るくして、表情が見えるようにしたのは正解。終始顔の見えないままアクトをする人がいますが、顔が見えない演技は半減です。いい世界を見ました。

 

 三本目はチャブル。前半の花と香水の完成度は高いのですが、展開部をどうするかで苦慮しているように見えます。それでも後半のボトルが徐々に整理されて来ました。そうなるとお札のアクトが未整理に見えます。色男がベルトに札束を挟んでて酒を呑みに行きます。今どき珍しいくらいべたな展開です。

 昔、私がキャバレーに出演していた時に、不動産屋の社長で、懐に1000万円くらい札束を持って、金を撒き散らしながら酒を呑んでいる社長がいました。絵に描いたような成金です。チャブルのアクトはまさにそれです。あのセンスのない世界を再現したら馬鹿馬鹿しくて面白いと思います。男の馬鹿さ加減は多くの男性が共鳴するところです。

 

 四本目は村田奈央。先月のコンテストで見た洗濯物を飾るアクトより、初作の、黒留め袖を着た、昭和の和モダンの世界が断然面白いと思います。初めの水晶玉の世界からして非現実な世界で引き込まれます。曲が明転して、花が出る世界も影絵を使って花が出たりして怪しげです。怪しさがあと一つ二つあれば、この人の世界は完成でしょう。突然一本傘が出るのも鮮烈です。傘は二本はいりません。一本で充分彼女の世界は表現されます。いいアクトです。

 

これで終わりかと思いきや、トリはうえしが再登場。ロックスターを演じます。彼はこのアクトでFISMにチャレンジします。ドイツのトパーズと現象が似てしまうのが難点。アジア予選までにフィニッシュを変えた方がいいかもしれません。ラストは杭打機を機関銃に見立てて、観客を撃ちまくり、途中で我に返って、地味な肉体労働者に戻って終わり。こんな風でもいいかなと思います。

 

 始めに書いたように、今回は、学生OBのプロマジシャンが加わったことで、マジック9の方向性がより明確になったと思います。プロを目指す人、コンテストを目指す人、純粋にマジックを楽しむ人、いろいろあっていいのですが、いずれにしても高いクオリティーを目指すためのこの公演は貴重です。どれも学生時代では達成できない内容です。とてもいいレベルの楽しめるショウでした。

 但し、コンテストを目指すにも、プロを目ざすにも、多くの演技は内容不足、時間不足です。その課題は?。また来年でしょうか。

続く