手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

出来ないマジック

出来ないマジック

 

 どうも世の中には大きな流れがあって、何かと規制がかかって、マジックの演技種目によっては公演出来なくなる作品が増えて来ました。

 その最たるものは、直火(ぢかび)でしょう。舞台の上で使用する炎、または火薬などは、これまではきっちりと消防署に届けさえすれば、何ら問題なく使用できたのですが、このところは詳しく資料を提出して申請しても却下される場合が増えて来ました。

 おかしな話です。全くアマチュアの火気使用なら、却下されることもやむを得ない場合もありますが、プロ活動をしていて、度々舞台で使用していて、なおかつ問題が起きた際に消火する要員まで揃えていながら火気使用を却下すると言うのはどういうことでしょうか。確かに万が一を考えての処置と言うのは分かりますが、どう考えても火事になる可能性のない、小さな炎であったり、一瞬の火薬などを使用していて、なぜそれがいけないのか、理解に苦しみます。

 特に、不可解なのは、シガレットのマジックです。日本にも何人か、シガレットを得意にしているマジシャンがいます。その中でもブラック島田さんなどは有名で、その芸は技術的なレベルも高く評価されています。ところが、舞台上で煙草がだめという仕事場が増えて、得意芸を演じることができません。

 特に煙草そのものが社会的に冷遇されているため、仕事の依頼が減っているようです。お気の毒と言うほかはありません。でも、煙草を舞台上で使用すると言うことの何が危険なのでしょうか。多くの観客が見ている舞台上で、たまたま煙草がテーブルクロスやシルクハットなどを焦がすようなことがあったとして、それが何の災害になるのでしょうか。

 マジックに使うテーブルクロスは、防火スプレーがかかっていて、その生地は消防署の許可を得ています。それを使用しているのですから、クロスが炎となって燃え上がることはありません。うっかり焦がすことはあっても火事にはなりません。にもかかわらず火気使用が認められないのはどうしたことでしょう。

 

 火気を危険視するのは多少の理解は出来ますが、ここ最近ひどくなっているのが、舞台上の水使用です。私は水芸をしますので、水使用の禁止は堪えます。無論水の使用は消防署の許可は必要なく、個々の劇場の許可になります。

 最近の劇場は舞台の床下に電気の配線が走っていて、そこに水が被ると電気がショートする。と言うことで、水の使用を嫌う劇場が増えています。しかし少なくとも我々のチームは、10mx12mの防水シート敷いて、舞台一面にシートを張った上で万全を期して水芸をしますので、水を垂れ流すことはありません。これをどうして反対するのかが理解できません。

 水芸のような大量の水だけでなく、グラスに注いだ水の雫が少し垂れても苦情を言う劇場があるそうです。私がアマチュアのための公演をするときでも、小さな防水マットを敷いてマジックをするしかなく、極めて面倒くさい仕事を強いられます。

 こうなると劇場管理者は異常と言うほかはありません。彼らは芸能の理解者ではないのでしょう。芸能に寄り添って如何にうまく公演が出来るようにするか、と言うことを考えるのではなく。劇場管理者は設備保全のために存在していて、芸能に対する愛情などは微塵もなく、面倒な公演はやりたくもないのでしょう。

 

 更には生き物です。鳩、犬、ウサギ、インコ、あらゆる動物がなかなか使用できなくなっています。特にホテルのディディナーショウでの鳥を使うマジックは間違いなく許可が出ません。鳥の羽の間に細菌がいるそうで、鳥が羽ばたくとその細菌が食卓にまき散らされて、お客様が病気になる可能性があるのだそうです。

 ほんとうですか。そうなら伊東のハトヤホテルでは、何十年も前から、ショウのお終いに客席の一番後ろから、何十羽もの鳩が舞台に飛んできてフィナーレを飾っていました。鳩は毎晩、お客様が食べている天ぷらや刺身の上を派手に飛び回り、舞台に向かっていました。これはハトヤの名物で、欠かさず鳩は飛んでいましたが、それによって、お客様から体調が悪くなったとか、障害が発生したと言う話は聞いたことがありません。一体いつから鳩は人に危害を加えるようになったのですか。

 何十年も毎晩ハトヤで実践して来て大丈夫なら、鳩は飛ばしても大丈夫なのではないですか。何をいまさら問題視するのですか。

 

 この、鳩の細菌問題は、国際線の飛行機にも災いして、マジシャンの鳩は飛行機には乗せられず、外国に持って行けなくなってしまいました。特にエイモスレフコビッチや、ランスバートンのように、鳩を特定の場所に飛んで行くように訓練している場合、現地調達では間に合わず、結局、鳩を扱うマジシャンは海外で仕事ができなくなってしまいました。

 こんなことをしているとマジックはどんどんつまらないものになってしまいます。マジシャンは悪意で炎を使ったり水を使ったりしているのではないのです。善意でしている芸能と、単純に炎や水を使うことの許可は切り離して考えられないでしょうか。

 鳩もインコも同様、犬猫も同様です。人の楽しみに規制をかけて、芸能の可能性を抑え込んでしまう劇場の在り方は間違いです。少なくとも消防署が使用不可を言ってきたときに、口添えをしてくれるのが劇場経営者や管理者であるべきです。それを消防署寄りの考え方をして、面倒な話から逃げようとする姿勢は、芸能の味方とは言えません。地方自治体の劇場管理者には、第一に芸能を愛する人が選ばれるべきです。

 面倒くさいことは却下するのではなく、どうしたら実現できるかを考えてくれる人が管理者となるべきです。ところで、私は呑馬術を何とか再演させたいのですが、「いいよ、うちの劇場で、馬を舞台に上げても構わないよ」。と言う心優しき、劇場経営者はいませんか。

続く