手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

審査員とフィードバック

審査員とフィードバック

 

 もう20年近く前のことになりますが、SAM(ソサエティーオブアメリカンマジシャンズ)のラスベガス世界大会で審査員をしたことがあります。審査の仕方も、ディスカッションの仕方も、コンテストが終わった後のフィードバックも、とても勉強になりました。この事は以前にブログでも書きましたので興味の方は探して読んで下さい。ここではあまり詳しくは申し上げません。

 その時のチャレンジャーは13人くらいでした。朝から審査員の審査方法のミーティングがあり、午後からコンテストがあり、それが終わるとすぐにジャッジ同士の間でディスカッションがありました。一人一人の演技が、本当にオリジナルの演技なのかどうか、コピーがないか、相当に長い時間話し合います。結果として、昼飯も晩飯も飛んでしまうため、ハンバーガーやホットドックを買って来て、食べながら話をします。

 それが終わると今度は、一人ずつ別室に呼んで、フィードバックを始めます。フィードバックとは、審査員がどう考えて点数を付けたのか、いわばコンテストの種明かしをします。順位までは公表しませんが、個々のチャレンジャーに、なぜ優勝しないのか、何が欠けているのかを時間をかけて話します。このフィーバックと言うシステムを採用しているのは、SAMだけです。ある意味SAMは家族的な組織なのだと言えます。

 チャレンジャー自身がこの先、今までのやり方、今までの考え方を改めてマジックをしない限り、同じ考え、同じ手順を持ってコンテストに臨んだとしても、入賞はあり得ないのです。フィードバックとは、入賞しないコンテスタントに、どうしたら入賞するのか、と言うことをコンテスタントの立場に立って教える場なのです。

 ところが、そうした場においても、審査員の考えを理解しないコンテスタントがいます。中には立ちあがって、審査員を罵倒して、絶叫し、ドアを足で蹴って帰ってしまうチャレンジャーもいます。

 それに対して審査員は何も言いません。「そんなチャレンジャーもいるんだ」。と言って諦めるのです。とにかく、13人のチャレンジャーのフィードバックを夜明け近くまで続けます。結局、審査員の仕事とは、一日24時間全く休みなく続けられる奉仕活動でした。私は、SAMと言う組織が、ここまで真剣に次のマジシャンを育てようと活動していたとは審査員をするまで知りませんでした。この時、マジック団体が、コンテストをすることの重要性を知りました。

 

 私は、若いうちになるべく幾つかのコンテストにチャレンジしたほうがいいと思います。十代に作った演技と言うのは、テレビや、DVDの指導家の演技を真似て、適当に固めたような手順をしがちです。そこから自分を見つけ出して演技構成をして行く上で、自分自身の考えや、方向が正しいかどうか、第三者に尋ねることはとても重要なことです。

 十代の理解している世界は多くは個人の考えの中だけで構成していたり、特定のマジシャンの影響を受けて手順を作っていて、狭い世界で同じ演技を見続けて、それがマジックの世界なのだと勘違いしていますから、全く違った考えを伝える人が出てくると、その時少なからずカルチュアーショックを受けます。その刺激こそが狭い世界を抜け出して、マジックを広い枠の中で考え直す良いきっかけになって行きます。

 

 こうしてコンテストにチャレンジしたマジシャンが、多くの人の影響を受け、知識の幅を広げ、柔軟にマジックを捉えて活動して行ったなら、みんな大きく育って行くはずなのです。しかし世の中はそううまくは行きません。

 多くの場合人は曲がって育ちます。子供のころ見た時には素直ないい演技をしていた少年マジシャンが、20年経ってみると、どこにでもいるような人生に折り合いをつけて、既成のマジックをつなげた手順で生きているマジシャンになっていたりします。

 あるいは、人の話を全く聞かず、頑迷に受けないマジックを繰り返していたりします。アマチュアならどんな人がいてもいいのですが、プロとして生きて行くとなると「そんなことを続けて行ったらうまく行かないよ」、と言っても、決して自分の演技を変えようとしません。

 プロで生きるなら、お客様と自分自身の求める世界の接点を見つけ出さない限り、生きては行けないのに、ひたすら四つ玉を8分演じたり、シンブルやウォンドを5分も演じたり、「そんな演技じゃぁお客様は退屈するだろう」。と言っても聞こうとしません。あくまで自分を押し通すマジシャンもいます。結果、そうしたマジシャンはマジックの世界で理解者もなく、仕事もなく、評価もされないまま取り残されて行きます。

 

 話を戻して、若いうちにコンテストに出て、審査員や先輩たちから意見を聞くことは、初めて自分のマジックが世間の人たちにはどう見えているかを知る第一歩になります。仲間や家族の反応は信用してはいけません。仲間は人間関係を壊さにように、いい話しかしません。家族は身内の愛情がありますから、いいことしか言いません。自分を知る人達に褒められたからうまく行っていると思うのは間違いです。

 第三者から見たなら、少しでも詰まらなかったり、下手だったり、くどくど同じ演技が続いたりすれば、金を出しては見に来ないのです。どうしてもこの人のマジックを見なければ生きては行けないと言う人は世の中には存在しません。マジックが見たいと思う気持ちは、ほんのわずかな人とのつながりでしかないのです。

 自分自身が多くのお客様とつながっているかどうか。そこがしっかりつながっていなければお客様は来ないのです。さて、自分の演じるマジックのどこにお客様は喜んで見に来てくれるのか、技なのか、表情なのか、動きなのか、喋りなのか、マジシャンから何を求めているのか、そこを理解するためにマジックのコンテストはあるのです。

 単にうまいかまずいか、周りのチャレンジャーよりもいいか悪いか、そんなことだけが評価なのではありません。マジシャンがこの先に生きて行くためにはもっともっと多くの人を仲間にして、深く意見を聞かなくてはいけないのです。

 先ずコンテストの場でチャレンジャーであるあなたが多くの仲間を作って、人の言葉を自分の財産として聞くことができるかどうか、その上で聞いた話を自分のマジックに生かせるのかどうか。いやいや逆に、ドアを蹴っ飛ばして部屋から出て行ってしまうのか。ここであなたは試されているのです。

続く