手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

SAMジャパン 1

SAMジャパン 1

 

 日本のマジック界で、後にも先にも、道具の販売や、指導が関与しないで、純粋なマジック団体が作られ、利害のない世界大会が運営されたのは唯一SAMだけではなかったかと思います。 

 日本中にSAMの支部が出来て、700人もの会員を統括する組織が作られ、機関誌を発行して、毎年一回地方都市で世界大会が開催されたのです。

 

 平成2年から、私は毎日、地方のマジックラブの頭となる人に手紙を書き、SAMの加入を勧めました。一人1万円の年会費で、700名を集め、平成3年にそれを持ってアメリカに行き、日本リージョンを認めてもらうためにインディアナポリスの本部の大会に出かけました。

 大会では、日本からたくさんの会員を集めて加入してくるマジシャンが来ると言う話でもちきりでした。なんせ、5000人の組織に、いきなり700人の日本人の会員が一遍に増えるのですから。どんな奴が来るのかと話題でした。私が壇上で日米が手を組めば最強だと挨拶をすると、アメリカ人は総立ちになって、何分も拍手が続きました。大歓迎をされたのです。

 但し、日本にSAMの組織を起こす理由は、アメリカとの連携ももちろん大切でしたが、殆どは国内の問題を解決させたいがためでした。

 

 私は昔から、一部のアマチュアマジッククラブが、特定の指導家の収入の場になってしまっていることが不満でした。そもそもマジッククラブと言うのは、マジック指導の場ではないのです。

 日本マジック界の最大の弊害は、人と人との結びつきではなくて、人とタネとの結びつきになっていることでした。マジック愛好家はタネを求めて大会に集まり、タネを知るためにクラブに所属していたのです。

 本来マジッククラブと言うのは、マジックを愛する人たちが集まってマジックを見せ合ったり、研究した作品を発表したり、ビデオを見てみんなで語り合う場であって、特定の指導家がクラブ員に一方的に教える場ではないのです。

 ましてや、クラブの会長が何十年も指導をし続けたり、道具の販売をしたりしては、営利目的の集会になってしまうのです。

 そうした点で多くの日本のマジッククラブは方向を間違えていました。昭和30年以降、雨後の筍のごとく生まれたマジッククラブは、多くは種仕掛けによる習い事のための組織でした。クラブによってはまったく家元制度になっていて、会長が指導家で、外部のプロの指導家を寄せ付けず、排他的なクラブを運営していました。

 私は昭和が終わって、平成になってもなお、親分子分のマジッククラブが残っていることに救いのないものを感じていました。

 マジックの世界大会も同様で、マジックのメーカーが主体となって運営している世界大会は日本に限らず、世界中にたくさんありました。メーカーが人集めのために世界大会を毎年開催して、その場で道具を販売する。と言うのは、最も理にかなった運営方法です。

 仮に参加者が少ないときでも、道具の売り上げによって赤字の補填(ほてん)が出来ます。多くのアマチュアは新しい道具を求めて集まってきます。参加者と、主催者の利害は一致して、齟齬(そご)がありません。

 一見おさまりのいい組織に見えますが、大きな問題があります。メーカーの主催する世界大会は、平等ではないのです。利益を得る人、お金を支払う人が常に立場が変わることがないのです。参加者は常に大会に参加するときはお客様のつもりで参加しています。参加者、会員から主体性が生まれないのです。

 

 こうした組織がコンテストをすると、往々に道具を良く買ってくれる会員さんに手心を加えてしまいます。あるマジックのコンテストで、審査員をしていた、高木重朗先生が、コンテストを終えて、審査員室に戻って主催者に第一声、「今回はどなたを優勝させたいのですか」。

 いやいや、誰を優勝させたいのかを審議するのが審査会なのに、それを主催者に尋ねると言うのは、まことにおおらかな社会です。ある意味日本的な組織です。

 コンテストの価値を高めたいとするなら、利害が絡む組織であってはいけないのです。若いコンテスタントは、審査員はきっと一つ一つの技法をチェックして厳しい審査をしているものと信じています。審査員はそれに応えなければいけないのです。

 私が、SAMを起こそうと考えたのは、第一にコンテストの改革でした。フェアなコンテストを開催したかったのです。

 そして、これはSAMの本部の役員と話をするうちに、とても参考になったことですが、SAM本部のコンテストでは、フィードバックと言う時間を設けて、コンテスタントにアドバイスをしていました。これをしているのは世界でもSAMだけです。

 

 フィードバックとは何かというと、審査が済んだ後、審査員の部屋にコンテスタントを呼びます。そして一人一人、コンテスタントの演技の評を審査員が細かく話をします。

 SAM本部のフィードバックは、審査員の会議が終わり次第始まり、時に、深夜11時くらいから明け方まで続きます。その間コンテスタントは廊下でじっと何時間も待たされます。

 コンテスタントの中には、審査員の意見に反発して言い返す人もあります。然し、審査員は何が良くて何がいけないか、徹底的にコンテスタントに語ります。

 こうした点、白人社会は相手が納得するまで、明快な論争を繰り広げます。決して曖昧な決着はしないのです。立派な行為ではありますが、審査員は大変な労力を使うことになります。

 ここで初めてコンテスタントは、審査員がマジシャンに何を求めているのかがわかるのです。審査員が5人いれば、それぞれ見るべき観点が違います。テクニックにこだわる人もあれば、プレゼンテーションやショウマンシップにこだわる人もいます。

 然し、そうした人たちがコンテスタント全員の評価を審議して採点して行くと、おのずと共通して求められるマジシャン像があぶり出されてきます。

 そこには、義理も人情もありません。良い者だけが評価されます。それを、審査員が手の内を見せながらコンテスタントに語るわけですから、実にフェアなのです。SAMジャパンがフィードバックを取り入れたことは言うまでもありません。

 SAMジャパンは10年前から、日本国内の世界大会を開催することは無くなりました。にもかかわらず、いまだにあのときのコンテストを懐かしがる人が多くいます。

 今でも「SAMの大会が一番良かった」。と言う人は多いのです。それは日本人だけでなく、韓国、台湾、中国のマジシャンにも大きな影響を与えたのです。

続く