手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

サンサーンス

サンサーンス

 

 フランスの作曲家、サンサーンス(1835~1921)は、生まれながらの天才と言われ、二歳でピアノを学ぶとすぐに教本をマスターし、四歳でベートヴェンのピアノソナタの伴奏が出来たと言います。十歳で既に演奏会を開いてプロデビューを果たしていました。それゆえに当時のフランスでは、モーツァルトの再来と呼ばれていたそうです。

 成長して、パリ音楽院に入りましたが、音楽学校で学ぶべきピアノ演奏はすべてマスターしていて、代わりにオルガン演奏を学び、終生オルガン演奏家として名声を博します。

 サンサーンスの才能は、音楽だけでなく、天文学や、言語学、哲学、あらゆる学問に精通し、どれもが高い知識を備えていたと言います。しかし日本ではいまいちサンサーンスの熱烈ファンと言う人を見ません。演奏会で披露される回数も多くはありません。

 日本のクラシックファンの多くは、ドイツ系の作曲家が好きで、フランスの作曲家の曲は、一格軽く見られがちです。それも、ドビュッーシーやラベルに偏りがちです。勿論、ドビュッシーもラベルも素晴らしいと思います。

 ただ、彼らはシンフォニーは作りませんでした。日本のクラシックファンは、作曲家から内容の濃いシンフォニーを聴きたがるのです。ピアノソナタやバレー組曲などとは違って、シンフォニーは直接作曲者の人生観が語られます。フランス音楽は、小さな軽い洒落た曲はたくさんありますが、大真面目に人生を語るような壮大なシンフォニーがありません。

 唯一例外と言えるのが、ベルリオーズ幻想交響曲でしょうか。幻想交響曲ベートーヴェンの死後すぐに作曲され、その壮大さと自由奔放さで当時の話題を集めたのですが、それ以降、フランス人からシンフォニー作曲家が続くことはありませんでした。

 ベートーヴェンのように真剣に人生を語るような音楽は、フランス人にとっては苦手なようです。ましてやブラームスとなると、露骨に毛嫌いするフランス人は多いのです。

 サンサーンスは、オルガン奏者として世界中で公演するうちに、ドイツ音楽の興味を持ち、モーツァルトベートーヴェンから、ワグナーに至るまで、がっしりとした骨組みのドイツ音楽を愛し、いつかドイツに匹敵するようなシンフォニーを作りたいと考えていたようです。

 そうしたサンサーンスが本気になって作ったのが交響曲3番です。別名「オルガン付き」、とか「オルガン交響曲」と呼ばれています。有名な曲ですが、日本のコンサートホールでパイプオルガンの付いた演奏会場がなかったため、なかかな演奏されることがありませんでした。赤坂のサントリーホール(1986年)ができてから、やたらと演奏回数が増えました。

 実際にこの曲を聞くとその壮大さと迫力は圧倒的で、独特な興奮を作り出します。かなり大きな曲ですが、ブルックナーブラームスとは違い、それほど難解な音楽ではありません。第一楽章などは全く映画音楽のようで、きれいな優しいメロディーが延々続きます。ラフマニノフのピアノ協奏曲の好きな人なら、難なく理解できます。パイプオルガンも、第一楽章では低音部で静かに流れるのみで、余り主張をしません。

 第二楽章になってから、音楽は大きく変化し、リズミカルでスペクタクルな曲調になり面白みを増します。そして、後半のパイプオルガンが壮大に鳴らされるところになると、メロディーの洪水と共に華やかな饗宴に変わります。サンサーンスはオルガン奏者ですから、キリスト教の影響も強く受けていて、後半は教会音楽を聴くような印象を与えますが、決して理解しにくい音楽ではなく、むしろクラシックを聴かない人でも十分に入って行ける音楽です。

 試しに聞くなら、第二楽章の後半、壮大なパイプオルガンの主題から聞き始めて見ることをお勧めします。ドイツ的な骨組みのしっかりとした音楽で、しかもフランスのアイデンティティを備えたシンフォニーを作りたいと言うサンサーンスの思いはこの曲で結実しています。実際フランス国内での、作曲家としてのサンサーンスの名声は、このシンフォニーから不動の地位を得たようです。

 私は、この曲を中学生のころ友人の家で聞きました。指揮者はトスカニーニNBC交響楽団でした。静かな第一楽章は少し退屈でしたが、第二楽章からが面白く、一辺に虜になりました。トスカニーニの演奏を聴いたのも、この時が初めてでした。

 その後、私が買ったのは当時人気のあった、エルネストアンセルメ指揮のスイスロマンド管弦楽団でした。トスカニーニよりは音が良かったので面白いとは思いましたが、トスカニーニの激しい演奏を知ってしまうと何とも物足らない演奏でした。

 そして、大分後になって、シャルルデュトワの指揮で、モントリオール管弦楽団を買いました。どうしても曲の作りから、ラテン系かフランス人の指揮者でないとこの演奏は上手く行かないように思います。ドイツ人が演奏すると真面目なだけでウイットにかけるように思います。どこか遊びが欲しいのです。その点デュトは、巧いし、洒落たいい演奏だとは思いましたが、どうもトスカニーニと比べると物足らないのです。

 

 サンサーンスと言う作曲家は決して難しい音楽を作る人ではありませんし。ヴァイオリン協奏曲などは、メロディックで、もっともっと演奏されてもいい曲だと思います。短い曲なら、ロンドカプリチォーソなど面白いと思いますし、死の舞踏も面白い音楽です。これほどの作曲家がほとんど演奏されないのは勿体ないと思います。

 特にサンサーンスの3番は、深夜にヘッドフォンでボリュームを最大にして、演奏会場の真ん前で聴くような気持で音楽に浸って見ると、しばし世知辛い世の中の些事を忘れて、ヨーロッパ文化の爛熟したロマンの世界に没頭できます。どうぞ一度お試しください。おすすめの一枚と問われるなら、矢張りシャルルデュトワでしょうか。

続く