手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

トスカニーニとホロヴィッツ

トスカニーニホロヴィッツ

 

 1900年代初頭から1950年代まで活躍した世界的な指揮者、アルトゥーロ・トスカニーニは、世界4大指揮者の一人と言われ、生前は大変な実力と人気を博していました。残念ながら今はその名前も知る人は少なくなりましたが、弦のポルタメント(音と音を引きずりながら演奏するやり方)を利かせたロマン派的な濃厚な演奏が主流だった当時に、氏は過剰な思いれを廃して、極端な味付けをせずに、譜面の通りに演奏する姿が新鮮で、高く評価されました。

 結果として、その演奏スタイルが、その後の指揮者にお手本になって行き、20世紀後半から今日に至るまでの多くの指揮者の演奏法はトスカニーニによって確立されました。正直に言って私はこうした思い入れもなく、音をバッサリバッサリ斬り落として行くような演奏は好きではありませんでした。

 10代の頃から、私はこてこての甘いロマンチックな演奏をする、メンゲルベルクや、フルトヴェングラーが好きで、そんなレコードばかりを集めていました。今でもそれは変わりません。深夜にクラシックを聴こうと思うと、新しいCDはあってもほとんど聞かず。1940年代のメンゲルベルクの演奏を引っ張り出してきてはしみじみ聞いています。私は子供のころからませた変な少年だったのです。

 

 それが50代になってから、大して好きではなかったトスカニーニを聞くようになりました。それと言うのも、トスカニーニのCDが格安に出回るようになったので、随分買い集め、それを聞いているうちに、トスカニーニの全体像が見えてきたのです。

 譜面に忠実と言われていた、トスカニーニの演奏が、実は、随分譜面を書き換えていることが分かるようになりました。譜面に忠実と言うのは、当時の他の指揮者と比べると、忠実に近いと言う話であって、絶対忠実ではなかったのです。

 また細かく聴いていると随分演奏しながら思い入れが入り、当人も興奮して指揮をしています。一見即物的なクールな指揮者かと思っていたら、相当なロマンチストだったことが分かりました。

 

 氏は名前からわかるとおりイタリア人で、若いころは主にイタリアで活動をしていました、1900年代に至って、しばしばアメリカを訪れています。氏の地位を不動のものにしたのはアメリカでの評価が大きいのです。第一次大戦後、大儲けをしたアメリカは、惜しみなく文化に金を投資しました。二流だったオーケストラも、一流の演奏家、一流の指揮者を札束の威力で招いて、演奏を磨き上げました。

 トスカニーニもその一人で、氏は1930年代以降ニューヨークフィルに招かれ、定期演奏を始めますが、氏の迫力ある演奏、即物的な演奏が、アメリカ人に嵌ってたちまちアメリカで大人気になります。そしてアメリカに永住することになりました。アメリカで氏は歴史的な演奏を次々にSPレコードで発売し、人気を博します。

 晩年には、氏のために、オーケストラをプレゼントされ、たくさんの録音を残しました。

 

 昨日の深夜、そのトスカニーニの指揮、ホロヴィッツのピアノ、ニューヨークフィルでチャイコフスキーのピアノ協奏曲を聞きました。1943年の演奏です。まさに第二次世界大戦さ中の演奏ですが、この演奏がすさまじいもので、チャイコフスキーの美しいメロディーを期待して聞くとビックリします。いきなり物凄い迫力で、テンポは前のめりに突き進むように早く、まるでホロヴィッツと喧嘩をしているような演奏です。

 フィナーレなどは、物凄い盛り上がりで、ティンパニーと金管楽器で目いっぱい演奏するため、肝心のピアノが聞き取れなくなります。無論、ホロヴィッツも負けじと必死にピアノを叩きますが、こんな迫力あるチャイコフスキーはいまだかつて誰も演奏したことがありません。聞き終わると聞いている私自身がぐったりします。然し、こんな白熱した演奏が当時の演奏会でされていたと言うのが驚きです。演奏家の熱意、聞き手の熱意がレコードから伝わって来ます。今の時代、ここまで迫力のあるクラシック音楽を聞かせる演奏家がいるかどうか。遠い過去の熱狂をしのぶ思いです。

 

 トスカニーニホロヴィッツの才能にほれ込み、自分の娘と結婚させます。ホロヴィッツトスカニーニを後ろ盾に持てば、飛躍的な演奏回数を手に入れることが出来るため、いやも応もなく結婚をします。実際、ホロヴィッツはその後の活躍が目覚ましく、世界的なピアニストになって行きます。

 然し、大指揮者の娘をかみさんにすると言うことは、トスカニーニに抑え込まれ、かみさんに抑え込まれ、家で尻に敷かれ、全く頭が上がらなかったらしく、恐妻家として知られています。なかなか人生は何もかも手に入らないようです。

 

 さてトスカニーニのレコードの中でおすすめは何かというと。先ずメンデルスゾーンの4番の交響曲「イタリア」。スピード感と言い、全編唄っているかのような軽やかな演奏が素晴らしいと思います。次にレスピーギの「ローマ三部作」。レスピーギの作品に惚れ込んで演奏しているのが感じられます。サンサーンスの「交響曲3番」もまるで歌っているかのように軽やかで洒落た演奏です。同じレコードに収まっているラベルの「ダフニスとクロエ」の夜明けは映画を見ているかのような色彩感があります。

 それから、最近よくテレビで流れているベルディの「レクイエム」。トスカニーニの迫力を聴いてしまうと他の演奏家の「レクイエム」はみんな物足らなくなります。ここらあたりをぜひトスカニーニで聴いてみて下さい。幾ら音楽に鈍感な人でも、トスカニーニの迫力と歌い方は忘れがたいものになると思います。

続く