手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

深夜に書き物

深夜に書き物

 

 以前は、深夜に書き物をよくしていました。一階の小さな書斎で、クラシック音楽をかけながら、水割りを呑みつつ、原稿を書いていたのです。これは私自身の楽しみでした。然し、糖尿病になって、余りアルコールを呑んではいけないと言うことで、深夜のアルコールをやめると同時に、物を書くのも早朝に切り替えました。

 結果として、それはいい効果を生みました。深夜は、夜が長いため、いくらでもアルコールを呑んでしまいます。いくらでも起きて作業をしてしまいます。そうなると時間に際限がなく、結局朝まで書き物をしてしまうことがありました。

 しかし、早朝ですとそうは行きません。朝7時半の朝食までにはすべてを切り上げなくてはいけません。それでないとその後、人が来るので実質書き物は朝5時くらいから、7時半までの2時間半になります。無論アルコールは呑みません。これが体にもよく、物を考えるのも朝の方が頭が冴えていて、仕事がはかどります。

 そこで、朝方、書き物の合間に、ヘッドフォンをして、クラシックを聴きます。これが結構頭の活動を活発にしていいのです。但し、聞く曲は、深夜に聞いていた頃とはかなり変わって来ます。ベートーヴェンブラームスはあまり聞きません。朝からあまり深刻なものは敬遠します。そんな中でも、ワルターの田園や、カルロスクライバーの4番、7番などは素晴らしいですね。元気が湧いてきます。

 但し、一人でしみじみ聞くならベートーヴェン弦楽四重奏がいいですね。余りほめる人がいませんが、13番が私は好きです。メロディックで、陽気で、内容はボリュームたっぷりで、飽きが来ません。愛聴しています。

 ブラームスは朝聴く音楽ではありません。特に一番をフルトヴェングラーベルリンフィルで聴くと、一日気持ちが暗くなります。あの人はどうして音楽をかくも陰気に演奏するのでしょうか。しかも日本の音楽家フルトヴェングラーを神の如く尊敬している人が多いのです。すごい人だとは思いますが、どうもねぇ、と思います。

 朝聞いてはいけない曲は、ショスタコーヴィチも駄目です。どの指揮者の演奏を聴いても暗すぎます。マーラーも曲に依ります。

 メンゲルベルクの指揮でアムステルダムコンセルトヘボウの4番ならいいでしょう。指揮者もオーケストラも絶品です。しかも、メンゲルベルクが心からマーラーに傾倒して演奏しています。これほど細部まで磨き込まれた解釈は他の指揮者では先ず聴くことができません。1940年の演奏ですから、音はよくありませんが、マーラーファンならぜひ一度聞いて見て下さい。

 

 モーツアルトはいいですね、ピアノ協奏曲も、バイオリン協奏曲も、交響曲も後期の物なら、全部いいです。月並みな言葉ですが、モーツァルトを天才だと言う意味がよくわかります。初めから音楽が完成されているのです。バランス感覚が絶妙なのでしょう。音楽センスが抜群にいい人なのです(モーツァルトを捕まえて、音楽センスがいいなどと言うのは逆に失礼です)。どんな曲を聴いてもみんな完成されています。

 特に、私はプラーハが好きです。40番41番は文句なくいい曲ですが、一人静かに聞くならば、プラーハは最高にチャーミングでいい曲です。指揮はカールシューリヒトがいいですね。今この人のレコードがあるかどうかは知りません。地味な指揮者ですが、何度聴いても飽きが来ません。

 交響曲で一人静かに聞くに最高にいい曲は、シベリウスの6番7番です。これもおよそポピュラーではない曲ですが、静まり返った早朝にしみじみ聞くには素晴らしい音楽です。ベルグルントのヘルシンキ交響楽団がいいですねぇ。全体がひんやりしていて、かき氷を食べながら音楽を聴いているような気持になります。

 シベリウスは、能弁家ではありません。口は重たく、言葉数は少ないのです。そして簡単には心の内を語りません。暗いと言えば暗いのですが、決して悲観的な人ではありません。日本の東北の人に見られるような、口下手な人なのです。然し、心は温かい人で、それが分かってくると、音楽そのものも理解できます。分かってしまえば決して難しい曲ではなく、どんどん嵌って来ます。

 シベリウスは1番2番はよく知られています。ともにメロディックで、映画音楽を聴いてているような優しい曲です。然し、シベリウスの本当の心の奥を探りたいと思うなら、6番7番を聴くとよいでしょう。曲の深さが全然違います。そして、6番7番を聴いてシベリウスの虜になったら、是非4番を聴くとよいでしょう。初めて聞いたら、「何じゃこりゃぁ」。と言う変な曲ですが、飽きずに30回くらい聴いて見て下さい。少しずつシベリウスが語り始めます。彼の心の扉が開いてきます。

 陽気で面白い曲は、例えばレスピーギのローマの三部作などは楽しいですね。音楽が色彩的で、絵画を眺めているようです。メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲、交響曲4番などはいつも明るい雰囲気にさせてくれます。大分クラシックを聴き込んでから再度メンデルスゾーンを聴くと、バイオリン協奏曲も、4番も、「こんなにいい曲だったんだ」。と改めて感心します。出だしの一音で世界を作り上げてしまう力は大したものです。

 ラベルの死せる王女のパヴァーヌも素晴らしいですね。クープランの墓なども不思議な世界に連れて行ってくれます。

 ダフニスとクロエの夜明けは早朝に聞く音楽としては最高です。私はこの曲を聴くたびに、北京の紫禁城の未明を想像します。まだ靄の掛かった早朝に、皇帝が目覚める姿が、この曲のイメージそのものに感じます。私自身、そんな世界は見たことはないのですが、私の想像力を掻き立てます。

 といろいろなことを思いつつ音楽を聴いています。昨今、クラシック音楽の愛好家が減っていると聞きます。残念です。聞けばきっと嵌ってしまう音楽が山ほどあります。眠れない夜には無理に寝ようとしないで、一人静かに名曲に浸っては如何でしょう。

続く