手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

カレリア組曲

カレリア組曲

 

 以前、フィンランドの冬の戦争について書いたときに(カレリアと言う題名で)、カレリア地方のことを書き、シベリウスのカレリア組曲の中の行進曲について書きました。私はシベリウスの音楽が好きです。特に、カレリア組曲が好きで、その中でも行進曲が大好きです。

 バッハのマタイ受難曲も、ベートーベンの弦楽四重奏も、ブルックナー交響曲も素晴らしいと思いますが、何回でも聞きたいと思う曲はシベリウスです。特に後期の交響曲は素晴らしい作品ばかりです。但し、しょっちゅう聞くには少し長いため、ちょっとシベリウスに接したいと思うとき、夜な夜なカレリア組曲を聴きます。

 シベリウスはおよそ地味で、内向的な性格の作曲家ですから、一般的に広く知らせるような音楽ではありません。しかし一度彼の心の奥を知ってしまうと離れられなくなります。シベリウスの曲の中では、フィンランディア、とか、交響曲2番などがポピュラーです。いずれも彼の若いころに作られた曲で、親しみやすく、明るい音楽です。

 それらもとてもいい曲ですが、実はそうした作品はむしろ彼の作品の中では例外的な作品です。もし初めて、シベリウスを聴いて見たいと思う人があるなら、「カレリア組曲」をお勧めします。これは劇の伴奏音楽のために作った曲を、その後に演奏会用にまとめたもので、一曲5分くらいの音楽3曲で構成されています。

 「クラシックは長くてどうも」、と言う人にはちょうどいい長さではないかと思います。内容も、後期のシベリウスとは違って、平明で馴染みやすいものです。

 一曲目は間奏曲、二曲目はバラード、三曲目は行進曲です。恐らく小学生が聴いてもどれも入り込めるような音楽ですので、恐れずに聴いて見て下さい。その中でも三曲目の行進曲から聞くことをお勧めします。

 エルガーの威風堂々や、星条旗よ永遠なれ、などと言った、壮大な行進曲とは違います。全くフィンランドの田舎の村の、村祭りの風景を思わせるような素朴な音楽なのです。お父さんとお母さんと、子供たちが、村の広場のお祭りに出かけて行く、のどかな風景から始まります。

 子供たちは嬉しくて、親よりも先にスキップをしながらとっとこ走って行きます。流行る気持ちが抑えきれない様子が分かります。やがて広場に近づくと、村の軍楽隊のファンファーレが聞こえて来ます。

 ファンファーレと言ってもささやかなものです。村のアマチュア吹奏楽団の演奏です。それでも子供には年に一度のお祭りです。もう嬉しくてたまりません小さな村祭りに喜ぶ子供の姿を音楽にしているのでしょう。三曲の中では行進曲が最も明るく楽しい曲ですが、それでも地味です。シベリウスの音楽はどこまでも内省的で、派手なところがありません。それがまた郷愁を誘っていいのです。

 もしこの曲が気に入ったなら、他の二曲も聞いて見て下さい。一曲目の間奏曲は行進曲の前奏の如くに、村の祭りの雰囲気を遠慮がちに語っています。「間奏曲もいい曲だ」と感じたら、是非ともバラードを聞いてください。シベリウスが語りたかったことはこの曲に集約されています。

 バラードは他の二曲とは一転して重苦しい始まりです。これはこの時代ロシアに占領され、独立を奪われていたフィンランド国民な悲しみを表現しています。辛く苦しい村人の気持ちが切々と語られます。

 途中から曲調が変わり、教会音楽のような重厚な和音に乗って、伝説の物語が語られます。この辺りの展開が、小品とは思えないくらい分厚く作られています。貧しく苦しい生活の中に、かつての崇高な繁栄の時代が語られます。これこそフィンランド人の矜持なのでしょう。バラードが面白いと思われたなら、あなたはもうシベリウスの音楽が理解できたことになります。

 

 深夜にいろいろなオーケストラの演奏をyoutubeで聞き比べています。最近こうした聴き方を覚えたことで、新たなクラシック音楽の楽しみが増えました。カレリア組曲も、別の演奏家と聞き比べています。誰の演奏がいいか、となると、なかなか簡単ではありません。シベリウスはなかなか気難しく、演奏家を選びます。

 シベリウスは、フィンランドの人で、ウィーンやベルリンと言った、ヨーロッパの中央の文化からかなり離れたところで生活していました。常に寒々としていて、秋冬は一日中薄暗い日々です。そんな土地の年に一度の村祭りです。決して壮大なものではなく、それでいて心温まる演奏が聴きたいのです。

 カラヤンベルリンフィルや、ローリン・マゼールウィーンフィルを聴きましたが、文句ない演奏ですが、余りに洗練されているうえに、堂々としていて、田舎の鄙びた姿が感じられません。上手ければいいと言うものではありません。

 残念ながら、この曲に関する限り、ベルリンフィルウィーンフィルもそこからフィンランドや、シベリウスを感じさせるものではありません。綺麗で完璧を求めるならこの演奏はいい演奏です。でも、私の心を打つ演奏ではありませんでした。

 シベリウスの音楽は大音響で、雄弁に語るのではなく、密かに、はにかみながら語ってほしいのです。その点、オッコ・カム指揮のヘルシンキ放送楽団は地元だけあって、シベリウスの心を熟知しています。金管楽器も大音響を出さずに少し遠慮しているところがいいです。充分はにかんでいます。

 但し、もっとこの曲は鄙びた演奏が向いているのではと思い、アマチュアオーケストラを聞いて見ると、ありました。

 いわき交響楽団のライブ演奏です。これは適度に失敗があって、ところどころ変な音が出て来ますが、演奏が何とも鄙びていてシベリウスの心の中に灯された、小さな喜びをうまく表現しています。いい演奏です。それと、マロニエ吹奏楽団、どこのオーケストラかは存じませんが、サイズが小さくて、これがまさにカレリア組曲の中に出て来る楽団サイズで、田舎風で実にそれらしい演奏です。

 こうしたオーケストラの演奏は、youtubeでもなければ聞けないもので、私のような、全く音楽の部外者が、夜中に道楽で聞く音楽として、十分楽しめます。どうぞ一度カレリア組曲を聞いて見て下さい。

続く