手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

未完成とグレート 2

未完成とグレート 2

 

 以前は、私がマジックの話をしている時は読者数が多いのですが、クラシックの話になると覿面に読者数が減りました。ところが、ここ最近は読者数が減りません。どういう傾向かはわかりませんが、私の趣味をご理解いただけて有難く思います。

 私は楽器演奏も出来ず、ただ、好き勝手にレコードを買っては聞いていただけの愛好家です。クラシックは小学生の高学年のころから聴いていました。

 昭和42年ごろ、中学一年の私の小遣いは一か月500円でした。その時代にLPレコードは2000円しましたので、めったなことではレコードは買えません。

 ただ小学生の頃から舞台に出ていて、ギャラをもらっていました。当時は、一回2000円くらいもらえたのです。大学生のアルバイトが一日1200円の時代です。いい収入です。ショウと言っても雑多で、町内会の寄り合いのようなところでもマジックを頼まれることがありました。ある時、池袋の町内会のパーティーでショウをした後に、現金で2000円をもらいました。

 その足で都電に乗って池袋駅に行き、ヤマハのレコードショップに行き、ベートーベンの交響曲を買って帰ってきたことを今も覚えています。早く家に帰ってレコードが聴きたくて、マジックの荷物が多くて重かったにも関わらず、嬉しくて急ぎ足で帰りました。

 この当時は、もらったギャラは、マジックの道具か、レコード、或いは衣装代にほとんど消えていました。通常の子供では買えないような高価なものが買えたのは幸いでした。その後、マジックは職業になり、音楽は趣味の範疇で止まってしまいましたが、レコード集めは20代まで続き、面白くてのめり込みました。

 「未完成」は小学校6年生で買いました。面白くて擦り切れるまで聞きました。高校生になってから、「9番グレート」を買いました。一曲で55分もかかり、とても大きな構想で出来ています。これも面白くて何百回も聴きました。

 

 シューベルトは、ウィーンに生まれ、音楽学校にも行かず、ほぼ独学で作曲も、ピアノも覚えます。多くの歌曲を作り、魔王や、鱒、野ばらなど、今も、学校の授業で習うような奇麗な佳作をたくさん作りました。彼は作った曲を友人に聞かせ、友人は彼の才能を認め、いつしかシューベルトを囲んでサロンを催すようになりました。20代の半ばには譜面もぼつぼつ売れるようになり、かなり知名度があったようですが、収入は苦しく、ほとんどは仲間の支援で暮らしていたようです。

 当人は20代の半ばになって、自分が稼げないのは、小さな曲ばかりを作っているからだ。大きな演奏会場からお呼びがないから知名度が上がらないのだと気付きます。

 この辺り、クロースアップマジシャンがクロースアップに限界を感じ、ステージマジックに移行すれば、知名度も稼ぎも上がるのではないか、と考えるようになる過程と似通っています。大切なことは自分がどうなりたいかを見極めることだと思いますが、シューベルトは大きく出たいと考えたようです。

 特に同じウィーンに住むベートーベンが輝かしき成功をおさめ、大家となっているのを見て、その影響を受けて、自分も大きな交響曲を作ろうと一念発起します。

 すなわち、8番の未完成も、9番のグレートもシューベルトの新境地を意味する曲です。8番は作曲途中だったのですが、なぜ未完のままだったのかは分かりませんが、私なりの素人意見を申し上げると、当人が気負い過ぎて、冒頭から余りに重たいテーマを取り上げてしまったことで、行き詰まってしまったのではないかと思います。シューベルトが表現する内容としては重たすぎたのです。自分で持て余したのでしょう。

 そこで心機一転、9番のハ長調グレートを作ったのです。ここには、未完成のような暗さはあまり見られません。逆に、ベートーベンの7番ののように、大胆で、華麗で、万人受けする音楽になっています。

 シューベルトは、早速9番を、ウィ-ンの音楽協会に売り込んだのですが、まともには取り合ってもらえなかったようです。果たして、生前は彼の交響曲は演奏されることはなかったのです。グレートは、死後、シューベルトの部屋に残っていた楽譜が発見されて、シューマンメンデルスゾーンの尽力で世間に評価されたのです。

 もし、彼にあと30年寿命があったなら、ブラームスの出番はなかったかもしれません。晩年は、ベートーベンの後継者のような扱いを受けて、ロマン派音楽の大家と呼ばれたかもしれません。残念なことは31歳で亡くなったことです。8番未完成と9番グレートは彼の果たせぬ夢の片鱗のような曲です。 

 

 実際、グレートはベートーベンの7番によく似ています。長い導入部の奇麗なメロディーと言い、メインテーマが出たときの強奏と躍動感。全体が陽気な曲調であるところ、第二楽章がほの暗い行進曲であるところ、などなど共通点がたくさんあります。相当にベートーベンを意識して作られています。それゆえに、7番の好きな人なら、すんなり理解できるでしょう。

 指揮は誰がいいかと言うと難しいですね。戦前からこれを演奏する指揮者はたくさんいて、名盤を残しています。一番シューベルトらしい演奏は、ワルターでしょう。できればウィーンフィルがいいのですが、今その録音があるかどうか。

 フルトヴェングラーもたくさん出しています。いつの録音が一番かと言うと、1942年の録音が迫力満点でいいですね。でも、どうもドラマチックすぎて、シューベルトと言うよりもベートーベンの曲に聞こえてしまいます。それが好きな方ならいい演奏です。

 メンゲルベルクはライブ演奏で、戦時中の1940年と42年の二つが残っています。音の良さと丸く完成した演奏は42年です。でも私は40年の方が好きです。癖が強くて、作為見え見えの演奏ですが、とにかく巧いのです。ちょうど名人の落語を聞くと、ついつい同じところで笑ってしまうように、分かっちゃいるけど嵌ってしまうのです。こんな指揮者はこの先永久に現れないでしょう。

 とまぁ、メンゲルベルク礼賛で終わってしまいましたが、youtubeを調べれば、これらの録音が残っていますので、ご興味の方は一度お聴きになっては如何でしょう。聴くときは、ヘッドフォンでボリュームを大きくして聞くと、1940年の演奏でもかなり鮮明に聞けて、臨場感があって結構楽しめます。どうぞ一度お試しください。

続く