手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

アイスクレーム

アイスクレーム

 

 数日前に、上海で開催されているモーターショウのBMW のブースで、見学に来たお客様にアイスクリームをサービスで配ったそうです。それを見ていた中国人の女性が、「私にもアイスをください」。と言ったところが、展示場のコンパニオンが、「アイスクリームはない」。と言って断ったそうです。ところがそれからすぐに、金持ちそうな外国人がアイスクリームを求めると、コンパニオンは、アイスクリームを出してサービスしたそうです。

 この一部始終をスマホに収めていたインフルエンサーが、早速、「人種差別だ。中国人にアイスをやれないなら、中国で車を売るな、ドイツへ帰れ」。と騒ぎを拡散しました。するとたちまちそれに同調する人たちが現れ、「BMW に乗るな」。「BMWを買うな」。と言う人が動画を出して炎上しました。

 この騒ぎは中国中に拡大して、町に駐車してあってBMWを棒で叩いてガラスを割ったり、車のボンネットにスプレーで「差別反対」と書いたりする動画が出て、たちまち車の破壊と不買運動に発展しました。

 アイスクリーム一つのことでまさかこんな騒ぎになるとは知らず、BMW本社は驚いて、すぐさま謝罪広告を出し、沈静化を図ったのですが、中国人のストレスは収まらず、今も街中でBMWが駐車してあると、恰好の獲物として、破壊されているそうです。 

 BMW社は販売拡大を狙って、上海のモーターショウに出店を図ったのに、たった一つのアイスクリームが裏目に出て、販売成績はがた落ち、株価は下がり、今も対応に追われています。これはアイスクリーム騒動ではなく、アイスクレームです。

 

 ほんの一か月前、日本でも、回転寿司の皿を舐めたり、醤油の瓶の口を舐めたりする嫌がらせの動画が流されて、多くの人から顰蹙(ひんしゅく)を買いました。明らかな嫌がらせなのですが、同じようなことをする人がその後も続いています。それを煽ったり、批判したり、SNS動画で問題が拡大しました。

 常にスマホ片手に世間の様子を見ていて、おかしなことがあると、たちまち動画に収めて、正義感を盾に、相手を責め立てます。一見すると、それそのものは間違った行為ではないのですが、その情報の流し方に明らかな煽りがあります。

 そこへ同様に世間の騒ぎを拡大したいと望む人たちが同調すると、騒ぎは大炎上します。寿司屋のぺろぺろ騒動なら、当人が謝って、寿司店と和解をすればそれでお終いの話を、出身校や、住所、家族、名前まで調べ上げて、SNSに投稿するものが出てきます。明らかに行き過ぎです。

 BMWも同様で、どう見ても冷やかしのお姉さんたちが来て、アイスクリームをくれ。と言われても、あげて効果の望めない人にアイスクリームを渡す必要はないのです。そもそもサービスでしていることですから、上げる上げないは渡す側の自由なのです。

 ところがそこに人種問題が絡むと急に話は複雑になります。誰もが憧れるBMWの新車の展示会場で騒ぎが発生すれば、再生回数を伸ばすことができる。こう考えた人が煽り記事を書けばまんまと話題作りに成功します。

 気を付けなければいけないことは、中国の中には、BMWに乗りたくても乗れない何億人もの人がいて、彼らは日頃の生活の不満から、贅沢品に対する嫉妬が渦巻いているのです。

 BMWがアイスクリームを中国人にやらなかったことは実は何ら問題のないことで、そのことで不買運動に発展するなどと言う話は、中国人が聞いても行きすぎだと思うでしょう。中国人はBMWに憧れを持っていて、BMWを排除する気持ちなどないのです。ところが、何かのきっかけで、自分たちの社会や生活の不満と結びつくと、一気に不満があらぬ方向に爆発するのです。

 これが場合によっては地域紛争にまで発展し、果ては革命に至ります。SNSはそうした起爆剤に充分なり得るのです。中国は世界第二位のGDP を持った国だと言いますが、それは12億もの人が働いた結果そうなったのであって、個人の所得はまだまだ小さいのです。

 中国には、極端な金持ちと、極端に貧しい人たちが、同居して生活しています。世の中に不満が溢れています。その不満を、一党独裁社会主義の政府が押さえ込んでいます。 今はかろうじてうまく行っていても、明日はどうなるかわかりません。

 今回の問題は直接日本に被害はないのでしょうが、何かの拍子に尖閣諸島の問題に火が付けば、たちまち日中間の争いに発展します。但し、尖閣諸島は話の発端に過ぎず、本当の不満の原因は中国国内の生活の格差です。 

 中国国内には、共産党の幹部とコネを作って、会社を興し、巨万の富を得ている経営者はたくさんいます。そうした経営者は富の象徴として、ベンツや、BMWに乗って、町中を走っています。それを貧しい庶民はじっと見ています。素直に憧れの目で見ているなら平和ですが、庶民の心には嫉妬が芽生えています。庶民はひたすらきっかけを待っています。ひとたび金持ち批判が始まれば、それとばかりにBMWを壊しにかかります。

 

 その昔、文化大革命と言う狂信的な政策が中国中に広がり、村や町の地主や、金持ち、経営者が批判の的となって、集会に連れて行かれ、縛り上げられて、自己批判をさせられました。彼らは縛られて、担ぎ上げられ、村中をさらされました。これがために財産は没収され、大きな商売をする者はいなくなり、金を貸すものもいなくなりました。これによって中国経済は混乱しました。

 金持ちだけでなく、当時、中国服を着てものを出していた奇術師までが批判の対象になりました。金持ちの服を着ているのがいけないのだそうです。確かに彼らは金襴の長着を着ています。然しそれは舞台衣装であり、長着が着れないと、大きな丼を出すことができません。彼らは金持ちでも何でもない、ただの奇術師なのです。

 然し大衆は容赦しません。人民の前で批判させられ、長着は着れなくなります。仕方なく人民服を着て西洋奇術のロープ切りや、ハンカチの奇術をするようになりました。こうして、伝統ある中国奇術は消えて行ったのです。これは大昔の話ではありません。1966年から76年まで10年間も続いた革命でした。私にとっては10代から20代までの出来事でした。この時の中国の伝統奇術師の災難は決して他人ごとではなかったのです。

 こうしたことを過去のことだとは言えません。アイスクリーム一つですぐに内乱に発展する可能性は今も秘めています。げに恐ろしきは人の嫉妬です。

続く