手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

天一 17 西洋奇術一座

天一 17 西洋奇術一座

 

 天一の東京での興行は次のようなものです。

小奇術数番

 先ず何人かの弟子が出て来て、簡単な奇術を数番演じます。このころの演目はが何だったのかはわかりませんが、恐らくハンカチをウオンドの上で廻して見せる「ハンカチ回し」。ハンカチを二つに畳むと中から卵が出て来る、「ハンカチから卵」。二銭銅貨を十枚持って、数を数え、お客様に渡しますが、握った手から一枚抜き取る。「銅貨の扱い」などと言ったものだったろうと思います。

 

2、天一の口上と小奇術数番

 これが終わると、やおら上手に置いてあるオルガンが、「春の弥生の曙は」、と言う、雅楽の越天楽から編曲した唱歌を演奏します。天一はこの曲が好きだったようです。オルガンで演奏すると、神秘的で荘重な感じがします。その曲に乗って天一登場です。新しくもあり、厳かではありますが、随分地味な出現です。でも、当時は、もっぱら三味線音楽が芸事の伴奏を一手に引き受けていたわけですから、この出だしは珍しかったのでしょう。

 ここで天一が東京に進出した理由を長々口上を述べます。天一の口上は堂々としていて評判が良かったようです。そして奇術です。

「万国旗の取り出し」箱の中から出したのでしょうか。

「筒からのマリの取り出し」。三本筒からのプロダクションかと思います。

「ハンカチの焼き継ぎ」お客様から借りたハンカチの真ん中を焼いてしまい、焦げを作ります。それを手の中で揉んでいるうちに復元します。今でも演じられます。

「火食い術」「火吹き術」「口中紡績」これが会津磐梯山噴火になぞらえた奇術です。天一が十代で四国を回っているときに覚えた放下の古い術です。西洋奇術師とはいいながら、こうした古典の放下芸(手妻)も持ち芸として演じていたのです。口中紡績と言うのは、火吹きをした後、口から紙テープを延々と出すもので、太古の昔からある術(太古は糸)です。今は口から物を出す芸は流行らなくなりましたが、やれば今でも受ける芸です。

 

3、大奇術

 その後中幕が開いて大奇術になります。

「空中浮揚」。これはノートン一座も演じた、棒の上に横たわる美人の芸と似ていますが、天一は、似ていると見せて、支えの棒も抜き取って、完全に女性が浮揚します。これは観客が驚いたようです。然し、この術のほうが実は古く、江戸時代にはすでに演じられています。背景の黒幕を利用したブラックアートです。

「三剣バクス詰め」。バクスとはボックスのこと。箱に美人を入れて外から剣を刺します。箱から血がしたたり落ちます。箱を開けると美人は消えています。美人はどこかと見渡すと、天井から大きな鶴が下りて来て、そこに美人が乗っていて降りて来ます。これは大変な人気を呼び、11月15日の東京日日新聞の劇評に絶賛されています。

「磔(はりつけ)術」。これは大阪の中座で帰天斎が演じたものと同じ奇術。もう天一の得意芸になっています。磔で槍を美人に刺して、血がしたたり落ちます。美人の死体を樽に詰め、水を入れますが、しばらくすると樽の中は空になっています。消えた美人は別の場所から出現します。どうも天一の芸は血糊が度々出て来ます。現代では敬遠されるでしょうが、新聞の劇評では、その血糊がすごいと逆に褒められています。時代の違いでしょうか。

 

4、小奇術

門弟数名による小奇術。

「柱抜き」。サムタイのこと。既に弟子の演目になっていたのでしょうか。

「ダラ棒」ダラとはドルのこと、棒の先から1ドル銀貨が何枚も出て来ます。日本では二銭銅貨で演じたようです。

メリケン帽子」。メリケンハットのこと。煙草の箱や、ハンカチなど様々なものが出て来ます。

 

5、七変化

 天一の最も得意とする演目。初めは「夕涼み」から始まります。裃姿で天一が現れ、大きな壺を改め、中に水を入れると、中から火が灯った提灯が幾つも出現します。次に、絹の反物が次々に出現し。まとめた反物の中から傘が何本も出現します。その後大幕が出現し、その大幕の陰で、天一は芸者に早変わりして、涼しげに団扇を仰いでいます。しかし天一は、立派な髭を生やしていますので、芸者姿は大爆笑になります。

 ここから次々に早変わりをします。芸者姿で引っ込んだ天一と入れ替わりに、中国の留学生が現れ、人力車を探しています。そこへ、天一が、車夫になって現れます。留学生は行き先を告げますが、人力車がありません。

 車夫は人力車を今から作ると言って、さっき夕涼みで出した傘を利用して人力車を作り、そこへ留学生を乗せます。いざ動き出そうとすると、乗りずらくて、留学生が文句を言います。車夫と喧嘩になり、車夫は留学生を殴って気絶させてしまいます。

 慌てた車夫は医者を探しに引っ込むと、すぐに天一は医者となって出て来ます。医者は、「もう手遅れだ助からない」。と言って去って行き、代わりに坊さんに代わって出て来ます。坊さんが経を読み、死体をかたずけようとしますが、戸板がありません。仕方なく、長い棒を見つけて来て、留学生の胴に突き刺します。人足に棒の両端を持たせて留学生を連れて行きます。その後神主になって現れたり、大礼服を着た軍人になって現れて、喜劇は終わります。

 ここで天一のとぼけた芸がいかんなく発揮されます。天一と言うと真面目で固い印象を受けますが、三枚の芸も達者で、とぼけていておかしかったようです。これも帰天斎や一登久の影響から芸を学んだのでしょうか。

 

 その後休憩があって、

6、「小奇術」。門弟数名が演じました。

 

7、「身体切割解剖術」。名前はものすごいですが、胴切り術です。

  「袋抜け」。袋に美人を入れ、袋の口を縛り衝立をして、数秒で入れ替わります。

 

8、「陰陽水火の使い分け」。水芸です。一登久から習った水芸を、曲独楽の部分を外し、水芸のみにスポットを当てて手順を作り上げました。水火とは、女性に花火を持たせ、花火が出ている先からも水が噴き出しました。天一は、大礼服、女性は、ドレスを着て、からかいはチョッキに蝶ネクタイと言ういで立ちです。完全に西洋奇術として演じています。然し内容は従来の水芸そのものです。然し目新しいことの好きな東京の観客には洋装の水芸は絶賛されました。

 

 この後、またオルガンが蛍の光を演奏して、長い興行が終わります。

続く