手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

日本食 6

日本食 6

 

 カレーを日本食と言うのはいくらなんでも抵抗があります。然し、日本に来る海外の観光客には、日本で食べるカレーはおいしいと言います。何にしても一食1000円以内で食べられて、味がいい。そして海外の人から見ると極めて日本的。と言うわけで、カレーを求める外国人がたくさん押しかけて来ます。

 無論、日本人も、日常、極普通に食べています。週に一回はカレーと言う人もたくさんいます。なぜこれほどまでに普及したのでしょうか。

 カレーのルーツはインドだと思っている人が多いのですが、それは半分は当たりです。本来のインドカレーは、さらさらとしたスープ状のもので、味は香辛料をたくさん使って複雑ですが、日本の物とはかなり違います。そして多くの場合、ナンと言うパンと一緒に食べます。

 日本では、インドカレーの店で、ライスも普通に出していますが、カレーとライスを併せて食べるのは、東南アジアのタイや、ベトナムの食べ方で、インド式とは違うようです。

 インドのカレーに初めに着眼したのはイギリスでした。イギリスは長くインドを支配していましたので、カレーに対する興味が大きかったのでしょう。それは味と言う点においてもそうですが、むしろ、スパイスに対しての興味でした。

 イギリスは、広範な領土を維持するために、長い航海を繰り返していました。船旅で最も苦労したのは食べ物です。野菜も不足し、肉も、干し肉ばかりで、腐敗を避けるために塩気のきついものを食べていました。港に着く度に野菜は仕入れますが、日持ちがしませんから、大きなスープ鍋に、野菜と干し肉を一緒に入れて、くたくたに似たものをおかずに食べていたのです。但し、冷蔵庫のない時代はすぐに腐敗が始まります。

 そこで、カレーを混ぜて見ると、味は格段に良くなり、しかも、肉の腐敗した匂いも消せます。船員は食欲がわき、食事の不満が減ったのです。如何に味音痴と言われるイギリス人でも、毎日毎日同じものを食べ続けていては飽きが来ます。それがにおいを消し、飽きが来ない味を作るカレーは重宝され、イギリス本国に伝わって行きます。その過程で、中身にジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを使ったりするようになります。

 肉もインドでは牛肉を食べることはありませんが、イギリスでは牛肉が入るようになります。その料理がフランスに伝わると、スープのレシピがそっくり取り入れられて、小麦粉でとろみが付いたり、ミルクが入ったり、バター入ったりするようになり、ようやく今のカレーの形が出来上がって来ます。

 日本に入って来たのは、文明開化と共に伝わったようですが、それはごく一部の上流階級のみで、一般にカレーが普及するには、日露戦争以降になります。イギリスを模範とした日本海軍は、食事にまでイギリス流を取り入れ、毎週週末の献立に、カレーが出るようになります。

 牛肉と野菜がふんだんに入ったカレーの味は、当時の兵士には驚異的な人気を博します。それまで全く西洋料理を食べたことのなかった日本兵が、カレーを食すや否や、たちまちカレーの虜になり、兵士は週に一度のカレーの日を焦がれるようになります。

 カレーを食べながら、「いなかの両親にもこんな旨いものを食べさせてやりたい」と涙を流す兵士もいたそうです。「海軍に入ると、毎週カレーが食べられる」。と言うのが評判になって、たくさんの志願者が海軍に押し掛けたそうです。

 厨房としても、カレーは大きな鍋一つで、おかずが足りるため扱いが便利で、以後、今日の自衛隊までもがその伝統を受け継ぎ、週末にはカレーが出るそうです。

 カレーは、本来はスープなのですが、飯にうまく絡まるようにとろみがつき、野菜も大きく切って、一緒に煮込むことで、日本の鍋料理を連想して、洋食に慣れない日本人でも直ぐに受け入れて、大人気になります。

 軍隊を除隊してもカレーの味が忘れられずに、カレーを求めて、やがて町にカレー屋が生まれます。カレーの味をいろいろなものに取り入れるようになり、カレーパンができ、カレーうどんが出来て来ます。いずれも大正から昭和初期の話です。

 カレーの最大の問題は、スパイスの量です。たくさんのスパイスを混ぜるために一般家庭では材料が揃わず、初めはなかなか普及しませんでした。それが爆発的に広がったのは、戦後、昭和25年のカレールーの発明です。煮込んだ野菜と肉に、ルーを入れるだけで、たちまちカレーが出来上がります。これによって日本の家庭で、普通にカレーが食べられるようになったのです。

 私も子供のころ、家庭でも学校でもよくカレーを食べました。子供にとっては楽しみな食事でした。カレーは一日たったものの方が、味がなじんでうまいと言う人があって、連日、カレーを食べる人もいました。

 好きな人はいくら食べても飽きないのでしょう。インド人などは毎日カレーを食べて飽きないのですから、よほど魅力のある料理なのでしょう。

 私は、幼いころから学校や、家庭で味を教え込まれたせいか、白い皿に、飯を乗せて、小麦粉で炒ってとろみをつけたやけに粉っぽい日本のカレーをかけたもの、あれが好きです。時々蕎麦屋でカレーライスを出す店がありますが、あれです、あのカレーライスです。

 如何に、欧風カレーとかインドカレーとかが流行っても、私には興味がありません。長くお手軽なカレーに慣らされて育った身としては、何でもない安価なカレーが旨いと思います。

 確実なこととして、カレーにはずれはありません。ラーメン屋さんの当たりはずれと比べて見ると、カレーほどはずれのない料理は珍しいと思います。どこのどんな店で食べても、吐きだしたくなるほど拙いカレーと言うのは食べたことがありません。

 なんせ、航海時代に腐りかけの肉でもうまく変身させてしまったくらいですから、たとえ料理人が下手でも、素材が臭くても、全て包み隠す包容力があるのでしょう。そうした意味で言うなら、すばらしい食材です。

 

 但し、一言申し上げるならば、近年の辛みを喜ぶ風潮が心配です。10倍カレー20倍カレーと言うものを面白がって食べるのは危険です。また、スナック菓子や、つまみにまで何でもカレーを入れるのは不快です。カレー味の煎餅、いりません。先日は、懐石料理までカレー粉が使われていました。やめて下さい。カレーが食べたければカレーを食べます。突然カレーが襲い掛かるようなことをしないでください。カレーだけでなく、何でも刺激の強いもの、味の濃いものばかりを食べていると、味覚がマヒします。

 このままでは日本人の優れた味覚が失われて行きます。ヒラメと鯛の刺身の味が食べ分けられるのが日本人の味覚です。それが失われてしまっては日本食も意味が無くなります。香辛料はなるべく控えて、同じものばかり食べないで、多種多様な味覚を楽しんで頂きたいと思います。

続く