全米の大スター
私が子供のころ、王、長嶋選手の野球を見ていて、その超人技に感動していると、「いや、アメリカンリーグはこんなものじゃないんだ」。と教えてくれる人がいました。いくらアメリカはすごいと言われても、言葉ではわかりません。「もし、王、長嶋を超えて凄い人がいるとしたなら、一体アメリカの野球ってどんななんだ」。と見当がつきませんでした。
その後、日本人のプレイヤーがアメリカに行って活躍するようになって、ようやくアメリカと日本の実力の差が分かってきましたが、イチロー選手が出るに至って、もうアメリカだからすごいのではなく、日本人でも才能が有って努力をすれば、十分アメリカでやって行ける。互角に、いやそれ以上に戦えるんだ。という自信が生まれたのです。すなわちイチロー選手によって一つのピークに到達した感がありました。
ところが、そうしたこれまでの日本人の評価とは一線を画したのが大谷翔平選手です。彼はすでにアメリカ人を軽く追い越してしまって、全米中ですべてを超えたトップスターに上り詰めています。
これまでの歴史上の最高の野球選手はベーブルースと言われていたのですが、それは、大谷選手と同じく、二刀流で、ピッチャーと打者を兼ねて、優れた成績を残しました。然し彼は決して二枚目ではなく、どちらかと言えばブ男の部類で、性格も屈折した人だったようです。それでも優れた成績を残した彼を否定する人はなく、かつて野球人は、成績さえよければ、私生活は問われなかったのです。
それが大谷選手は違います。先ず高潔な人柄が尊敬を集めています。どんなに疲れている時でも、子供のファンを大切にしますし、いつでも笑顔で人に接します。寡黙な人ではありますが、インタビューを求めれば、話の内容はしっかりしていて、知性を感じます。
日々は、ナイトクラブで豪遊するようなことはせず、野球場とジムを往復する毎日で、時々親しい仲間と食事をする程度。全く毎日が野球をするためにスケジュールが組まれています。
マネージメントと通訳をしている水原一平さんも、彼が最大限に野球ができるように、配慮して、他の煩わしいことを避けるようにしています。何から何まで野球に人生をささげて、全く一途に自身の目的に向かって生きているのです。
大谷選手はこれまでの野球選手とは全く違います。スポーツ選手の背後にある怠惰な生活が全く見えないのです。きわめてストイックな生活をして、結果として、月間MVPを毎月取り続けているのです。
アメリカでトップの男になるには、こうしなければ生きてはいけない、という新しいお手本を示しているのかも知れません。とにかくすごい人です。全米野球界のトップに立って、もう誰とも比べることのできない人になっています。
今年、エンジェルスは、ひょっとして大谷選手を手放すのではないかと噂されていましたが、結局それはしませんでした。今、エンジェルスが大谷選手を手放すことなど不可能なのです。エンジェルスと言う、極端にマイナーな球団がここまで観客を呼んでいるのは、偏（ひとえ）に大谷選手がいるからなのです。
エンジェルスにとっては大谷選手こそ命であって、仮に大谷選手がドジャースに移れば今、赤いユニホームを着ている野球好きな子供たちは、翌日すぐに青いユニホームを買いに行くでしょう。全米の子供たちは、常に大谷選手と一緒にいたいのです。
その大谷選手が今季を終えると自由契約になります。もう早くも秘密裏に各球団と交渉をしています。その契約金が、噂ではドジャースも、メッツも、ジャイアンツ（サンフランシスコジャイアンツ）も。ともに、10年契約で1350億円と言う金額が出ているそうです。無論これはアメリカンリーグでも最高金額で。とんでもない額です。ただしこの話は非公開です。
何としても各球団は大谷選手が欲しいらしく、契約金は今も、彼がホームランを一本打つたび、値段が上がっています。かつて大谷選手が、アメリカンリーグで試合がしたいと言って、エンジェルスと契約をした、初めての契約金が、6000万円だったのです。今思えば信じられないほど安い金額です。それが今年は1350億円です。まさにアメリカンドリームです。
ところが、当の大谷選手は、余り契約金には興味がないらしく、インタビューでも、契約金の話になると、さりげなく言葉を濁してしまいます。大谷選手にすれば、移籍をするのは、契約金をもらうためではなく、勝てるチームに入りたいのです。いくら、奪三振を奪っても、ホームランを41本打っても、チームが負け続けていては大谷選手のテンションは下がってしまいます。
第一、エンジェルスの試合は、アメリカのテレビではなかなか取り上げられません。そのため、大谷選手の活躍を見たいと言う観客にとってはストレスが溜まっているのです。これがヤンキースや、ドジャースなどの球団であれば、彼の活躍をもっともっと多くの野球ファンが見ることができます。
そのため、大谷選手は移籍を考えているのです。実力を金銭で評価してくれるのは有り難いことではあっても、彼の目的は金もうけにはないのです。飽くまで彼の野球に対する思いは純粋なのです。
そうは言っても、今、アメリカは大谷選手の話題でもちきりです。これまで野球に興味を示さなかった人たちまでもが大谷選手に注目しています。それは今年3月に開催された、ＷＢＣ（世界野球クラシック大会）での日本の活躍、特に大谷選手の活躍が大きく、アメリカ人の多くがあの番組で、大谷選手の実力を認識したのです。
野球を超え、国籍を超え、人種を超え、いつの間にか、全ての頂点に立っています。驚きです。今年の秋にどういう結果になるかが楽しみです。
続く
