手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

上質のサロン

上質のサロン

 

 昨日、16時から、四ツ谷ウィングシアターにて、ジョニオ、高重翔によるサロンマジック公演がありました。この日は猛暑で、5分も歩くと背中から吹き出す汗でシャツがべとべとになる暑さでした。私はウィングシアターは初めてで、地図を見て下調べをしておいたのですが、どうも勘違いをして、全く逆の道を歩いてしまいました。

 結局、10分の道を20分歩き、およそ劇場などありそうにない、住宅地を縫って、不安になりながらようやく到着。ショウの開始に間に合ったのは幸いでした。会場は、傾斜の付いた客席で、30人ほどのフロア。クロースアップにはやりやすい場所です。到着するとお客様は既に満席。以下その感想。

 

 ふらりとジョニオが出て来て、何気ない会話から始まりました。この自然な出だしに好感が持てます。先ず感心したのは、ジョニオの声が良く通ることで、言葉の一言一言に曖昧な部分がありません。ボイストレーニングなどしているのでしょうか。上手い話し方です。しかもその会話の内容がさりげなくて、大人の世界を感じさせました。

 実は、これまで、私がクロースアップマジックのショウを怪訝に思っていた理由は、喋りのレベルの低さからでした。私的な話を繰り返したり、言わなくてよいことを喋ったり、手順や、現象の説明に終始したり、つまり話術としての喋りが完成されていない演者が多かったことが不快だったのです。

 この日のジョニオの舞台姿勢を見ていて、日常会話が舞台芸に仕上がっているのを見て驚きました。驚いたと言うのはおかしな言い方ですが、初めて芸能と言えるクロースアップマジックを見ました。

 

 冒頭が、ビニールテープを使ったサムタイでした。既にこの時点でマジックに安定感を感じました。この道50年のベテラン芸人のような話し方でした。このジョニオのスタイルはそのままずっと維持されます。

 ジョニオが終わると高重翔に変わります。

 実際、喋りの技術はジョニオに追いついていません。ジョニオの安定感に比べ、高重翔の舞台は、常にどこか不安があります。今まではそれが素人臭いと感じたのです。然し、彼は着実に大きな進化を遂げていました。

 彼は一体いつ、自分を発見したのか、そのマジックに対する愛情や、真剣さがひしひしと伝わって来ます。いや、マジックの好きなマジシャンは山のようにいます。然し、多くは、マジックが好きなのではなくて、マジックを演じる自分が好きなのです。いわば自己愛です。

 彼から見える変化は、上手い、拙いを通り越して、マジックの面白さをストレートに表現します。グラスに移るカードにしても、シャボン玉とコインの演技も、演技そのものは普通のマジックなのですが、随所に工夫が見えます。それを演じるマジシャンの日常までもがほの見えて来て、彼がマジックの何を愛しているのかが分かり、観客が共鳴するのです。

 これは驚きです。作為がないがゆえに、純粋さが強調されるのです。安定した上手さのジョニオに対して、マジックの面白さを率直に訴えかける高重翔。「ははぁ、これが彼らが伝えたい内容なのか」。と得心しました。

 

 ジョニオのブックテストの観客との会話も自然でいいですね。まるで、かつての、アメリアかのマックスメイブンやユージンバーガーを思わせるような、名人の安定した舞台を思わせます。こんなさりげない舞台空間を作れるマジシャンが日本に出て来たのか、と感心しました。

 高重翔の白眉は、リンキングリングとルンペンアクトにありました。三本リングは、一つ一つの動作を丁寧に演じています。ジャグリングのハンドリングも見えます。それが余りに純粋に演じられているがゆえに、心を打ちます。野暮ったい眼鏡も、どこか自信なさげな表情も、全てが彼の個性に見えて、良く見えて来ました。もし計算で演じていたなら名人です。こんなに素直に自分の心の中を表現できる人だったんだ。と感心してしまいました。

 特に、ルンペンアクトが秀逸です。私は正直この手の夢落ちアクトは好きではありません。然し、前回見た内容よりも整合性が出来ていて、一つ一つのエピソードが客観的に納得のできる筋運びになっていました。ルンペンと高重自身が重なり合って行き、共感を呼ぶのです。

 お金の出る世界が実は夢で、夢から覚めた時にすべてを失って、寂しく終わって行くのですが、今までと違うのは、悲しく寂しい終わり方は同じでも、何も持っていなくっても夢を見ている人生は素晴らしいと思えることでした。貧しくても、底辺に生きていても、極上の夢を再現できる人は素晴らしい。そうした姿が、今回初めて伝わりました。

 それゆえに、この演技が、この日一番拍手が多かったのです。いいものを見ました。但し、お終いのザ・エンドは不要です。素人芸に見えます。

 

 お終いは、ジョニオがトリを取りました。得意の髭からコインのアクトです。彼が紆余曲折の末に到達した世界です。独自の演技で上手さが伝わって来ます。全体を見終わった感想は、どれも大きな感動はありませんでした。然し、マジックの演技の数と言い、内容と言い、素晴らしいバランスでした。「あぁ、これで十分なんだな」。と納得させる内容でした。

 私は、カード当ての次にまたカード当てが来るクロースアップショウが嫌いで、そのため、余りクロースアップは見ないのですが、今回、90分の中でカードを使ったのはたったの一度、それ以外は、様々なマジックによってストーリーが展開されて、少しも退屈することがありませんでした。上手いまとめ方です。

 これだけ質の高いショウであるなら、もっともっと、一般の若い親子連れが自然に入って見られるような、公演場所が出来たなら、どれほどいいかと思います。何とかそうしたショウが東京で定着して、マジシャンが多くのマジックファンを作って行けるようになったなら、素晴らしいと思います。

 何にしても、私自身の人生の内には、安定したクロースアップ何て日本で見ることは不可能だろう。と思っていましたが、そうではなかったことに驚きを感じました。日本の芸能のレベルは、相当に高いと感じさせました。

 ショウが終わって、少しジョニオさんと、高重翔さんと話をしたいと思いましたが、すぐ後に仕事がありましたので、急ぎ退散しました。二人はともに山口県出身、現在も山口在住、数年のうちにクロースアップの世界の核になって行くでしょう。久々クロースアップマジックを見て楽しいと感じました。

続く