手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

THE MAGIC 日本一決定戦

THE MAGIC 日本一決定戦

 

 7月30日にテレビでマジック番組がありました。深夜12時ころ、偶然テレビを付けたら始まったのでおしまいまで見ました。出演者も審査員もよく知っているマジシャンばかりで、しかも久々に見る演技でしたので、楽しく拝見しました。

 ジャンルの違うマジシャンを5組集めてその中から一位を競うと言う企画。審査基準は、演技構成、オリジナル、テクニック、ショーアップ、それぞれ25点で合計100点満点。審査員はヒロサカイさん、キラさん、引田天功さんの三名。

 

 一本目の才藤大芽(さいとうたいが)さんは、名前を改めて心機一転。ケージボックスからの出現、鳩出し、お終いがクロースアップで金魚出し。いろいろバラエティに見せました。

 

 二本目はバーディーさん。腕時計の時間当て、スケッチブックの霊視、両方とも不思議です。ゲストが何で霊視が出来るのかと質問すると、「これは僕の得意技です」。と言ったのは面白かった。ごもっともです。

 

 三本目は高重翔さん。ルンペンに扮してマイザースドリーム。お金やお札が出てくるマジック。

 

 四本目はアルスさん。オイルアンドウォーター。おなじみの演技。然し,奇麗に演じていて、技法が感じられません。ラストのデックが赤と黒に揃ってしまうのも鮮やか。

 

 五本目は田中大貴さん。名古屋で活躍するイリュージョニスト。いきなりヘリコプターの出現から、ケージボックスで次々に5人の美女出現。胴切り、足だけの美女。スパイクボックス。お終いは水槽脱出。5分間にこれだけのイリュージョンを走り抜けます。日本でここまでできるイリュージョニストはそうそういないでしょう。

 

 審査員の天功さんは全員に90点以上を付ける大盤振る舞い。女神のような優しい人です。キラさんは少し内容を精査して、細かく点を付けているようです。総体が80点以上を付けました。ヒロサカイさんが一番厳しく、ほとんど70点代。と言うことは、ヒロサカイさんが誰か一人に高得点を付けたなら優勝と言うことになります。すなわち、キーマンはヒロさんです。

 結果はアルスさんが優勝。最も地味な演技であるオイルアンドウォーターが優勝をさらいました。

 

 別段遊びでやっている番組ですから、私がとやかく言うことではないと思いますが、審査されて落ちた仲間のマジシャンの気持ちを代弁して言うなら、確かにオイルアンドウォーターは不思議ではありますが、ショーアップと言う点ではおよそショウとしての見栄えのしない演技です。しかも演技構成と言う点でも、手順を順々にこなす演技が演技構成とは言えません。ポエムもなければストーリーもありません。四つの採点基準に沿って審査した結果がオイルアンドウォーターと言うのは審査員の判断が未熟です。

 5組の中では、アルスさんも、バーディーさんも、イフェクトの不思議にのみ焦点を当てて見せています。「不思議であるか否か」が全ての演技です。この番組のタイトルが、「不思議さ日本一」と言うコンテストなら優勝もあり得るでしょうが、演技構成や、ショウアップをかなりの点数にしているなら、初めからこの二組は選外です。番組の審査基準から外れています。

 不思議さと言う点ではバーディーさんも同等に優れています。ただ、軽く演じてしまうためにお客様もリラックスして、流して見てしまうのかも知れません。恐らく生の演技を見たなら、出演者の中で一番沸かせるマジシャンはバーディーさんでしょう。

 

 演技構成とショウアップと言う点で見たなら、大芽さんはいろいろ工夫が見えて、面白く演じています。ただ、あれこれやり過ぎてまとまりが付かなかったように見えます。

 演技構成がきっちり作られているのは高重翔さんでしょう。まず、冒頭のコインが一枚二枚と出る所は超絶に美しく演じられています。これでどうして優勝しなかったのかと考えるなら、これほどきれいにコインを産み出せるルンペンが、なぜルンペンをしていなければならないのか。と言う疑問が残る点。

 それと、夢だから消えたのだとしたら、どこから夢が始まったのか、どこで夢が終わったのか、なぜ途中でオルゴールが動かなくなり、なぜそこで夢が潰えたのか。たまたまオルゴールが動かなくなったから夢が消えたのか、よこしまな考えが心をよぎったからオルゴールが壊れたのかのか。

 そこの心の変化が伝わりません。心理描写は演劇なら最も大切な部分ですが、それが少々曖昧なままでも演技が進行してしまうのは、マジックがタネで進行しているからです。

 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の如く、純粋な心に対して救いの手を差し伸べてもらったルンペンが、金を得るとたちまち邪心が芽生え、欲にかられ、慢心する。その瞬間、仏心(ほっしん)が消え去って、元のルンペンに戻る。と表現したなら、堂々の優勝だったと思います。

 

 同様に大貴さんです。派手で豪華なイリュージョンを5分で見せるのは贅沢で豪華です。あれだけのスピードでこなすには相当に練習を積まなければできないでしょう。然しイリュージョンの欠点は、肝心な部分を壁で隠してしまうことです。箱の中、カーテンの中だけでことをするのが、見ている観客にはストレスが溜まります。

 演技のどこかで現象が変化して行く過程を目視できるような部分があると、「このマジシャンはマジックの不思議をこんな風にとらえているのか」。と不思議の捉え方が伝わります。出現でも、消失でも、ゆっくりビジュアルに変化が見えると、マジシャンの不思議に対する見識が理解出来て、本物のマジシャンになります。

 恐らく、こうしたジャンルの違う5組のマジシャンを審査するときは、よりビジュアルに不思議を作って見せられるマジシャンがいたなら優勝するのでしょう。

 

 マジックの番組がすっかり見なくなってしまった昨今、何とかこうした番組が残ってくれたならありがたいと思います。年に一度でも継続するならまた一ファンとして見たいと思います。

続く