手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

行列

行列

 

 商売をする者にとっては、店を開ける前からお客様が行列を作っていて、開店と同時に客席が一杯になる。と言うのは気持ちのいいものでしょう。一日営業していて、常にお客様が並んでいると言うのは理想的な商売です。

 私の家の前のラーメン店、山ときも、そうした店の一つです。大混雑はしていませんが、常に表に5人10人が行列を作っています。昼から夕方にかけての営業しかしていないため、100杯も売れたら店じまいです。一人で作るとなるとそれが限界だと言っていました。

 稼ごうと思えばもっと商売すればいいのですが、麵から、スープから、チャーシューからすべて自分で作っているため、一日100杯が限界なのだそうです。若い弟子を入れたらどうか、などと話しているのですが、実際やってくる若者は、仕事が余りに大変なのを見て、すぐにやめてしまうそうです。簡単には稼げないのです。

 

 浅草では、私が良く行く並木の藪などは常に行列です。「入りたいなぁ」、と思うときは、4時半ころに行くと行列が途切れている場合があります。その時間になると、蕎麦好きの年寄りが酒を飲みながら板わさなどでしみじみくつろいでいます。こうした空間は明治のころからあまり変わらない江戸の世界じゃないかと思います。天抜きなどで樽酒をやると、あぁ、今も、東京に残る江戸の世界だなぁ。と思います。

 亀十のどら焼きも大行列です。これも時間によっては行列が途切れている時があります。そんな時は土産に6つ、8つと買って行きます。幾つ買っても紙袋に入っているところが下町のおやつです。少し水気のあるあんこが特徴で、外側のパンケーキが大ぶりなのが下町のおごりです。但し、値段が430円と言うのは、ずいぶん強気です。

 

 天ぷらのまさるに至ってはもう並ぶ気もしません。いつ見ても大行列です親父さんと息子さんで天ぷらを揚げていますが、いくら儲かってもこれほど毎日天ぷらを作り続けていては、足腰が悪くなるのではないかと思います。

 体中に胡麻油の香りが染みついてしまって、道を歩いていても職業がばれるほど胡麻の薫が強いのではないかと思います。私も余りの長蛇の行列は苦手です。並ぶのが嫌なため、何年も食べていません。

 天ぷら蕎麦の尾張屋もいつも行列を作っています。天ぷらが大きいと言うこと以外は普通の蕎麦屋さんなのですが、人気があります。でも並んで食べるほどではありません。天ぷらもいいですが、おろしそばがうまいと思います。

 洋食のヨシカミも何年も行っていません。ここはハヤシライスとか、とんかつを褒める人がいますが、私が一番うまいと思うのはポークソテーです。肉の柔らかさとソースのうまみは忘れがたいものがあります。でもいつも行列ですから行きません。

 

 おでんのお多福にも行きたいと思いつつ、結局行く機会を逃してしまいました。残念です。でもまだ機会はあります。あそこは浅草からは少し離れていますから、行く気で行かないと、その場の思い付きでは決断が出来ません。何とか近々出かけようと思います。

 千住の尾花も千住と言う飛び離れた土地と、あの大行列に耐えなければならないため、どうしても足が遠のきます。行けばいいうなぎが食べられることは分かっているのですが、最低で1時間待ちというのが何とも苦痛です。あの線路沿いの愛想のない道にじっと並んでいるのはどうにもつらく、だからと言って、千住まで行ったら他に入る店も見当たらないので、やむなく並ぶ以外ありません。

 身の分厚い、しかも飯が見えないほど大ききな鰻で、辛めのたれのかかった蒲焼は、たまに夢にまで出た来ます。それに鯉の洗い、鯉の刺身を水で晒し、油気を半分落とし、氷の上に載せて出て来ます。これを酢味噌で食べるのはたまりません。

 特に夕方5時ころから、鯉を肴に常温の酒を流し込むのは贅沢の極みです。「あぁ、世間の勤め人はまだ仕事をしているんだろうなぁ」。と思いながら、一足早くいい気持ちになって行くのは幸せです。私は、尾花でもない限り鯉の洗いを食べることはありません。川魚は夏の鮎以外先ず食べることはないのです。しみじみさっぱりとしていながら、分厚い鯉の身を楽しみつつ、今か今かとうなぎの焼けるのを待つ時間と言うのは、恋焦がれた人を待ち続ける思いと等しく、こんな幸せなときはありません。

 

 さてこうして考えてみると、人が多すぎるが故に入れない店がほとんどです。コロナのころはお客様が少なかったため、並木の藪でも、野田岩の鰻でも、大概入れたのですが、今はどこも行列で、どうにもなりません。してみると、コロナは全く迷惑でもなかったのかな、と思います。適度に店がすいていると言うのは、それなりに客の立場では有り難かったのだと気付きます。

 

 浅草などは、若い人でも着物姿で歩いている人がたくさんいます。いい傾向です。このままこの人たちが日本文化の理解者となってくれたなら有り難いのですが、今一つ、私の舞台活動と、若い着物ファンがつながりません。着物を着て手妻や落語を見る会などできたらいいと思います。その上でうなぎなり、蕎麦なり、寿司なりを食べに行けたら最高でしょう。そんな企画を立てて見ようかと思います。アゴラカフェもいいけども、やはり私は日本文化の案内人になりたいと思います。

続く