手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

店じまい

店じまい

 

 先週浅草に買い物に出かけました。一つは、大成の木札を作るために看板屋さんへ行きました。長さ14センチ、幅4センチの小さな木札です。藤山の名前を付けた門弟を並べている名札掛けがあります。二階の応接間に飾ってあります。それまでは前田将太と書いてあったものを名札掛けにかけてありましたが、藤山大成に改めたために。新たに彫ってもらいます。

 合羽橋の通りを少し入ったところにある看板屋さんです。ここは大きな彫の看板を手掛けています。文字を金文字にしたり、墨文字にしたりして、昔ながらの大看板を作っています。昔だったら、看板屋さんは彫だけをして、文字は墨文字屋さんに頼んだり、金箔屋さんに頼んだりしていたそうですが、だんだん墨文字を書く人が減ってしまい、仕方なく看板屋の奥さんが墨文字を書いているそうです。金箔屋さんもいなくなって、困っているそうです。

 ついこの間まで普通に働いていた職業の人たちが、リタイヤして、その先は跡継ぎがいなくて廃業して行きます。和傘も履物屋さんも、組紐屋さんも、塗師屋さんも、だんだん人がいなくなっています。そんな話を聞くと、私が依頼している道具類はこの先どうなるのか心配になります。

 その後、西山漆器に行くと、店は人が殆ど入っていません。漆屋さんも景気が悪いのでしょうか。ここもいつかなくなるようだと困ります。確かに日常漆の器はめったに使いません。みんな漆に似せたプラスチックの容器に変わっています。漆の器は需要がないのでしょうか。

 いろいろ心配して、浅草の浅草寺さんの脇にある扇子屋さんに行きました。驚いたことに、扇子屋さんは、店ごとすっかりなくなっていました。店が取り壊され空き地になっています。驚きです。三か月前まではお婆さんと娘さんとでやっていた店です。踊りの小道具と扇子を売っていたのです。今や民謡や、新舞踊などは流行らないのでしょうか。ここの店は、純粋な日本舞踊の扇子でなく、何とも浅草らしい怪しげなデザインの扇子ばかり飾られていました。そんな店ももう見られなくなってしまいました。

 あの如何わしさ、あの中途半端なデザインがマジックにはちょうど良く、面白かったのですが、ああしたものはもう作られないのでしょうか。そう言えば半年前に、人形町の日本舞踊の扇子屋さん、京扇堂が店を閉めていました。あそこは長唄や清元などの舞踊の扇子でいいものがたくさんありました。あそこを閉めてしまってはこの先良い扇も手に入らなくなります。日本舞踊の生徒さんが減っていると言う話はよく聞きます。それにしてお扇子の店があちこちで閉店してしまっては、日本舞踊のお師匠さんはこの先一体どうするのでしょう。

 

 その日は、なじみの店が消えてしまって一日中ショックでした。帰り際に尾張屋で天せいろうを食べました。ここは私の子供の頃と少しも変わっていません。時々私の親父が連れて来てくれました。蕎麦のどんぶりの上に大きな海老の天ぷらが乗っていることで有名で、天丼にしろ、天ぷら蕎麦にしろ、丼からはみ出した大きな海老が乗っている姿が、子供の食欲をそそりました。

 天せいろうの天ぷらは皿の上に乗っています。食べやすく四つに切ってあります。蒸籠のそばを食べつつ、時々天ぷらをつまんでそばつゆに付けて食べます。上の天せいろうは大きな天ぷらが二つ並んで出て来ますが、並は一つだけです。

 見た様は上の天ぷらの方が威勢がよく、大きな天ぷら二匹を食べたらさぞやうまかろうと思います。こどものころは、「いつか稼いだら上の天ぷらそばを食べてやろう」。と思っていましたが、いざ稼げるようになったら、油物を取り過ぎてはいけないと言うことになり、矢張り海老は一つだけしか食べられません。うまく行かないものです。

 

 墨東奇譚を書いた作家永井荷風が、毎日のように昼に尾張屋を訪れて天丼や天ぷら蕎麦を食べていたそうです。この作家は、尾張屋で食事を済ませると、ストリップ小屋に出かけ、途中、セキネの焼売を買って楽屋に行き、ストリップの女の子に囲まれて焼売や小遣いを渡すのが楽しみだったようです。尾張屋の店にはその頃の永井荷風の写真が飾られています。下町の性風俗を書いた永井荷風の私生活は、小説そのものだったようです。

 せっかく浅草まで来たなら、蕎麦なら並木の藪に行けば良さそうなものですが、三度に一度は尾張屋に行きたくなります。子供の頃の思い出が忘れられないからでしょうか。このところ、浅草に行っても一度で買い物が出来なくなり、目的が達せられないことが多くなり、歯がゆい思いをします。知り合いも徐々に減って来ました。この先私の欲しいものはどうやって手に入れようか、などと思案しながら尾張屋の大きな天ぷらを頬張ります。味は昔と変わらないのだけれど、何となく寂しい思いがします。 

続く

 

 明日はブログを休みます。

 

 11月6日、アゴラカフェを再開します。出演、藤山新太郎、ケン正木、和田奈月、藤山大成、12時から、お食事付き、5000円。子供3000円。

お申し込みはアゴラカフェへ。03-6262-6331