手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

東京電燈株式会社

東京電燈株式会社

 

 このところの電気料金の急激な値上げで、電気会社に対する不満が上がっています。実際、幾ら不満を言っても、我々が電気を使わないと言うことは出来ません。又、他の電力会社に切り替えると言う選択もありません。つまり、幾ら不満があっても、今流れて来ている電気をそのまま素直に使うほかはなく、使えば電力会社の決めた金額を支払うほかはないのです。

 電気料金と言うのは、まったく一方的な契約になっています。何とか利用者が別の電力会社を選択することはできないのでしょうか。実はそれはそう大変なこちではなく、電力会社を選ぶことは可能です。

 実際に今現在でも、例えば電力会社同士では電力の貸し借りを行っています。東京電力などは、真夏のピーク時に、都内の電力がひっ迫するとなったときに、東北電力や、中部電力から電気を借りています。電線は日本中張り巡らせていますから、そこから隣の電力会社に頼んで電力を分けてもらうことは難しいことではありません。

 それが可能なら、例えば私が、東京電力は電気代が高いから、東北電力から電気を使いたい。と言えば、東北電力の電気料金で電気を使うことは出来るはずなのです。然し実際には東京電力はそれを認めないでしょう。「業務が煩雑になるから」。とか言って、嫌がるはずです。然しこれは決して繁雑な業務ではありません。

 同じ行為は銀行が普通に行っています。三井銀行から住友銀行に5万円送金する、などと言う行為は日常行っています。送金と言うのは、実際に、三井銀行の行員が住友銀行に現金を持って行ったりはしません。すべて帳簿の上で決済をします。つまり送金とはいいながら、現金は動かないのです。信用で貸し借りをしているだけです。

 そうなら、単純な事務手続きだけで煩雑な仕事はしていないことになります。電力も同じです。実際、どこの電力会社が作った電気かは誰も判別できません。数値の上で貸し借りをすればいいだけです。それならどこの電力会社でも出来るはずです。然しそれを電力会社はやりません。なぜか、電気料金の破壊につながるからです。

 電気は地域を独占するから儲かるのです。何社もある電力会社を各家庭が選択できるようになれば、価格の決定権は消費者に渡ります。そうなればこれまでの独占販売が出来なくなります。

 でもそろそろそうした独占経営は出来なくなるでしょう。地域を縛って利益を出す商売と言うのは斜陽産業につながって行きます。電力会社も同様です。

 

 電気が日本に来たのはいつのことでしょう。明治5年に京橋にガス燈が出来たときに、世間の人は文明開化の言葉を実感したはずです。何を見せるよりも、鉄道が走ったこと、ガス燈が灯ったことは人々に時代の変化を肌で感じさせたはずです。

 ただしこの時の明かりはガスです。電気が通じたのはもう少し後の話です。明治15年。東京電燈株式会社が出来ます。渋沢栄一が発起人となりました。

 そして明治20年日本橋茅場町発電所がつくられます。当時は火力発電所です。窯に火をくべて機械を駆動して電気を送電します。この時ドイツから仕入れた発電機を買ったことで関東は50hzになり、同時期に大阪はアメリカから発電機を買ったことで60hzになりました。今に続くhzの違いがこの時始まったことになります。

 世間の人は伝統の明るさに驚き、表通りの商店などはいち早く電気の契約をします。然し、実際の多くの家庭では、電気代は高価なため、とても電気の契約は出来ません。多くの庶民にすれば空しく商店の電燈を見ているだけだったのです。

 その後、品川電燈会社など、あちこちに電力会社が出来ます。当時の会社は規模が小さく、電気を送る範囲も、東京の区部のほんの一、二区ぐらいの発電量しかありませんでした。しかも資本が小さくて、燃料の石炭を買ってくるのも一苦労で、燃料代が足らないために、商店から電気代を前借して石炭を買ってくるなどしていたようです。

 当時の電燈にはスイッチがありませんでした。電燈はつけっぱなしで、朝になると電力会社が窯の火を落とします。そうすると自然に電燈が消えます。そして夕方になると、また、石炭をくべ始め、電気が灯ったのです。明治の子供たちは、表通りの商店に明かりが灯ると、「あぁ、電気が来たからもう帰ろう」。と言って遊びをやめて帰って行ったのです。

 当時の電気料金は、一燈幾らで計算されていて、裕福な家では二燈三燈と電燈を使っていましたが、各家庭ではメインのお茶の間に一燈灯すのが精いっぱいで、トイレに行くときはまだ行灯を持って蝋燭灯りで用を足していたのです。

 

 その後昭和に至って、電気の需要は大きくなり、電燈会社も統合されて、巨大な電力会社が出来て来ます。

 一時期、ソーラーパネルが普及したときに、電力を各家庭が電力会社に販売すると言う方法が珍しく、電力は買う時代から売る時代になるなどと騒がれたのですが、屋根に着けるソーラーパネルでは電力の力は弱く、しかも費用対効果が余りに釣り合わないために、今では下火になってしまいました。ソーラーパネルがもう少し効率よく稼働すれば、いい時代が来たと思いますが、何事も天気次第では当てになりません。

 

 昨今の電気の値上げの原因は明らかで、石油産出国のロシアが戦いをしているために、石油価格が高騰しているのです。同様に、小麦などの穀物輸出国のウクライナがロシアに侵攻されているため、小麦の価格が上がっています。小麦が値上がりすれば、人が食べる食パンや、動物の餌が手に入りにくくなり、牛も豚も鶏も高騰します。電気と小麦を使って育てている養鶏業者などはもろに物価の値上げをかぶってしまい、卵も値上がりするわけです。

 ロシアとウクライナが戦いをすると言うことは、実は世界を揺るがすほどの危険な行為なわけで、このままでは世界中が大恐慌に至ります。日本では、「卵が30%も値上がりして困ったわ」。などと言っていますが、それはまだ平和な話です。

 世界ではその卵が全く食べられないような事態に陥っている国すらあります。まともに小麦を輸入できない国ではどんどん子供たちが栄養失調で命を落としています。大国同士の争いが、小国の小さな命を奪っているのです。常に被害は弱いもの、小さなものにかぶさって来るのです。

 今月末のウクライナの巻き返しがどこまで行くのか、ウクライナがドイツ、イギリスから借り受けた戦車軍団がどこまで活躍するのか注目しています。然し、頑ななプーチンさんの態度を見るにつけ、和平への道は困難なことになりそうです。

続く