手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

終活とマジック

終活とマジック

 

 一昨日事務所にアマチュアマジシャンの方から突然電話が来ました。内容は、「今まで続けていたマジックをやめることにしました。ついてはマジックの道具をすべて処分したいと思います。でも捨てるのは惜しいので、全部もらってくれませんか」。と言うものでした。

「どれくらいの量がありますか?」。「スーツケースで4つくらいです」。「内容はどんなものですか?」。「シルクや、ロープ、トランプ物、小さな箱ものなどいろいろです」。「引取りの条件はどんなですか?」「送料だけ引き受けて下されば結構です」。「それでは全部いただきましょう」。と言うわけで、中身もわからないまま、不用のマジック用具を引き取ることにしました。

 相手は女性で、趣味でマジックをしてきたそうです。話の流れから想像するに、マジックショップで販売しているような、ごく一般的な素人向けのマジックの小道具がほとんどのようです。このところこうした依頼を頻繁に受けます。

 私の私のところでは習っている人もいますので、その都度、使える道具は、安価な値段でお分けしています。家族のお父さん、お母さんが趣味でやっていたマジックが、ご当人が亡くなったために、マジックの愛好家に譲りたいと言う話はよく来ます。子供たちは誰も興味がないので、捨てようかと思っていたものを、クラブなり、愛好家が生かしてくれるなら。そっくり譲ると言う話です。

 捨ててしまうよりは人の役に立つなら、その方がいいと思いますが、なかなか芸能には相性がありますから、果たしてどこまで役に立つものかどうか。それが昨日私の家に届きました。

 スーツケースと言っていましたが、実際は押入れ用の引き出しケース4つが届きました。内容は、それぞれきれいに整理されていました。シルクマジックはシルクマジックとしてひとまとめにされていて、解説書、シルクも細かく箱に納まっています。

 ロープマジックも、カードマジックも整理が出来ています。持ち主は几帳面な人なのでしょう。道具はどれもきれいで、手入れが出来ています。人に譲るものが、しっかり管理されているのは気持ちのいいものです。充分使用に耐えます。ケースごとそのまま倉庫に収めておいてもいいくらいです。

 但し、ほとんどがアマチュア向けのプラスチック物で、比較的新しいものです。余り練習を要さずに、簡単にできるものが多く、この種の道具は、アマチュアのマジックラブに所属している人で、高齢者の人が良く持っているものです。さてこれがどれだけ役に立つだろうか、と考えると、案外欲しがる人は限られていると思います。ちょっと拝見しただけですが、残念ながら70%、いや80%は処分かな。と思います。

 道具にはそれぞれ思い入れがあって、所有者にすれば、どれも宝物のはずです。それをあっさり捨ててしまったり、人に譲ってしまうのは勿体ない話です。でも、人生を送って行くうちにはいずれは手放さなければならないわけです。

 

 そうであるなら、生前から、何と何を誰それに譲る。と言うことをはっきり決めておいて、譲り先が家族にもわかるように、道具に住所まで書いておくと良いと思います。アメリカでは、たとえばオキトのコレクション(19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したマジシャン、扮装は中国式で、道具も漆塗りなどを使って、凝った造りになっていました)。などは求める人が多く、現在でもとても高価な価格でやり取りされています。

 世界中でも、オキトファンは別格で、オキトの小道具を、誰が誰に譲ったかも、オキトファンにわかるように情報がやり取りされています。同様に、サーストンの大道具や、チン・リンスーの道具など、手放す人が出るとたちまちに情報が流れ、高価で買い取る人が現れます。

 日本でも、例えば、天一や、天勝、石田天海などの所有していた道具や書などがあれば、かなり高額で取引されるはずです。残念なことに。多くの場合、道具も書も、知らず知らずに処分されてしまいます。私も天一、天勝の小道具や書があれば買い取りたいと思います。柳川一蝶斎の道具や書なども出てくれば、それはもう大珍品です。何としても購入したいと思います。

 

 そこまでのお宝は出ないとしても、いい道具があれば興味の人はたくさんいます。出来ることなら、ご家族に、この道具の譲り先をしっかり伝えておいてください。又、ラスベガスで見たショウのパンフレットにマジシャンのサインがしてあったりするものは、得難いものですから、是非とも保管しておいてください。

 最近はネットオークションなどもありますので、そこで情報を流せば、多少の金額にはなると思います。ぜひごみになさらないようにしてください。

 

 3年ほど前のことですが、高円寺の古書店で、奇術研究が、ひとまとめにしてごっそり売られていました。よく見ると同じ号が何冊もあったので、恐らく、版元の力書房が倉庫から出てきたものを処分したと思われます。私はそれを見て、そっくり買い取りたいと思いましたが、一冊300円で売られていて、恐らく300冊以上あったでしょう。

 但し、全巻揃ってはいません。売れ残ったものが倉庫に溜まっていたのでしょう。20冊、30冊と同じ号があるかと思えば、飛び飛びの号が置いてありました。全部買い取りたいとは思いましたが、散歩中で、手持ちの金がありません。それでも1万円分くらい買いました。

 あの時、私がたまたま古書店の前を通りかかったから、気付いて買いましたが、通らなかったら恐らく買い手もなく、ごみとして処分されたでしょう。どんなものでも価値があるか否かは紙一重です。分かる人が見なければ価値は伝わらないのです。

 

 昔、バッハが亡くなった後、バッハの譜面を紙くずと勘違いして家族が売ってしまい。その譜面を近所の肉屋が買って、肉を買った客に譜面でくるんで肉を渡していたそうです。たまたまシューマンだったか、高名な作曲家が通りかかって、バッハの譜面と気付き、包装紙にしていた譜面をすべて買い取ったそうです。バッハと言えども価値を知らない人には包み紙にしか見えないのです。

 マジックに愛情があるなら、どうか、その価値を家族に伝えておいてください。少しでも理解のある人に譲ってあげて下さい。どうにも受取先がないなら、私が引き受けます。でも、私も何でも引き受けることはできないのです。

続く

 

 今日、18時30分から、座高円寺でヤングマジシャンズセッションがあります。相当に内容のいいマジックショウですので、ご興味ありましたらお越しください。当日券、S席6000円。A席5500円。S席はわずかです。A席はまだございます。 私もこれから座高円寺に入ります。では、舞台でお会いしましょう。