手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

当たるも八卦 1

当たるも八卦 1

 

 当たるも八卦(はっけ)当たらぬも八卦とよく言いますが、何のことでしょう。八卦とは、占い師が持っている棒、筮竹(ぜいちく)のことで、それぞれ三種類の異なった模様が書いてあります。この棒を6本持ち、パラリと放ることで出た目を占います。全部で六十四通りあるそうです。その文様を眺めて、いろいろなことを占います。

 相撲の行司さんが立会前に、「八卦よい残った」と言いますが、八卦が良いと言うことを言って、勝負を促しているわけです。

 韓国の国旗に、真ん中の巴の周りに、何やら模様が並んでいますが、あれが八卦です。きっと縁起のいい八卦が書かれているのでしょう。

 

 ところで、占いと言うのはどこまで当たるのでしょうか。

 私が思うに、手相と人相はかなりの確率で当たると思います。トランプ占い、星占い、干支占い、名前の画数占い、これらはほとんど信憑性がないと思います。

 その理由は、人相や、手相には、既に成功した人、いい人生を経験した人などの実績をベースに因果関係を割り出しています。そこへ加えて、昔からのデーターを総合して、判断すれば、かなりの確率で当たるだろうとは思います。成功した人の人相、手相を調べて、何が凡人と違うのかを調べることで、成功を見つけ出すことが出来ます。それは、実際に成功例を見て語っているわけですから、確率は高いはずです。

 しかし、例えば、星占い、干支占いはどうでしょう。同じ日に生まれた人がみんな成功するでしょうか。スターになった人と同じ日に生まれたとしても、スターにはなれません。スターは常に少数です。そうなると、生まれた日にちで人の性格を判断するのには無理があります。

 同様に画数です。世の中に鈴木一郎と言う人は山ほどいます。然し、野球界で成功して、大きな稼ぎを上げた鈴木イチローはただ一人です。他の鈴木一郎は何をしていたのでしょうか。真面目に働いていたとは思います。然し、巨万の富は得られなかったのです。なぜかと問われても答えは出ません。

 例えば、かつて総理大臣だった、吉田茂さんと同じ名前の人はたくさんいたはずです。然し、総理大臣の吉田茂さんはただ一人です。他の吉田茂さんは何をしているのでしょうか。総理大臣になれなくても、みんな何らかの成功をして、大きく名前を上げたでしょうか。決してそうではないと思います。同じ名前であっても成功者はわずかです。

 そもそも、字画数の占いは、かなり矛盾に満ちています。と言うのも、字画と言うものを、どの時代で判断するのかが曖昧です。現代文字で数えるのか、旧字で数えるのかで画数が変わります。「花」と言う字は現代では七画ですが、戦前までは、草冠が真ん中で分かれていましたので、漢字の十と言う字を二つ並べたものが草冠でした。そうなると花は八画になります。更に昔は、艸と書きましたので、これだけで六画です。花と言う字は十画になります。七画が正しいのか、八画が正しいのか、はたまた十画が正しいのか、はっきりしません。画数が一字違えば運命が変わるのに、その画数が曖昧です。そうなら字画の占いはあまり当てにはならないと思います。

 

 そうであっても人は占いに頼ろうとします。それだけ生きて行くと言うことは雲をつかむようなもので、いくつになっても、いつまで経っても確実なものは手に入らないのです。今成功していたとしても、いついきなり落ちるかも知れません。大金を掴んでも、交通事故で命を落とすかもしれません。自分は元気でも、女房、子供が病気になることだってあります。

 何が幸せで、どうすれば幸せが長く続くかなんてさっぱりわかりません。どんなに大きな家に住んでいる人でも、立派な地位を手に入れた人でも、明日のことは誰もわからないのです。そうであるから、少しでも先のことを知って、悪い人生にならないように気を付けようとします。そのため、先が読める人、預言者をついつい信じてしまいます。でも確実に言えることは、人はどんな人でも先のことは分からないのです。

 

 先ほど、手相と人相はかなりの確率で当たると書きましたが、それでも確率の問題で、他の占いよりは、やや当たる可能性が高いと言う話です。いい人相をしていても貧しい人はいます。私の父親なんぞは、立派な福耳をしていて、布袋様のようにでっぷり太っていました。誰が見ても福相の人で、見かけは神様のような人でした。

 ところが、この神様が私の家に泊まりに来て、朝出て行く間際に「おい一万円貸してくれ」。と言って金をせびって行きました。無論、貸した金は返りません。多くは酒代や、競馬やパチンコ代に消えて行きました。

 どうせつまらなく使うに決まっていると思いながらも、一万円がないとは言いにくく、その都度貸しました。当時私は毎月、チームの従業員の給料を払わなければならず、又、建てたばかりの家のローンが重くのしかかって来ていました。私にとっては千円でも欲しいくらいだったのに、親父にかすめ取られて行く一万円は辛いものでした。

 それだけに、人相占いも、ある程度は信頼しているとは言え、世の中には、福の神の姿をした貧乏神もいることを身を以て知りました。羊の皮を着た狼とはよく聞きますが、福の神の格好をした貧乏神も確実にいるのです。他人なら追い出していますが、親父ではどうにもなりません。疫病神と諦めるほかはありません。

 と言うわけで、占いは信じることはいけないとは思いませんが、信じすぎては間違いが起こります。くれぐれも半ば遊びのつもりで、興味で占いを見たほうが良いと思います。日が悪いから今日は外出しないとか、方角が悪いからそっちには引っ越さないとか、家の方位が悪いからその家は買わないとか、余りに占いを信じ込んでことを決めると結果は人生を狭めます。何事も少し参考にする程度で、間違った方向に進んだとしても、あまり気にしないで行動する方がよいかと思います。

続く