手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

30日 天一祭

30日 天一

 

 10月30日、朝5時ホテルで起床。フロントに降りてお茶を飲み、タクシーを探します。荷物が私と弟子の大成と合わせて、スーツケースで3 つ、他にバッグが2つです。5時30分、タクシーに乗り、6時少し前に新大阪。駅の待合所に座っていると、ほどなくキタノ大地さんが来ました。待合所のすぐそばに穴子飯の販売店があります。開店前に弁当を店に運び入れています。穴子飯は久しぶりです。是非食べたいと思って三つ注文すると、6時30分からしか店が開かないと言われました。

 私らの乗る特急サンダーバードは6時34分発です。急ぎ買って、急ぎホームに行けば何とか間に合うでしょう。然し、スーツケースを持って走ったら間に合わないかもしれません。キタノさんが、「荷物を先にホームにまで運んでおいて、私が急ぎ買って来ますよ」。キタノさんの親切から、駅のホームで待っていると、やがてキタノさんが走って戻って来ました。「穴子飯は10時にならないと届かないそうです」。それを先に言ってほしかった。そうなら、他の弁当でも買えばよかったと思いましたが、キタノさんには別の弁当を買う判断が立ちません。万事休す、特急はやって来ました。

 特急で1時間半、8時10分頃に福井に到着。結局何も食べられませんでしたので、駅の蕎麦屋で三人でにしんそばを食べました。にしんそばなんて何十年ぶりでしょう。空腹と懐かしさでにしんそばを頂きました。

 タクシーで子供歴史資料館へ。毎年天一祭の公演の時には子供歴史資料館へ行き、ショウを演じています。毎年、天一祭前日の土曜日に子供歴史資料館で出演をして、翌日の日曜日に天一祭の公演をしています。

 今年から、大阪公演が二日間になりましたので、日程的に福井で二日取ることが難しく、午前中に子供歴史資料館に出演し、午後に天一祭の公演をすることにしました。少しハードな日程です。然し、私はこの催しを10年続けています。なぜならこの資料館には、若い親子連れがたくさん来るからです。

 私は、子供にこそマジックを見せたいのです。子供がマジックを見ると言うことが多くのファンを作ります。やがて、子供の子供がまた見に来ます。そうしてファンが増えて行くのです。私が子供のころに見た神社のお祭りのマジックは今も鮮明に記憶しています。

 初めに何を演じて、お終いに何をしたか、事細かに話せます。あの時の印象があるからこそ、今こうしてマジシャンをしているのです。そうなら、今、私が子供たちにマジックを提供しなければならないのは、巡り巡って私の務めです。会場は二階のホール。午前11時公演開始。1時間のショウです。

 一本目は大成の傘と羽根を使った手妻。大成は既に5年間、毎年福井に来ています。この小さな舞台ももう馴染みです。演技の後、披露目の口上を致しました。

 二本目はキタノ大地さんの鳩出し。改めて見ると鳩出しは子供に良く受けます。今更ながら鳩の威力を知りました。そして私の引き出しと若狭通いの水。若狭とは福井県のことです。本場の福井県で、若狭通いが出来ることは何かの縁でしょう。そしてサムタイ。サムタイは天一先生の得意芸でした。福井生まれの天一先生縁(ゆかり)の演技は欠かさずに演じています。

 およそ50人ほどの観客ですが、参加者は楽しみに来ています。こうした公演こそ大切にして行かなければいけません。

 

 急ぎかたずけて、13時に繊共ビル10階のホールヘ、ビル自体が建て替えになってから初めて使用します。会場は床がフラットで、仮設舞台になります。結婚式の会場のような作りです。照明器具を持ち込んで、何とか格好を付けます。

 このビルから大道りを挟んだ真向かいに天一先生の石碑があります。伝々さん、SORAさん、橋本昌也さんを連れて、天一先生の石碑を見に行きました。ところが、石碑は鳥の糞まみれで、余りに汚れていました。

 話に聞いたところでは石碑は汚れていないと言われていましたので安心していたのですが、これではいけません。これでは天一祭の名前が台無しです。一度会場に戻り、バケツとペーパーナフキンを持って、再度石碑に行き、洗い流しました。そうです、先ず第一に私がしなければいけないことは石碑をきれいに掃除することなのです。

 

 会場は13時30分からオープンし、ディーラーブースなどがあります。滅多にコンベンションを見る機会のない北陸の参加者には見る物珍しく良く人が集まっています。

 16時ステージマジックショウ開始。一本目はキタノ大地さんの鳩出し。そのままキタノさんが司会をし、二本目は天一祭会長の岡田透さん。三本目はサイキックkさんのメンタルマジック。四本目は橋本昌也さん。よく受けています。

 5本目は福井だけの特別ゲスト、十文字幻斎さんの催眠術ショウ。大変に珍しい企画ですが、お客さんは喜んで見ています。十文字さんだけで30分の演技ですので、ここで休憩。

 その後は、大成の披露目口上。藤山新太郎、大成、伝々、岡田透、キタノ大地、看板ゲストに5本並んでもらって祝辞を述べてもらいました。

 その後、二部一本目は、大成の傘出し。

 二本目は、SORA。北陸では生のSORAを見る機会がないらしく。反応は上々でした。

 三本目は、私の引き出しと、若狭通いの水。

 四本目は伝々。伝々も珍しい演技らしく、評判は上々でした。きわめてデリケートな演技で、しっかり構成されています。今や、手紙と鶴の組み合わせは、いろいろな形でアマチュアに真似されています。然し、彼の持つ演技にかなうものはいません。文句なくすぐれたオリジナル作品です。

 と言うわけで、第9回の天一賞は伝々に送られました。

 

 今回の公演で、大阪と福井を比べたときに、どっちがお客様にとって充実感を感じたか、と客観的に見て見ると、十文字幻斎さんが加わったことで大きく福井の舞台は明るくなったように思いました。マジック愛好家だけのショウではなく、仮にマジックに興味のない人が来ても十分に楽しめる公演になったと思ました。 

 十文字さんは、魔法使いアキットと同じく、一般客を引き付ける力を持っています。こうした人は貴重です。十文字さんと話をしていると、彼は小さなぬいぐるみを持っていました。何かと尋ねると、UFO キャッチャーでなければ手に入れられない十文字幻斎のぬいぐるみでした。そんなぬいぐるみを欲しがる人がいるのかと、思いましたが、メーカーが作る以上、欲しがる人がいるのでしょう。これもブームの力です。一般の観客にアピールする姿勢は並のマジシャンの判断の及ばないところです。

 彼の存在はマジック界に取っても素晴らしい貢献になるのです。十文字さんの威力を感じさせられました。その後、かたずけをし、特急に乗り、新幹線に乗り換え、東京の自宅に着いたのが深夜11時30分。長い長い一日でした。

続く