手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

マリックさんMHさん

マリックさんMHさん

 

 時々youtubeのマジックを見ます。しかし、そこに出て来る多くのマジシャンのことを、私は極力語るまいと心に決めています。語らないことが理性なのだと思っています。

 優れたマジシャンがたくさんいます。マジックを考える才能は飛び抜けた人がいます。私にできないマジックをする人がたくさんいます。到底私が戦える相手ではないと思います。でも私はそうしたマジックを語りません。

 それは「なぜ私が手妻をしているのか」と言う私のマジックの本質と深いかかわりがあります。今、動画で演じられているマジックの多くは、手妻の対極にあるのです。

 私は多くのマジシャンと争う気持ちはありません。争っても私は不思議さで勝てません。そして私が争う理由もありません。私が50年以上追求してきたことは、不思議の追求ではなく、芸能の追求だからです。マジシャンで生きようと、漫才で生きようと、ミュージシャンで生きようと、芸能が何であるかが分からなければ芸能界では生き残れないのです。

 芸能人として生きようと考えていながら、その答えを芸能に求めず、タネを求めて、タネに答えを見い出そうとしていては、芸能で生きることは困難になります。

 

 昭和が終わり平成になったころ、マジシャンは徐々に仕事の場を失って行きました。初めは単にバブルが弾けたからだと考えていました。然し、景気が復活して社会が安定して来てもマジシャンの仕事は増えては来ませんでした。単純な舞台でのショウの仕事は少なくなりました。変わってクロースアップが盛んになりました。然し、クロースアップもたちまち過当競争になり、マジシャンの仕事は厳しくなって行きました。

 その後、ネットで道具の販売、DVDの指導ビデオの販売が盛んになりました。マジシャンのタネの切り売りが始まったのです。然し、これも過当競争化して、DVDの価格はどんどん下がりました。元々マジックの指導ビデオはそう多く売れるものではありません。それが価格を下げてしまっては仕事として成り立たないのではないかと、他人事ながら心配になります。

 

 その後、youtubeでマジックの種明かし動画が盛んに出るようになりました。一度出たなら歯止めは効きません。何でもかでも種明かしが進みます。見ていると何人もの種明かしマジシャンが出て来て、ここでも過当競争化しています。こうした状況がいいわけはなく、離れて眺めているとマジックをする人が寂しい人たちに見えて来ます。

 

 話は変わって、たまたま見たマリックさんの動画で、ルービックキューブが四角い瓶の中に入ってしまう。と言う作品を見ました。マリックさんは若いマジシャンの前でそれを実演して見せました。それが台湾のコンベンションで公開されたもので、それを作者に連絡して教えてもらった。と話していました。

 演技は無理なく不思議に演じられています。新し物好きなマリックさんらしい演技だと思いました。

 ところが、別の動画ではこれをもう種明かししている人がいました。せっかく苦労して考案したアイディアをもう第三者が種明かしをしています。更に別の動画ではその道具の売り先まで教えています。つまり、実演と種明かしと、販売先までが三つの動画でほぼ同時に公開されているのです。今、情報はネットによって即座に世界中に伝わります。

 私は、「あぁ、ついにここまで来たか」。とため息をつきました。マジックを種仕掛けでしか見ない人たちが、ひたすらタネの興味に走り、その種の売り買いをネットでしています。これではマジックが少しも芸能として発展しません。芸能として熟成するゆとりがありません。マジックの末路がはっきり見えます。

 私はこうした人たちと離れて活動がしたくて、あえてDVDも、種明かしも、マジックのタネの話題にも触れて来ませんでした。この仲間に入って物を言えば、芸能芸術は語れなくなるからです。

 さらにマリックさんの番組の中で、MH さんが作品を披露していました。MHさんと言う人は中学生のころから作品が脚光を浴びて、ネットや一部のマジック界で騒がれていました。二枚のカードの貫通が有名ですが、そのほか、どれも一瞬の現象で、カードの色が変わったり、ダイヤの模様が消えて、素通しになったり、不思議な現象が続きました。

 今は高校生を終えてマジシャンの道に進むそうです。まだ彼がどういうマジシャンになろうとしているのかはわかりませんが、彼の演技を見る限り、演出を加えて自分の世界を作って行く、と言う演技ではなさそうです。ひたすら不思議を追求して行く人なのかなと思います。そうなら、マジックメーカーに入ってクリエーターとして生きて行くのがいいのかと思いますが、今こうして、種明かしだのパクリだのが横行しているマジック界で、クリエーターが正しく評価され、安定して生きて行けるかどうかは未知数です。せっかく才能のある人が出て来ても、周囲が才能をつぶしてしまっては、才能は生かされないでしょう。

 彼の演技に対してマリックさんが、「とても不思議だ」。と褒めつつ、「考えたらすぐに発表して、早く売った方がいい」。などと言っていました。動画の中で作品の売り買いの話をするマリックさんの考えに唖然としてしまいました。

 この番組を見ている視聴者は一般のお客様だと思いますが、そうした人たちの前で、作品の売り買いの話をするのはどんなものでしょうか。プロマジシャンなら、MHさんが考えた作品にたいして、「素材を素材のまま見せるのでなく、どう生かしたら不思議から幻想が生まれるのか、演出や味付けを真剣に考えたほうがいい」。と言うようなアドバイスをするのがプロの先輩だろう、と思いますが、マリックさんはそう言う人ではないのでしょうか。

 かつて多くの視聴者はマリックさんのハンドパワーを本気にしたのです。そこには夢の世界が存在したのです。まさか買って来たネタでやっているとは思わなかったでしょう。それを公表していいのでしょうか。

 せっかくMHさんと言う大きな才能を秘めた若い人が出てきた中で、テレビ番組の中で作品を金に換える話をしてしまうことが、今のマジック界の現実を見たようで、これで人が育つのか、マジックが芸能として存在を確立できるのか、何とも後味の悪い思いをしました。

続く