手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

三人の会

三人の会

 

 実は12日の夕方に、マギー司郎さんとボナ植木さんと私で久々呑み会をしました。通常、私のブログは一切写真もイラストも載せませんが、せっかくボナさんがメールで送って来てくれましたので、ここに貼っておきます。

 ただ三人が集まって酒を飲んでいるだけの写真ですが、私らにとっては思い出深い貴重な写真となるでしょう。私とマギーさんとは今年で50年になる付き合いです。私が17歳の高校生の頃、夏休みに大須演芸場に出演していた時に、マギーさんは愛知県のストリップ小屋でマジックをしていて、休みの日に大須まで見に来てくれました。それ以来50年の交友です。

 ボナさんとは、私が藤山新太郎を名乗る披露をした、22歳の頃に会っていると思います。それから数えても45年です。随分と長い付き合いになりました。

 マギーさんは「僕はねぇ、余りマジックの人と一緒に酒を呑んだりしないんだ。どっちかと言うとお笑いの人と話をする機会が多いけどね。マジックの人と呑んでも、僕は余りマジックのことを知らないし、話が合わないんだよね」。

 以前は年に一二度ずつ会って一緒に呑んでいましたが、この一年半くらいは会う機会がありませんでした。それでも私の主催するマジックショウに出演してもらったりして、毎年顔合わせはしていました。

 私「二年前に、座高円寺で三人で舞台をして以降、呑む機会はなかったよね」。ボナ「そうそうあの時、相棒(パルト小石)が病気になって、入院したんだ」。

 私「あぁ、そうでした。舞台で出演できなくなったって、ボナさんが釈明していたものね。あれ以来舞台は一人で演じているんだね」。ボナ「そうそう、それから去年の新ちゃんのリサイタル、あの時も出演していて、あの公演の翌日。相方は亡くなったんだ」。私「そうでした。マスコミなんかで放送されていたものね」。

 マギー「いなくなると寂しいよ」。私「長い付き合いの仲間だったからね」。ボナ「三人で新宿のアシベ会館で自主公演をしたよね」。マギー「そう、何回もやったよ。あれ新太郎さんが場所設定してくれてやってくれたんだよね。楽しかったなぁ」。

 私「そう、私は今でも自主公演を続けているよ。弟子や、若いマジシャンに場所を作って、舞台に出る面白さを知らせてあげたいんだ。その公演も、少しでも派手に、たくさん実力ある仲間を集めて、若い人が、力のあるマジシャンを近くで接して、いい舞台を直接見て、刺激し合うようにね、そうした人を紹介してあげたいんだよ」。

 マギー「僕なんか、新太郎さんのお誘いがないと、マジシャンと話をする機会がないからなぁ」。ボナ「マリック先生がいるでしょう」。マギー「あぁ、うん、まぁね。仕事ではよく一緒になるけども、こうして呑んだりしないよ」。ボナ「あの人酒飲まないもの」。マギー「そう、全然飲まない。いつでも下向いて、マジックのこと考えているよ」。私「呑んで気分転換、なんて考えないんだね」。マギー「ないよ、会っても面白い話なんて聞けないもの。呑んでいて楽しいのはこの三人だよ」。

 

 私「ところでマギーさん幾つになったの」。マギー「僕?、75だよ」。私「へーぇ、マギー司郎が75になるんだ」。マギー「なるのよ、わりと悩まずに75になっちゃったけどね」。私「いやいやもう75なんだ、早いねぇ」。ボナ「何言ってるんだよ、俺だって70だよ」。私「えーっ、70なの。ナポレオンも70かぁ。みんな爺いになったねぇ」。ボナ「新ちゃんはいくつになったの68?」。私「私は67」。ボナ「67かぁ、若いねぇ」。私「若くないよ、この中では若いけど、世間ではいい歳だよ」。

 マギー「でもみんな好きなことやってここまで来れたんだから幸せなんだよ」。ボナ「ずーっと仕事が続いてここまで来れたからね」。私「忙しかったよねぇ」。マギー「いい時代だったんだよ」。

 私「で、今はどうしているの」。マギー「毎日歩いているよ。家にいてもしょうがないから、体力作りに隅田川を歩いているんだ」。私「へーぇ、まじめに生きているんだ」。マギー「そう、あんまり乱れた生活もしていない。それより新太郎さん、糖尿病は大丈夫?。あまり飲み過ぎないでよ」。私「すいません気を使ってもらって、幸い数値はこのところ平常になっているんだ。人と飲むときでもハイボール三杯までと決めているから。ところで、ボナさんの飲み方がピッチが速くて、今見ていても私より飲んでいるよ」。ボナ「これで5杯目」。私「気を付けてよ」。ボナ「大丈夫、大丈夫。いつもはあんまり飲まないから」。

 

 マギー「最近のテレビあまり面白くないね。予算はどんどんなくなるしね、マジック番組があっても、種が見破れるかどうかみたいな、お客さんと勝負するような番組ばかり。演芸としての面白さなんてなくなってしまっているよ。予算はどんどんなくなって来ていて、番組もネタがないんだね」。私「大樹がテレビ番組で無理言われて、拒否して、やらなかったって言っていたよ」。ボナ「若いマジシャンが使い捨てになちゃっているよな」。

 マギー「ねぇ、僕ら三人でネットを立ち上げようよ。三人で何かやったら面白いんじゃない?」。ボナ「今からYoutuberになるの?」マギー「三人ならいろんなことできると思うんだ。結構受けると思うんだ、俺たちがやれば」。私「マギーさんは若いよねぇ。まだ新しいことをしようと考えているんだ。偉いねぇ」。

 マギー「テレビはもう限界に来ているよ。この先はネットで生きるしかないと思うんだ。どうしたらいいかは僕もわからないけども、何か三人でやって行けば出来て来ると思うんだよ。ね、だから一緒にやろうよ」。

 こうして三人はイタリアンレストランでカルパッチョを食べながら、アルコールを呑んで未来を語るのでした。

続く

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マギーボナ藤山