手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

本駒込界隈

本駒込界隈

 

 私の踊りの師匠、藤間章吾先生は、本駒込に稽古場を持っています。お婆様、お母様、ご当人と三代踊りを指導していますので、随分長く稽古場を続けているようです。場所は、本郷通りにある吉祥寺と言う大きなお寺の向かいの路地を入ったところにあります。

 吉祥寺は、中央線の吉祥寺と同じ名称です。江戸の大火の際に一時期中央線の吉祥寺に引っ越しをしていたと言うことで、そのあたり一帯がいまだに吉祥寺になっています。 今では、吉祥寺の名前は中央線に取られてしまった様な状態ですが、大火後また元の場所、つまり本駒込にに寺が戻ったため、ここ、本駒込の吉祥寺が大本です。従って、吉祥寺駅周辺に吉祥寺と言う寺はありません。

 このお寺はとても大きくて、中をいろいろ歩いてみるとそれだけでブログが3回ぐらいは書けます。然し、今回は、お師匠(おっしょ)さんの家から裏通りを歩いて白山上に行く道をお話ししましょう。

 この周辺は大変道が発達していて、本郷通りは吉祥寺を過ぎて南下すると東大の校舎が見えます。古めかしい建物も多く、大きないい通りです。本郷通りの一本南は旧白山通りが通っています。東洋大学などはすぐ近くです。

 本郷通りの一本北には不忍通りが通っています。これも昔ながらの大通りで、昭和初年の雰囲気の漂ういい通りです。不忍通り本郷通りを縦につなぐ道は言問(ことと)い通りと言い、谷中に抜け、そのまま浅草の裏を通って言問橋に通じています。「いざ事問わん都鳥」の言問いです。

 言問い通りは東京大学の校舎を二つに分けていて、間に緩い坂道になっています。両側が東京大学のレンガ塀ですので、坂は昼でも薄暗く、人力車にでも乗って道を下ったら似合うような細い道です。言問い通りが本郷の坂を下ると、そこは根津の繁華街につながります。

 根津、谷中、千駄木は、「やねせん」と言って、今は東京の下町名所です。町の歴史も古くて、職人も多く住んでいて、この辺りは歩いていて楽しいところです。

 

 しかし今日は、そんな名所は通りません。私は稽古を終えると、賑やかなところを通らずに、ひたすら地味な住宅街を縫って白山上まで歩きます。お師匠さんの家の前の細い道を東に歩いて行きます。全く何の変哲もない道なのですが、これがいいのです。

 この道は恐らく昔は小川が流れていたところでしょう。今は暗渠になっていると思います。表の本郷通りは、昔の町名では駒込片町となっています。片町と言うのは、片方は街道で、民家が並んでいて、その後ろは崖か、川などで隔てられている地名のことです。

 この辺りは寺が多く、表の本郷通りはズラリ寺ばかりです。私の歩く小道は、寺の真裏に当たります。表通りに並んでいる寺は、どこも敷地が傾斜していて、表の門を入ると、だんだんに道が下り、本堂が門よりずっと下がったところにあります。寺の権威を見せるには、はなはだ不向きな場所と言えます。

 私はその寺の裏側、くぼんだ道を通ります。ここは道が細く、車がほとんど通りません。寺の裏は竹垣になっていて、今時はこんな長い竹垣を都内で見ることはありません。竹垣から梅の枝などが出ていて、実にいい風情です。その反対側は住宅です。この住宅も植木や盆栽が並んでいて、いい家があります。

 私は池上の生まれで、池上はこんな古風な住宅がたくさんありました。竹垣の家を歩いて、学校や、お使いに行ったことを思い出します。60年前の話です。

 道が細く、曲がりくねっています。いきなり直角にまがったところもあり、当然自動車では入りにくいでしょう。直角に曲がった先には万(よろず)屋さんがあります。食品から雑貨からなんでも商っています。田舎道ならそんな店もあり得るのですが、駒込や本郷の街中でこうした店があるのが興味です。

 店の表にはスリッパが置いてあり、280円の定価が付いていました。信じられない値段です。こうまで安いのなら、一足買って行ってもいいと思いましたが、スリッパを持ってこの先あちこち歩きまわるのはさぞや不便でしょうから諦めました。

 店の奥を覗くと箒や洗剤なども売っています。長らくこの商売の仕方は変わっていないのでしょう。

 ここから道は左に曲がって、まだ細いところを進みます。左側は依然として寺です。龍光寺と言う寺があります。かなり大きな寺です。私が若いころお世話になったアダチ龍光師の名前と同じです。別段何のかかわりもないとは思います。

 こうしてお寺の裏側を歩いて、昔から住んでいる人が多い住宅地を見ていると、自然と昭和が蘇ってきます。実にのどかな散歩道です。住宅も、桜の木が植わっているような立派な家もあります。そろそろ桜も咲き始めて、道も華やいできていると思います。

 道の突き当りは商店街になっています。この商店街は、新しい店と古い店が混在しています。果物屋洋品屋、骨董品屋、一通りあります。喫茶店も二軒あります。スイーツを出す店もあり、ここで、おいしいチョコレートケーキと紅茶を食べることもあります。体に悪いとは知りながらも誘惑には勝てません。

 この商店街を右に行っても左に行っても、出たところに蕎麦屋があります。右は白山上の角にあります。戸隠蕎麦満寿美屋。いろいろ変わり蕎麦を考えて出しています。普通の商店街の蕎麦屋さんですが、蕎麦はいい味です。時々入ってあれこれ頼みます。左に行くと、本郡通りと白山へ抜ける道の交差点に長寿庵があります。

 ここは味もしっかりしていますし、店も奇麗です。改装し直してから高級志向になりました。値段もそれに比例してかなり高いため、めったに入れません。天ぷら蕎麦でも2000円くらいします。素材を考えたらそれくらいはやむを得ないのかも知れませんが、2000円はいい値段です。

 粉は常に曳き立てを使っています。以前は店の入り口に、石臼の自動粉曳き機を出していました。そば粉の香りを味わうなら蒸籠を頼んでみるといいでしょう。私も時々出かけて蒸籠を頼みます。800円くらいでしょうか。幾ら味がいい、香りがいいと言っても、若い人なら、昼に蒸籠一枚では満足できないでしょう。栄養価も偏ります。と言って天ぷらそばの2000円は出せません。味と、ボリュームの両方を満足させられないところが蕎麦屋のネックでしょう。

 

 ここから地下鉄本駒込駅はすぐ近くですので、いつもここから帰ります。午前中に踊りの稽古をして、そのあと散歩をして、昭和に浸り、食事をして帰る、何とも幸せな一日です。

続く