手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

アキット 集人 新太郎

アキット 集人 新太郎

 

 4日ほど前、ヤングマジシャンズセッションの初日、8日の公演が終わったあとに、アキットさんと緒川集人さんに声をかけて一緒に食事をすることにしました。

 何が食べたいか尋ねると、アキットさんは魚よりも肉が食べたいそうです。肉のいい店は何軒かあります。但し、ショウを終えて、かたずけを済ませて、9時30分。コロナの影響で高円寺かいわいは10時に閉店する店が多いため、いいところはどこも終演後に行っても時間がありません。

 やむなく駅前の焼き肉店へ向かいました。アキットさん、緒川集人さん、集人さんのマネージャーの小林恵子さん、そして私の4人です。初めて入る店です。さて肉の味はいかに。

 結果を言えばまずまずの肉でした、但し店内はごちゃごちゃしています。世界の一流マジシャンを招いて食事をするのは気が引けます。でも仕方ありません。コロナ禍にあって、しかも高円寺ですから、他に選択はないのです。

 

 たんやハラミ、ロースなどいろいろ肉を頼んで、私と集人さんはハイボールを頼み、アキットさんは、ゆず黒糖サワー(どんな味でしょうか)とかいうものを頼み、恵子さんはソフトドリンクでとにかく乾杯。

 ようやく舞台から解放されて一安心。今回の私の意図は、この三組の顔合わせを設定することでこの先、何か新しい発展があることを期待しているのです。

 私の立場とすれば、ただ単に、出演者に声がけして、舞台を演じてもらう。それだけではだめです。それでは単なるイベント屋さんと何ら変わりはないのです。ここでのマジシャンの出会いを縁として、それぞれのマジシャンが次なる発展に結び付けて行けるようにすることが私の使命なのです。

 

 そもそもアキットさんは人と食事をすることがほとんどないそうです。あまり誘われることもなく、大概一人で食事をすることが多いらしく、部屋に閉じこもって作品作りをしていることが多いのだそうです。

 それは何とも味気ない日々でしょう。「もっともっと仲間と話をしないと、新しいアイディアも出なくなるよ」。と言うと、アキットさんも少しその気になったようです。話をすれば快活で、人懐っこい人なのですが、遠慮や恥じらいがあるようです。シャイな人なのですね。

 彼はこの二年、仕事の上でも、私生活でもいろいろ変化があったようです。何があったかはあまり突っ込んでは聞けません。アキットと言えば、仕事の本数も多く、どこで演技をしても常に支援者が押し掛けていっぱいになり、何一つ悩みなく安定した舞台活動をしているように思いますが、やはり心の奥には不安も抱え、苦しいことも多々あるのでしょう。

 但し、彼は前向きに物事を解決させようとしています。私が「去年、中目黒のキンケロ劇場に出演したのを拝見したときに、随分新しい傾向を出そうとしていたのは分かりましたよ」、と私が言うと、アキットさんは、

 「何とか模索をして、ようやくショウをする気持ちになったのです。一時期は何もできなかったから」。「それが今回の内容につながっているとしたなら。随分いい方向に行ってるよね」。「そう言って頂けるとありがたいです」。「今晩のショウは一層アキットらしさが出たように思いますよ」。と言うとアキットさんは子供の様にはにかんでサワーを飲みます。素直な人なのです。

 同様に集人さんです。幾らハイボールを飲んでも、彼は私の前では終始硬い受け答えをして、なかなかリラックスしてくれません。相当私に気を使っているようです。

 今までも何度か会い、しかも一緒に飲みに出かけていますが、彼の緊張感はなかなかほぐれません。

 私は集人さんを30年くらい前から知っています。まだ10代で渋谷のマジックショップでマジックを見せていた時に初めて会っています。無論、その頃と今では随分変わっています。然し、マジックへの情熱は変わっていないようです。

 アメリカではプライベートパーティーや、企業のイベントが多いらしく、ほんの数人を相手にするパーティーから、1000人を対象とした企業のパーティーまで様々な仕事に対応できるよう臨機応変に内容を変えているそうです。

 簡単なようですが、クロースアップマジックで1000人を対象とするイベントに出ることは至難です。どうしたらユーザーが喜んでくれるのか、常に思慮を巡らせているのでしょう。

 そうであっても、毎月毎月安定して生きて行けるだけの仕事量をアメリカ人が提供してくれるわけではないでしょう。白系優位のアメリカ社会にあって、日本人で、しかもマジシャンと言うものは、恐らく評価もあいまいで、差別や、いじめは頻繁だろうと思われます。

 その中でキャッスルのマジックオブザイヤーを五回も受賞したと言うのは立派です。自身の実力で勝ち得た栄冠です。

 

 その彼が、今度のカナダのFISMで、北米代表として、クロースアップ部門にチャレンジするのだそうです。意外です。既にマジック界で知名度を上げ、頂点にありながら、どうしてFISMなのか。

 そもそもFISMコンテストに出て優勝することが世界一を意味することなのかどうかも疑問です。そこへ自らを追い込んで勝負しようとする姿勢は、マジックを愛するものとしては純粋で素晴らしいと思いますが、私自身は躊躇するものがあります。それは私と彼の生き方の違いでしょうから、ここでは突っ込んでは言いません。

 然し、全米一のポジションを手に入れていながら、なおかつ先に進もうとする姿勢は評価しなければなりません。

 こうして、マジックの世界のトップに立ちながらも、心の中では不安を持ち、何かをしなければならないと言う強迫観念に煽られながら(煽られているかどうかは知りません)、彼らは悩み、苦しみ、日々舞台を続けているのです。

 せめてひと時、くだらない話をしながらも仲間を認め合い、違ったものの考え方を伝えることは大きな刺激になることだと思います。こうして11時過ぎまで騒いで、セッションの舞台の熱を少し和らげて、家路につきました。

 明日はコンテストが早朝からあり、夜には再度舞台があります。常に何かをしなければならないことは私も同じです。才能のある人とじっくり話が出来ることは極上の喜びです。

続く

 

 15日(土)玉ひで公演。

 毎月一回、お座敷で手妻の公演をしています。藤山新太郎のほか、若手マジシャンが数名出演します。親子丼の元祖、玉ひでで、親子丼のコースと、手妻マジックショウをお座敷でじっくりとご堪能ください。詳細は東京イリュージョンのホームページをご覧ください。

 お問い合わせは03-5378-2882東京イリュージョンまで。