手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

韓国の行く道

韓国の行く道

 

 昨日(13日)は、安田悠二さんの追悼文を書きました。書いてゆくうちに、安田さんは最晩年に、韓国の若い人たちとのつながりが離れて行き、やや孤立してゆく傾向にあったことを私は彼の様子から感じ取って憂慮していました。

 東釜山大学マジック科の講師をして、若い韓国のマジシャンを育てたこと。そして韓国にFISMを誘致して、FISM釜山大会を開催にこぎつけたこと。ここまでは安田さんの大きな成果でした。

 しかしその後、何度か安田さんと会い話をしたときに、私は、安田さんの心の中に虚無感を感じました。FISMの成果の後に韓国の奇術界をどこに持って行こうとしているのか。あるいは韓国の奇術界の中で安田さん自身がどう生きて行こうとしているのか、その将来像を安田さんは見失っているのではないか。と感じたのです。

 

 その虚無感は、かつて、マーカテンドーさんからも感じました。マジックと言う狭い世界でスターになったまでは成功なのですが、さてその先どうするのかと考えると、仕事がない、自分のするマジックがないのです。

 仕事がないまま、自分をほめてくれるコンベンションばかりを相手にして、そこにマジックショップを出して、若いマジシャンにちやほやされることに安らぎを求めているのです。いや、これは彼を否定して言っているのではありません。

 誰でも自分を認めてくれる人がいる所へ行くことは幸せです。然し、それで収入になるのかと言えば、一年間、世界中のコンベンションを回って、遊んで終わってしまう人生です。マジック界で名前を挙げたなら、その名前を百倍生かして、外の世界に向かってプロマジシャンとして生きて行かなければいけないはずなのです。

 然し、彼はそれが出来ないまま、コンベンションに耽溺して、自分を知る者の中でしか生きて行けなかったのです。テンドーさんのことはここまでにしておきます。

 テンドーさんと安田さんはほぼ同年齢だったと思います。この二人に共通して言えることは、熱烈なFISM信奉者でした。但し、安田さんのほうが幾分冷めた見方をしているかなぁ、と思っていました。

 然し、大学の講師になって以降、安田さんが、FISMに肩入れする傾向が強くなって行ったように見えました。FISMはプロから見たならスタートラインであって、到達点ではないのです。プロとすればFISMは冷静に見つめて、少し離れて付き合ってゆくべきものなのです。なぜならそこから収入は望めないからです。FISMを誘致したから、FISMで入賞したからと言って、直接マジック界の発展につながるものではありません。また、プロとして安定した生活など全く望めないのです。

 入賞は名誉なことではありますが、プロであるならそこから先に、生きる道を見つけることの方が何十倍も重要なことなのです。それをプロである安田さんは分かっていると思っていました。然し、彼と会って話を聞くたびに、案外心の中はマーカテンドーさんと同じく、名誉をゴールと捉えている節がありました。

 

 私なら、大学のマジック学科がなくなったなら、私塾を開いて、「どうしたら、マジックで食べて行けるのか」、を実践して教える道を考えたでしょう。

 実はそれこそプロマジシャンが後輩に教えて行かなければならない道なのです。実際には、ライブハウスなどを借りて、毎月、お客様を前に、生徒を舞台に出し、自らも舞台に立ち、実践的に生きて行くための舞台活動を指導して行くべきなのです。

 わずか7分か8分のコンテスト演技が評価されたからと言って、それでその先の人生が楽に生活して行けるものではないのです。マジシャンは、マジックが好きであるがゆえにコンテスト演技を過大に評価してしまいます。然し、実際に、一般のお客様にとっては、世の中にもっと楽しいこと、面白いことはたくさんあるのです。

 その中でどうやって、お客様の興味をマジックに向かわせるか、それを指導するのがプロの道なのです。

 私は、安田さんはそれを心得ていて、次の手を打とうとしていると思っていました。然し、FISM釜山大会以降安田さんの活動は鈍って行きました。

 しかも、安田さんの影響が縮小するのと比例して、韓国の奇術界もパワーダウンが始まります。狭い韓国国内にマジシャンが増えすぎたのです。たくさん増えた若いマジシャンが次にどう生きていったらいいのか。その手段を指導できるリーダーが見つからないのです。

 ある意味、FISM釜山が韓国奇術界のピークだったのかもしれません。これは私が前に言ったように、FISM(あるいはコンベンション)を目的にしてしまうと、成功を手に入れた後、退潮が極端に激しく襲い掛かって来るのです。

 何百人にも増えた、カード四つ玉を演じる若者はどこで食べて行ったらいいのですか。その先が示せないために、コンテストの入賞者は、ディーラーとなってコンベンションで小道具を販売するようになります。ディーラーの道が最終目的ならばそれでいいのです。プロになることが目的ならやっていることは違います。ならばどう生きていったらいいのですか。

 それを教えるのが指導者なのです。カードや四つ玉に凝り固まっている若者を集めて、いかにカードや四つ玉だけでは生きて行けない(生きて行ける人もいます、が、それは一国に一人か二人いれば十分です)。と言うことを教え、そこから基礎をみっちり教え込み、何がマジックが、何をお客様は喜ぶのかを実践で教えて行くのが本当の指導家なのです。

 私は安田さんが、大学の講師を終えた後に、実践指導に移行してゆくのかと思っていました。然しそうではなったようです。そしてその結果、今、韓国の奇術界は混迷を深めています。基礎を学ばず、自分のしたいことだけをして、お客様を見ない若いマジシャンが溢れ返っています。それで生活して行けないことは明らかなのです。彼らに足らないのは基礎なのです。基礎からマジックの良さを見直さないから食べて行けないのです。韓国はまったくマーカテンドーさんの人生を繰り返しています。

 さて、基礎を指導する指導家はどこにいるのでしょう。そして韓国のことは韓国だけの問題ではなく、日本も同様なのです。日本の奇術界こそ遅れに遅れているのです。みっちり基礎指導ができる指導家こそ次の時代のリーダーなのです。

続く