手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

道具の製作

道具の製作

 

 昨日(18日)は、一階のアトリエに籠って、朝から道具の修理や、製作をしました。久々根を詰めてマジックの製作のみの一日を過ごしました。

 これも、猿ヶ京での練習で問題の個所が山積した結果です。直す場所は分かっていますので、あとは、私の工夫と、それにかかる手間を惜しまずしっかり丁寧な仕事をすればうまく行くでしょう。リサイタルをするときと言うのはいつもこんな具合です。

 新しいことをするときは、いつも自分を基本に立たせられます。この道何十年経験したとしても初心者です。何回も、何回も、当たり前のことを基本に戻ってやり直しをさせられます。

 何百何千とマジックの道具を持っていても、次にやろうとするマジックに既成の作品などありません。すべて自分の頭の中で構想を考えて、不思議な世界を具体化すべく手段を立て、実現できるように自分のこれまでの知識と閃(ひらめ)きを生かして作って行きます。

 その都度、真鍮棒をはんだ付けしたりして、へんてこな金属の道具を作ったり、針と糸で生地を縫ってタネを作ったり、ホルダーを作ったり、自分にできる限りのありとあらゆる作業をしなければなりません。

 結局、私がやらなければ誰もなしえない世界を作るのですから、お手本もなく、頼るべき人もいません。孤独と言えば孤独な作業です。でも、それは私に取って嫌いな仕事ではありません。特別なことでもありません。華やかな舞台の影には孤独はつきものなのです。子供のころから繰り返してきたことです。

 

 私がマジックの作業にかかわっている間、昨日は、パソコンの具合が悪く、全く触れることはありませんでした。昨日はブログは休みの日でしたので、幸いではありました。

 でも、さっきブログを見たら、私が何か書いたのではないかと期待をして見に来て下さった方々が300人近くいらっしゃいました。何も書かず済みません。そうした人を思うと、少しでも書かなければいけないなと思います。

 

 然し、昨日は、やることが多すぎました。一里四方取り寄せの樽や手桶を洗って拭いたり、シルクの仕掛けを作り直したり、一昨日、猿ヶ京から持って帰ってきた峰の桜の大道具を組み立てたり、これがなかなか大きくて、一人で組み立てるのは大変です。でも誰もいませんから、何とか一人で作りました。

 大幕を出す仕掛けも作り直しをしました。爺さんの頭巾も直し、衣装も直しました、袴も仕掛けを作り直しました。数えて見たら、20項目の修理や改良を加えました。朝8時にアトリエに入って、夜7時半まで、一人で作業を続けました。

 縫物や、はんだ付けの作業が長く続いたため、終わったときには、すぐには立てませんでした。背中が伸びないのです。すっかり爺さんになってしまったようです。花咲か爺さんなら華やかですが、たんなり爺さんです。しばらく体を揉みながら、ゆっくり背筋を伸ばして、立ち上がり、全身運動をすると、腰の痛みが薄れて来ました。と同時に、少し疲れが出て来ました。仕事は終わりです。

 結局、三階の居間に食事に上がる以外は、全く外に出ることはありませんでした。

 それほど働いたなら、随分仕事がはかどったように思えますが、やった仕事を見ると、ささやかなものです。一体一日かけて何をしていたかと思うほどで、シルクや、衣装の細かな部分が直されただけで、大した成果も出来ていません。

 今日も残りの道具の作り直しをして、そのあと前田と稽古をしようと思います。

 

 私はまだやりたい手妻が幾つかあります。一つは、かつて実演した「呑馬術(どんばじゅつ)」。あれをもう少し完全な形にして再現したいと思います。何しろ生きた馬を借りて来て、舞台の上で呑んで行く芸ですので、簡単にはできません。然し、面白いことは無類に面白く、話題としては充分人をひきつけます。私が手掛けた芸ですので、何とかもう一度再現したいと思います。

 それから、「水渡りと水槽での衣装替わり」。舞台と客席の間に大きな水槽を作り、水槽に一杯に張った水の上を演者は歩いて行きます。

やがて中央に来ると、演者は静かに沈んで行きます。水槽の淵から噴水が上がります。そして噴水の中央から。裃姿に着かえた演者が濡れずにせり上がってきます。

 これは実際に江戸時代に行っていたイリュージョンで、これを江戸時代の観客が見たなら飛び上がって驚いたでしょう。水槽の仕掛けからして大道具ですし、簡単にどこでも演じられると言うものではありません。固定して、3か月とか半年とか公演しなければできない企画です。然し、今、再現をしたらきっと拍手喝采で大きな話題になるでしょう。

 こうした大掛かりな手妻を今のうちに演じておきたいと思います。私がやらなければ永久に復活の可能性はなくなるでしょう。過去の優れた日本人の発明が絶えてしまうのは勿体ない話です。来年、再来年のうちに、何とかできるようにしたいと、と思っています。

 と、余り先々の構想ばかり考えていてもいけません。とにかく来週の「摩訶不思議」が成功するように、今日もせっせと小道具を作り直し、練習をします。

続く