手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

猿ヶ京練習

猿ヶ京練習

 

 昨日(20日)は早朝から車で群馬の猿ヶ京に向かいました。前田と穂積美幸、私の3人です。あとで新幹線で、振り付けの藤間章吾先生が来てくださいます。章吾先生は、初め群馬まで教えに行くことに躊躇していたようですが、「稽古のあとで温泉が付きますから」、と言うと、面白がって了解してくださいました。

 峰の桜の装置が大きくて、私の家のアトリエでは十分な練習ができません。そのため、装置一式を持って猿ヶ京へ。

 勿論、都内の練習場を借りて練習したほうが効率はいいのですが、練習とは別に、猿ヶ京にある大道具や、一里取り寄せに使う小道具がまだ向うにあるため、それも取りに行かなければなりません。それがもう一つの目的です。いずれにしても、昨日猿ヶ京に行ったのは、リサイタルをする上でどうしても必要な条件だったのです。

 渋滞は心配したほどではなく、途中休憩しても、二時間40分で現地に到着しました。170㎞の距離を思えば、殆どスムーズに走れたことになります。

 到着後、すぐに部屋の掃除。峰の桜を二階まで上げて、そして組み立て、小道具の仕込みなどをするうちに前田は新幹線駅まで車で章吾先生を迎えに出ました。

 その間私は、小道具の不備の点検です。昨晩遅くまで小道具の直しをしましたので、ほぼ問題はなくなりました。爺さんの髭なども何とかそれらしく出来上がりました。

 但し、衣装の方がいろいろやりにくい点に気付き、穂積さんにお針をお願いしました。また、大幕を引っ張る装置の設置も作っておかなければなりません。

 いろいろやっているうちに章吾先生が見えました。猿ヶ京の稽古場は不便なところにありますが、何しろ舞台が大きく、床が足袋で動くには好都合のピカピカの舞台ですので、章吾先生は満足したようです。

 さてそれから、踊りの振り付け部分の稽古です。全体は8分の手順です。振り付けはなんとか頭に入りましたが、その振りが私はいい加減なところがあり、細かく直されます。

 実は振りを演じつつマジックとしての仕込みをしなければならないため、なかなか指示通りに振りが出来ません。そのタイミングの見計らいが難しいのです。そこで、正吾先生に振りを少し直してもらいました。

 結果として、群馬までご足労願ったことは良かったと思います。3時間近く稽古をして、先生をひとまず町営温泉に招待し、その間私らは道具のかたずけ。4時前に先生を新幹線駅まで送りました。前田はかたずけがありますから、私が車で送りました。本当なら、近所の利根川の源流など、お連れすればきっと喜んでいただけたと思いますが、とにかく時間がありません。観光はまた次回です。

 それにしても、猿ヶ京は、この日は日本中かなり人が出ているにもかかわらず、町にまったく人出がありません。「この日でこんな状況では、町は完全に忘れ去られているなぁ」。と思いました。

 そもそも私がこの町で古民家を借りようとした理由は、そこで人を集めて蝋燭灯り(ろうそくあかり)で手妻を見せようと言う企画を考えたためです。

 当時私のマネージャーをしていた宮澤伊勢男さんと企画を立てて、近隣のホテルの宿泊者から希望者を集めて、古民家に集まってもらい、江戸時代の雰囲気をそっくり再現して手妻を演じたなら、他では見られない面白い企画になるだろうと考えたのです。

 日本中の温泉ホテルは、温泉に入って、食事をして、さてそのあと何をしようと考えたときに、多くの温泉ホテルは何も企画がないのです。

 宴会中に町の郷土芸能を見せる。いいと思います。でも日本中のホテルで演じられている郷土芸能や太鼓のショウで、もう一度あのホテルに行って、あの芸能を見たいと思うショウがどれだけありますか。

 酒を飲んでカラオケを歌う、それでは東京にいるのも同じです。テレビを見る。これも日常と同じ。

 その温泉場でなければ楽しめない企画は何かと問われても、何もないのが現状なのです。そこで私の出番です。江戸時代の古民家へお客様を案内して、そこで蝋燭灯りで江戸時代のマジックをお見せする。

 これならひなびた温泉場に持ってこいの企画ではないかと考え、早速、周囲のホテル経営者さんに集まってもらい、古民家で私の演技をご覧いただきました。

 然し、全く無反応なのです。彼らは黙って私の演技を見て、黙って帰って行きました。「これを一人幾らで見せるのか」。とか、「一か月依頼したらいくらかかるのか」、などと言った具体的な話は一切ありません。私にはどこか既にホテル経営を諦めているかのように見えました。それが10年前のことです。

 あれからこの町はどうなったのか。私の見たところ、今いるお客様を増やすと言う次元は去りました。前よりも寂れて、今では人も寄らなくなってしまいました。10年前ならまだ何とかなったのに、

 

 車で戻ると、大道具小道具は既にまとめられ、外に出ています。荷物を車に積み込んで、4時50分。さて、「ひとまずみんなで風呂に行こうか」。と考えましたが、帰りの渋滞が心配です。帰宅が深夜になっては翌日にひびきます。私の判断で、ここは帰ることにしました。まったく猿ヶ京へ来たのに観光も温泉もありません。練習するのみで一路東京へ、

 それでも帰りに少しいい食事をしました。二人の顔色が和んでいるのが分かります。いろいろあって、東京に着いたのが8時でした。それから道具の整理をし、結局一日を終えたのは深夜でした。

 さて、実りの多い猿ヶ京でしたが、その分宿題がたくさん出ました。そのため今日は一日衣装と小道具の直し、そして手順の練習をします。前田は昨日の仕事がハードなため今日は休みです。穂積美幸さんには犬の衣装の直しを頼みました。

 リサイタルまであと一週間です。毎日忙しくなります。

続く

 

 10月25日、「摩訶不思議」座高円寺、18時30分スタート。前売り4000円。出演、ボナ植木、ナイツ、峯村健二。お申し込みは東京イリュージョンへ。03-5378-2882